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なんとなくで過ぎる日々が

作者: 白大福

 吐いた息が白く染まる。

 夕日のオレンジ色が徐々に消えていき、反対側の空が群青色に変わり始めていた。


「日も長くなったな」


 そう呟いて、コートの襟を鼻先に持っていく。いくら春が近づいていようが、寒いものは寒い。可愛い女の子が頑張って薄着をしているのは可愛いと思うけれど。人って複雑だ。これ人間の真理なり。


「うぃっす」


 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。女の子の声ではあるけれど、トキメキの欠片もない。

 振り向くとそこにはやはり、クラスメイトの女子が立っていた。

 とても優等生には見えないが、スカートがやたら短いとかそういうのもない。ただざっくりと袖を通したような制服。さらに「そこにあったから引っ掴んできた」とでもいうようなダッフルコートを着ている。


「……制服とコートが泣くな」

「なんだと?」


 おまけに彼女は口が悪い。つまり俺の好みポイントにかすりもしない。誠に残念ながら。

 なぜ好みポイント中心の女の子と同じ方向に家がないのだろう。運命だろうか。運命と書いてさだめと読むあれは結構かっこいいと思うのですがどうでしょう。


「何、ケンカ売ってる? 買わないよお金勿体ない」

「ああはいはい、それは残念だ」


 毎月貰っているお小遣も底をついてきたことを思い出しつつ答える。お金を払ってまで無駄なエネルギーを消費しようという人はいるのだろうか。


 目線を上に向けてみる。だらだら歩いていたせいで、空の群青色の割合が増えて来ていた。


「あ、一番星」


 俺の隣に並ぶ彼女が笑う声が聞こえた。一番星って懐かしいなおい。最近聞いたことねえぞ。

 最近の子供と言うと、惚れた腫れたの話をしているイメージがある。もちろんただの偏見だけど。幼稚園まで乗り込んで園児の会話を盗み聞く勇気はない。あっという間に変質者のお兄ちゃんの出来上がりだ。

 ……そういえば、こいつは浮いた話などあるのだろうか。ない気がする。

 もしもあったら俺は焦るし、先を越されないように可愛い彼女を作ろうと躍起になるだろう。そしてきっと叶わない。悲しい。


「……なに。何かついてる?」


 視線に気付いたのだろう、いつの間にか少し先を歩いていた彼女が、訝しむような表情を浮かべて振り向いた。


 ああ、そうだ。彼女は前からこうだった。後から歩いてきた癖に、いつの間にか俺を追い越している。


「いやね、何か浮いた話でもないのかなーって。勝手に予想してただけ」

「やめれや迷惑だな。浮いた話? シャボン玉なら最近やってないよ」


 そうやってうまいことはぐらかした彼女は、人差し指を立ててシャボン玉の歌を歌った。相変わらずひどいリズム感と音程だ。音楽の成績は酷いんじゃなかろうか。


「そういうんじゃなくて。何かこう恋だの愛だのないのか?」


 言うと、彼女の歩みがぴたりと止まる。ふわり、と言うには少しばかり固くコートの裾が翻った。多少乾燥した彼女の唇がゆっくりと開かれる。


「そんなもんないわ。それよりドラマでも見てた方がよっぽど有意義だよ」


 少なくとも、今の私にとってはね、と続け、彼女は口角を釣り上げてみせた。俺はただへえと返した。聞いといて何だその気のない返事、と怒られた。彼女の怒声を耳にするのは慣れているので、そのまま流す。


 彼女は何も返して来なかったが、代わりに強く風が吹いた。寒さを堪える準備、主に全身に力を込めることをしていなかった俺は、ぴゃーと叫んだ。風使いかこの女とばかりに彼女を見るが、涼しい顔で何も読み取れなかった。


 「今の」と彼女は言った。これから先は、きっと彼女だって恋愛なるものぐらいするのだろう。……するのだろうか。はっきりと頷けないが、多分すると思う。

 

 じゃあ、俺は。その時、何をしているのだろうか。

 不明瞭な未来に、ひとつだけ言えることがある。その時、俺は彼女の隣にいない。

 ずっと前を歩いているか、はたまたずっと後ろを歩いている気がする。どちらかといえば後者のような。


 どちらにしろ、俺と彼女の時間はこれからどんどんずれていくだろう。今でさえ、ぴったり一致しているわけではないのだから。

 ならばお互いの異なる時間の混ざっている間くらいは、素敵なものにしてみたいと思わなくもないわけで。


「なあ」

「ん? なに」

「競争しようぜ」


 競争。その言葉を聞いた彼女は、すっと目を細めた。


「何すんの? 負けませんぜ?」


 にやり、挑発するような笑みを浮かべ、彼女が俺に問う。そうだなー、と考えるそぶりを見せるが、本当はもう決めていた。


「公園まで、グリコでもやるか」


 乗った、と彼女は笑う。目を光らせて獲物を狩るような、ぞくりとする笑い方だった。


 ああ、何をやっているんだろう。もうこんなので喜ぶような歳ではない癖に。

 少し離れた先にいる彼女の隣に並ぼうと足を踏み出したとき、彼女がさっき指差した一番星が見えた。

 そうか、俺はきっとまだ。


「早くやるよー!」

「はいはい。それではお手を拝借ー」


 まだ、この時間に縋り付いていたいのだろう。


『さーいしょはグー!じゃーんけーんぽん!』


 もうほとんどオレンジ色なんて残っていない空の下、住宅街。もう子供という逃げ道が使えなくなりつつある俺達の大きな声が響いた。

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