2021 11 15
カメムシは何故臭うのだろう。刺激があれば周囲に悪臭を撒き散らし天敵から身を守る行動をとる。世界には様々な方法で天敵から身を守る行動をする生き物たちが溢れるほど存在している。あるものは擬態し、あるものは毒を用い、またあるものは多種族と共存する。そんな中で何故カメムシは悪臭を選んだのだろう。理には適っている。毒であれば天敵を屠ることはできるがそのほとんどは捕食された後の話だ。悪臭であれば捕食される前に周囲に危険信号を放つことができるため自らの死亡リスクを下げることができる。自然とはそう言うものなのだろう、それで片付けてしまえば簡単なことかもしれないが我々人類もまた、自然の中の一つであるということは紛れもない事実である。何故そう思うのだろうか、何故不思議に感じるのだろうか、何故嫌悪感を抱くのだろうか、我々が人間だからだろうか、人間だけが特別にそう思えるだけなのだろうか、世界でただ一種だけなのだろうか。人間からするとカメムシの行動は他者との拒絶である。自ら悪臭を撒き散らし他者を遠ざける。これ以上攻撃されないために、食われないために、死なないために、代償として他者から意味嫌われたとしても、カメムシはまた悪臭を撒き散らす。臭いはなかなか消えない。石鹸で擦ったとしても悪臭と石鹸の臭いが入り混じり更なる悪臭を生む。他者へ拒絶反応を示した人間の体臭は肥溜めを連想させるような臭いを放つ、実に不快な臭いだ。一方他者へ性的な好意を示した人間の体臭は酷く独特な、そして艶かしい匂いを放つ。確かに匂い、そして臭うのだがどちらも本能的に感じることができる匂いであり言葉での具現化は饒舌で発想的でない限り難しい感覚である。私はそのどちらも経験した、それも同時期に。二人にはもう会っていない。私が二人を避けるようになった、そして二人も自然と私を避けるようになった。ごく稀に会うがもう匂いも臭いも感じることは無い、嗅ぐ暇もなくお互い自然と避けるからだ。しかし一度箱の中に三人押し込めばたちまちに臭ってくるだろう、私の臭いが、拒絶という空気が、言葉が、その中を侵食するだろう。そうして私の中に残ったのは後悔の文字である。今更もう遅いのだ。手遅れにも程がある。




