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2018 4 5

私は今日生きている。紛れもなく今この時を。私という体が心が存在が、私という形を形成している。今日この時まで生きてきて私が思うのは、私は死んだらどうなるのだろうということ。様々な宗教があり言い伝えがあり、それぞれの考えにより様々な生と死の概念がある。日本だと人は死んだら天国か地獄のどちらかに行くと言われている。ではそれはいったい誰が決めたのだろうか。死の先を見たことがあるのだろうか。この世に生まれ生をまっとうし自分という存在が崩壊するまでは嫌でも皆がいずれ経験することだ。しかし死のその先はどう説明すればいいのだろうか。形あるものはいずれ壊れるのと同じように、この世に生まれたからには我々もいつかは死ぬ。死ということはこの世でもう動くことも話すことも出来なくなり葬式をあげられ埋葬されるのが一般的。流石に意識までは本人ではないので分からないが、もし体が死を迎えても意識は死ぬことはないのだとしたら、死のその後を体験することが出来るだろう。ここで問題なのが、仮に死後を体験したとして自分の肉体がこの世に存在しない場合、どうやってその後を伝えるかという問題になる。現在我々は生きているが、前世の記憶は覚えてないし、そもそも前世はあったのだろうかという話になる。しかし稀に前世の記憶があるという人も中にはいるらしいが果たしてその話は本当なのだろうか。もし本当に覚えているのであれば是非聞きたい、前世に何があったのかを。

時はあっという間に過ぎていき私を置いてどんどん進む。私は怖い。いずれ待ち受けている死という存在が。そして私という形が動かなくなり私という記憶が心が存在が消えていくのが。そして私でない誰かとしてこの世に生まれ知らない道を歩むのかもしれないと考えるのが。死にたくないし消えたくない。そう思っているうちは、私はまだまだ未熟なのだろう。いざ私が死んだ時、今までで生きていて良かったと思えるように今日を生きる努力をしようと思う。

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