2021 3 2
幸せとは何だろうか。ある日にこの世に産まれ何気ない日常を過ごし気が付いたらあっという間に社会人になったある日にふと私の心の中で現れた言葉でありそれからというもの今日まで心と頭の中、そして血を巡って毛細血管の隅々までぐるぐる、ぐるぐるとどうしても離れないものとなってしまった。幸せとは何だろうか。幸せの定義とは、何をすれば幸せで何をすれば不幸になるのか。誰に聞いても解決することではないことくらいわかってはいるのに私の中から全くと言っていいほどに離れない。欲しい物が手に入れば幸せになれるだろうか。恋人が出来れば幸せになれるだろうか。結婚して子供を授かれば、子育てをし我が子を良い大学、良い企業へ就職させれば。いつしか我が子も恋人を見つけ結婚し子供を授かれば。今までありがとうと言い残しこの世を去れば幸せになれるだろうか。最近上司はよくマッチングアプリを勧めてくる。今流行りのタップルというやつだ。お前には恋人もいなければ出来たこともないだろう?ましてやお前のその性格だ、出来るわけがない。この職場にいてもこんな場所じゃ出会いなんて一生来ないからお前にはもうこれしかないんじゃないのか?そう言って必要に私にマッチングアプリを勧めてくる。確かに上司の言う通りだ。私には恋人も出来たこともないし出来るとは全く思わない。であればマッチングアプリを使って出会いの幅を広げるという行為も理にかなっているのは間違いではない。だが私はそんな上司の表面上での気遣いの裏に隠されているもう一つの意味を知っている。何年もこの上司と仕事をしていれば嫌でもわかってしまう。結局のところ私を下げて見下し嘲笑うことによって可哀想なやつと笑いたいだけなのである。つまりオモチャが欲しいだけ。俺は幸せだ、少なくともこいつよりはよっぽどマシだ、と。上司はバツイチで二度目の結婚で最近ようやく第一子を授かり良かった良かったと何度も口に出している。お前には特別だぞ、といい見せれる人に見せまくり特別と言う意味が曖昧化してしまった子供の動画を見せてくる。その度に私は可愛いですねと思ってもいない言葉を口にし面白くもないのに笑顔を作り上司を持ち上げる。最近は言う言葉もなくなってきたので娘さんありがとうございますと言いお前には死んでもやらんという流れがテンプレートと化してきた。仕事に追われている上司をぼんやりと見つめ私もここにずっと居座るとこの人のようになってしまうのだろうかとこの先どうなるのかもわからない未来に勝手にマイナスなイメージを抱いてしまう。私はさっさと帰って服を脱ぎご飯を食べ風呂に入り好きなゲームや本を読んで時間になったら眠りにつきたい。だが上司は私の嫌がることを知っている。私の顔を見て見透かしたかのようにお前は帰らせないからなと脅迫してくる。知っている、いつものことだ。就職当初この言葉を耳にしたとき心の底からこいついつか殺してやろうと本気で思っていた。今も気持ちはそんなに変わらないが殺したところで上司は楽になるだけで実行犯である私は一生生き地獄を味わうことになってしまうので最近は考え方を変えることにした。どう転ぼうがこの時間は辛い以外の何者でもないのでわざわざ辛いと考える必要など最初からなかったのである。であればこの状況で何が出来るかを考えた方が時間を無駄にせず済むのではないのかと最近思うようになった。そう思うことによって今まで苦でしかなかった無駄な時間が多少はマシになった気がする。人間いかなる場面においても視点が大事なのだ。疲弊しきっていた私が救済を求めて動画や本を漁りに漁って錆び付いてカチカチになった頭の回路で必死に考え吸収し、合ってるかもわからない理解で繋ぎ繋いで得た私なりの結論である。どうやら人間はそれぞれ価値観という色眼鏡をかけておりその色眼鏡に映し出された世界を見ているに過ぎないのだそう。つまりその色眼鏡さえ変えることが出来れば今まで灰色しか見ることの出来なかった世界が色鮮やかに映し出すことができるのである。このことを知って以来私は出来る限り意識をし今まで決めつけて見ようともしなかった世界を少しずつ変えていく努力をした。と言ってもいまだに嫌なことは嫌だし視点を変えたところでこの世界自体が変わるわけでもない。上司も変わらずパワハラを決め私の体は病と薬に毒されていく。そうして変わることのない世界は私に問いただしてくる。お前は幸せかと。この答えは正直いまでもわからない。恋人もいないし告白もされたこともない。あるとすれば誹謗中傷くらいだ。何が正しく何が正しくないのかもわからない。曖昧に薄められた世界で私は今日も生きている。この先のことは私も上司も誰もわからない。今日死ぬかもしれない。いますぐ大災害が起きて当たり前だった日常が最も容易く崩れ去るかもしれない。そんな不安の中で私は生きる。しかし過去の自分と違う部分があるとするならば現在の私は幾分か自分に対して素直になったかもしれない。少なくとも私はそう思う。




