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2017 5 16

読もうを適当に漁っていたら自殺する人は馬鹿だという単語が目についた。私も同意見である。何より私が死のうと思っていたからだ。だが自殺する人はどういう心境で死ぬと思う?全てがどうでもよくなってしまったのか、何か見えないものに恐怖して死を選んだのか、行きすぎた愛により死ぬのか、様々な形で様々な死に方がある。死というものは本来美しくなければならない。この世に産まれた以上生があり死がある。産まれるから死ぬのだ。この世は永遠ではなく全てが有限なのだ。生きるにしろ食べるにしろ物事を話して動くのも全て、限りある命なのだ。与えられた命全てをまっとうした生命こそが葬式という形で人生の祝福を得ることが出来る。ここで勘違いしてほしくないのが、死そのものが祝福ではないということ。ファイアパンチを読んでもらえれば解るが、死は受け入れてはならないのだ。死を受け入れる、つまり自殺してしまえばこれまで関わってきたすべての人達を裏切る形になってしまうし、今後出会ったはずであろう新たな人生全てを放棄することになる。何より自分自身を殺すことになる。生と死は隣り合わせだ。我々が生きている以上いつ死んでもおかしくない。それはそれは恐ろしいことだ。様々な事情と様々な結果により、私達の精神と肉体は音をたてて崩れていく。正直辛いよ。人と関わるのも生きていくのも全てが辛いと感じる時もある。実際私は今も死にたいと思っている。だって嫌だもん辛いし、何であんなやつらの為に自分が犠牲にならないといけないんだよ。そうして自分がどうでもよくなって、周りが信じきれなくなって、塞ぎ混んで、いつしか死が快楽だと錯覚するようになる。死ねば楽になる。確かにそうだろう。だが、死んでしまっては全てが終わってしまうのだ。何も出来なくなる。あなたはそれでいいのか?馬鹿に馬鹿だと言われて終わってもいいのか?たかがクズの為に自分の人生放棄していいのか?それで逃げれたと思っているのか?全てが間違っている。生が平等なら死も等しく平等なのだ。生が美しければ死も美しくなければ不平等ではないか。私は思う、生を馬鹿にする者こそ死んだ方がいい、死を馬鹿にする者こそ生きた方がいい、これはそれぞれに与えられし罰だ。限りある命を無下に扱う者は生きる権利は無い。死を理解出来ない者こそ生という重さを知らなくてはならない。人生とは辛いものだ。それでも私達は今を生きなくてはならない。与えられた命、与えられた時間、残された全てをまっとうしてこそ本当の死の祝福が与えられるのだ。死ぬなんてもったいない。楽しんでこそ人生だ。パラドは楽しいから戦う。あなたは自分に正直ですか?一度きりの人生しかないのにそこで立ち止まっていいんですか?言うではそれこそ死ぬほど辛いですがたった一言、あなたが言いたいその一言さえ言ってしまえば、案外簡単だし楽になるんです。自分に嘘ついて生きるか、自分を貫いて生きるか、どうするかはあなた次第なんです。

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