彼女との出会い
5月16日。
いつもより少しこみあった駅のホーム。
人の声、電車の音、機械音。
全部が混ざりあって僕の耳に響く。
人と人が通りすぎるなかで僕の肩に軽い衝撃がはしる。
「あ、すみません」
こんなにこみあっているのだ。
ぶつかるのも無理はない。
僕は、頭を少し下げて通りすぎる。
改札の近くまでくると、ポケットに手をいれる。
パスケースを取り出して改札を通ろうと…
…おかしい。
ポケットにパスケースの手触りがない。
あるのは、レシートとガムだけ。
ポケットの中を覗くと、やはりパスケースだけがない。
これでは、学校に遅刻する。
やばい。
僕の本能もそう言っている。
思えば思うほど、焦ってしまう。
「あの…これ。」
後ろから不意に声がする。
僕かな?
と後ろを振り向くと、僕のパスケースを差し出している女の子が僕を見上げていた。
身長は、160より少し小さいくらいだろうか?
肩くらいまであるストレートの黒髪、ぱっちり開いた目、薄く紅くなった頬、潤った唇、整った顔立ち。
「…かわいい」
僕は、気づくとボソッと声に出していた。
見とれてしまうほど、彼女はかわいかった。
モデルのような美しい女の子と言うわけではないが、仕草などがかわいいと言うような女の子。
いわゆる『癒し』だった。
「え?なんか、言いましたか?」
「い、いや。なんでもないです。パスケースありがとうございます。」
きょとんとした彼女の反応に胸が高鳴る。
動揺を隠しても隠しきれない僕に、パスケースを渡すと彼女は微笑んで行ってしまった。
僕は、自分のことにはさほど鈍感なわけではない。
だから、気づいてしまった。
僕は、名も知らない女の子を好きになってしまったのだ。
友達に話しても無理だ。と言われるだけだろう。
僕もわかってる。
でも、それくらいじゃ諦めきれないほど僕は彼女に恋をしたんだ。
自分の急激な気持ちの変化についていけない僕は、学校への道を急いだ。
彼女を忘れることなんてできない。
わかっているが、彼女への気持ちを僕は消し去りたかった。
想いの届かない無駄な恋なんてしたくはないのだ。
でも、そう思う反面で僕は思ってしまっていた。
彼女は、運命の人ではないんだろうか、と。