2017 5 17
正直な話、私には文を書く才能は無い。言わずとも解る程には出来る人と私の間では超えることの出来ない経済的格差が生じている。読んでいて解る、私の文には人を引き付ける力は無い。今の私に足りないのは圧倒的な文の気転、発想力だ。言ってしまえば人生経験も脳みそも学力も圧倒的に足りないカスである。思うだけでは強くはなれない。思えるのであればその思いを動かす力が必要だ。私にはその力が足りなかった。私自身もそうだし、何より自分以外の友という力も不十分だった。この時私は今までの私の人生を後悔した。正直一人でいる自分に溺れていたんだと思うし、怖かった。本当は誰かに助けてほしかった、全てが嫌で、何もかもから逃げ出したくて、逃げれなくて、人生の泥沼にはまり誰にも相談出来ずに勝手に霧散した。全てがどうでもよくなった。いっそ死んでしまおう、死ねば楽になる。私が死んでも誰も悲しいとは思わないだろう。現に私は過去の友と呼べる人から誰一人として誘われなくなっていた。いや、私から遠ざけていた。怖かった、あの頃とは違う私を見せるのが、変わってしまった友を見るのが、何より辛くて、怖くて、結果逃げた。大人になってしまった事実と腐ってしまった私の心が露呈するのが怖くて、現実を見たくなくて、壊れていく自分にも嘘ついて、壊れてからことの重大さに気付く。そうか、私は壊れたのか。知らない天井を眺めながら私は壊れた体を無理矢理動かして持ってきてもらった小説に目を通す。言葉にならないほど涙が溢れてきた。言いたいこと、感じたいこと全てが、使い物にならなくなった私の口の代わりに涙として溢れかえってきた。この本の世界で、この主人公は人生をかけて闘っている。生きている、紛れもなくこの本の世界で。私の命を彼に授けたい程に、彼は人生をまっとうしていた。計り知れない恐怖を目の前に、いつ途切れてもおかしくない自分の命に、それでも立ち向かう仲間の為に、彼は全てをかけて、全力をもって敵に挑んでいる。私なんか足元にも及ばない。クソみたいな人生。それでも私が生きている理由って何なのだろう。いや、人が生きている理由なんて初めから無いんだと思う。何かをやりたい、成し遂げたいと思う気持ち、魂こそが人が人として生きる理由なんだと思う。今回私の体が壊れた理由、私には考える時間が必要だったのかもしれない。私が私である為の理由。死んでいた過去も、今心臓が動いている意味も、私には見つめ直さなければならなかった。遅いかもしれない、今さらだと思う。それでも人って不器用だから、何とかして前に進まないといけない。私はこの入院で人生を見つめ直す。今まで目を反らしていた自分自身に、過去に。いつになるかは私にも検討がつかないけど、私は私の人生を進むよ。裏切る結果になると思う、恨まれると思う、それでも私が私でいられるなら、それはそれでいいんじゃないかなって思ったりした。全部、私のわがままだ。




