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2019 2 8

昔の自分の行動を思い返してみると、とても幼かったり安易だったり馬鹿だったり相手にとったら不愉快であったり、問題でしかなかった。私の行動一つ一つが原因となり、問題という結果に繋がる。こうして文を書いてみても、あとから見返すと何言ってるんだこいつとなるし、あそこがダメここがダメと気に入らない部分が延々出てくる。しかし一つだけ言えることは私が行ってきた行動というのは、その時の自分が最も最善であると考えぬいて起こした結果なのであるということ。例えイライラして相手の目も見ず空返事をしたことも気にいらないから無視したこともこれがいいと駄々をこねたことも今描いてるこの子が一番かわいいと思っていたことも全て、その時の最善なのである。感情的になるのも嫌がらせするのも束になって一人をいじめることも興味本意で酒やタバコや女遊びをするのも、全て、あなたの最善なのである。本来であれば行った行動が最善なのだから後悔などしないはずである。それでも人は必ず自分が行った行動に対して後悔する。それは何故か?単純にその行動に対して満足してないからである。満足していない、何かが不満、これでいいのか心配、様々な雑念により後悔する。雑念も後悔も決して消えることはない。その時何も思っていなくても、いつかどこかで後悔する。我々は前に進むしかない。後ろを振り向いたら最後、後悔という闇にのまれて自我を保てなくなる。だから皆蓋をする。見たくないから、自分の汚い部分を見たくないから見せたくないから、例え信じている人がいたとしても、どこか一つは必ず蓋がしてある。もし蓋が外れてしまったら、人は人でなくなってしまうから。

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