ロマンシンガー 佐・和
ーテーマパーク『マルデイイヤツ』入場口前通りー
結子は今、 最近 南刃町に新設されたテーマパーク
“マルデイイヤツ”の入場口前に向かおうとしている。
そのマルデイイヤツとは
本格派ファンタジーの世界観を模した遊園地で
建造物などのデザインが“中世的なアレ”になっている。
それに合わせ スタッフの衣装も中世的なアレで
販売している食べ物やグッズも中世的なアレ。
そしてテーマパークの醍醐味である
アトラクションの類いも
やっぱり中世的なアレである。
このようにこんなアレな場所ではあるが
少ない予算の中で造り上げたにしては
その構造は中々のものであったり
スタッフの対応も優秀であったりと
施設の名前以外は老若男女問わずとても評判が良い。
そんな人気スポットに結子が一体 何用かと言えば
そこで弘記と待ち合わせをしているのだ。
なんだ デートかよ と思うかもしれないが
今回はデートではなく仕事絡み。
客から依頼を受け わざわざここまでやって来た。
今回 珍しく現地集合としているのは
依頼の日が日曜日で、弘記は仕事
結子は大学が休みだということと
結子の家からこの施設が自転車で
10分程度の距離しか離れていないから
というのが主な理由。
普段なら弘記が車で結子の家までやって来て
送迎してくれるのだが
10分程度の距離なら自分で行くと
結子自身から申し出た。
そのことに対し弘記は不安そうな顔をしていたが
絶対に遅れて来ないことを結子の方から約束したため
結局 彼女のそれを受け入れた。
しかし、彼の不安は見事に的中。
たかが10分程度と思っていたのが仇となり
家の中で何やかんやしている間に待ち合わせの時刻を
とっくに過ぎていることに気が付いた。
すぐに自分の携帯電話を見て
弘記からの着信とメールが
数件届いていたのを確認した。
彼には正直申し訳ないと思ったが
『まあしょうがないよね!それに弘記さんだったら
許してくれるし!大丈夫!!』
と心から反省することはなかった。
そんな感じで結子は
自宅から乗ってきた折り畳み式の自転車を
走らせている。
自宅を飛び出して既に10分は経った。
テーマパークの駐車場を通り過ぎ
近くの車道に弘記の車があることを確認した。
その後 自転車を加速させ
テーマパークの入場口前へと辿り着く。
その途中で、吟遊詩人っぽい緑色の格好をし
ハート型で二つのネックが付いたアコギを持って
演奏をしていた謎の変態を見かけたが
気にしないことにした。
自転車を停めた結子は
さっそく弘記を探そうと思ったが
その必要もなく、彼は入場口のすぐ近くで
ぼうっと突っ立っていた。
結子は遅れてきた罪悪感を誤魔化すために
名一杯に元気な声で弘記の名前を呼んだ。
ゆ「おーーーーい!ひーーろーーきさーーーん!!」
結子の馬鹿デカイ声に
弘記は多少驚くリアクションを見せた後
彼女に対して満面の笑みで応える。
ゆ「(あーー良かった……怒ってなかったみたい)」
結子は弘記の反応に安堵しつつ
弘記の傍まで駆け寄った。
ゆ「弘記さん ごめんなさい!
もしかして 待たせちゃいました?」
ひ「ううん。大丈夫だよ」
ゆ「本当ですか、良かったー」
ひ「うん。僕も丁度ね……」
ゆ「丁度……何です?」
ひ「丁度……“12時間前”に来たところだから」
ゆ「……………」
ひ「……………」
ゆ「……………」
ひ「……………」
ゆ「………あれー?」
ひ「とぼけるな!!今 何時だと思ってんの!!」
ゆ「え、えーと……じゅ、11時ですけど……?」
ひ「“PM”11時ね!今 23時だよ!?」
ゆ「あ、あははは………」
普段あれ程 温厚の弘記が何故
こんなにも激昂しているのか?
それはもう お察しの通り
結子が待ち合わせに“12時間”も
遅れてやって来たからだ。
つまり、外は既に夜。
人気も無く、物寂しい。
ここら辺には街灯があるから明るい方ではあるが
少し離れるだけで真っ暗闇。
曇りの無い夜空に
星たちがより一層輝いて見える場所である。
ひ「あははは……じゃないよ全く!
全部終わっちまったんだよ!?
仕事も!事件も!遊園地も!!」
ゆ「え、ええ……まぁ……その……
弘記さんの車が駐車場に停まってなかった時点で
大体は想像がついてました……。
就業時間過ぎてたから
利用できなくなったんだなぁって」
ひ「そうだよ!ギリギリまで
粘って粘って説得して!!
従業員さんたちにメチャクチャ
怒られたんだからね!?」
ゆ「え、でも仕事が終わったんでしたら
帰るか 私の家に来るかすれば
良かったんじゃないですか?
何もずっとここで待ってなくたってーー」
ひ「君と約束したからだよ!ここで待つって!
僕は君のことを信じてたの!だからずっと待ってた!
絶対来てくれるって思ってたから!」
ゆ「あ、それは……その……ごめんなさいでした……」
ひ「はぁ…………もういいよ」
ゆ「え?」
ひ「いや、何だかんだ言って
君はちゃんと来てくれたし。
僕も言いたいこと言えてすっきりしたし。
気にするのも馬鹿馬鹿しくなってきたんだよ」
ゆ「じゃあ もう怒ってませんか?」
ひ「うん。怒ってない」
ゆ「やったぁ!ではこの件は水に流してーー」
ひ「ただし!どういう理由で遅れたのか
ちゃんと説明してもらうからね?」
ゆ「う……!それは今ですか?」
ひ「今ですよ」
ゆ「じょ、女性のそういうところを聞く男性って
どうかと思いますよ? 」
ひ「僕は12時間も待ったんだよ?半日だよ!?
話す義務があるでしょ!」
ゆ「わ、分かりました……。
でも先に言わせて下さい。
これは私にとってとても大切な用だったんです!」
ひ「へぇ、何?言ってごらん」
ゆ「寝坊しました」
ひ「素直かッ!!!」
ゆ「だってー 眠かったんですもん」
ひ「だからってこんなに遅れてくる奴があるか!!
一体 何度寝したんだよ!!」
ゆ「えーと……10度寝ぐらい?」
ひ「寝すぎぃぃぃーーッ!!」
ゆ「いやいや、冗談です冗談」
ひ「え、そうなの?」
ゆ「そうですよ。まさか私がそんなマヌケな理由で
こんなに遅れて来ると思います?」
ひ「………い、いやいやそんなことない!
うん!分かってたよ!
君がそんな理由で遅れて来るわけないってさ」
ゆ「ですよね。だって弘記さん
私のこと理解してくれてますもんね?」
ひ「もちろん!君のことなら何でもお見通しさ。
……で、本当は何で遅れたの?」
ゆ「じゃあ言いますよ。よろしいですか?」
ひ「いいよ いいよ。言ってごらん」
ゆ「寝坊しました」
ひ「やっぱりか コラ!!」
ゆ「うーん だって眠かったんですもん」
ひ「偽る気ゼロか!?せめてなんかこう……
色々やってましたーとかさ、あるでしょ!?」
ゆ「色々やってる夢は見ました!」
ひ「正直過ぎるだろ……君」
ゆ「私……弘記さんの前では……
正直で居たいから………!!!」
ひ「その台詞から どう ハッピーエンドに
持っていく気だ!!」
ゆ「えー、ダメですかね?」
ひ「ダメでしょ!!もっと考えて喋んなさいな!!」
ゆ「考えて……………あ、そうだ!話を戻しますが
今回の仕事どうでしたか?」
ひ「全然考えてないじゃん……」
ゆ「もう、いいじゃないですかー その話はー。
さっさと仕事の件教えて下さいよー」
ひ「はいはい……。
じゃあ念のため最初から軽く振り返るね」
今回の依頼主は
超有名私立大の男子学生 (21)。
通ってる大学も大学なので超お金持ちのお坊ちゃん。
親が子に対し異常な程に過保護で
日頃から彼の周りには他人から見える位置に
強面の雇われた用心棒たちが配置され 彼を守っている。
そんな彼の依頼内容は
同じ大学に通っていて 彼女である
スペシャル地味な女子学生
通称 ジミ子との初デートを成功させるために
デートの間だけ用心棒たちを
何とかしてほしいとのことだった。
ひ「用心棒の人たちは見た目はアレだったけど
スゴく気さくな人たちだったよ。
事の事情を正直に話したら
依頼人のこと僕に任せてくれたし」
ゆ「え、じゃあ スゴい楽な
仕事だったじゃないですか」
ひ「そうなんだよね。
あまりに楽だったもんだから
依頼人から『お連れの方は来ないんですか?』って
聞かれたよ」
ゆ「ん?どういう意味です それ」
ひ「だから、デートだよ。
ダ・ブ・ル・デー・ト!!!」
ゆ「ああ、なるほど」
ひ「なのにさ……結子ちゃん来てくれないから……。
逆に依頼人の方が申し訳なさそうにしてたよ」
ゆ「え、まさかずっと一緒にいたんですか?」
ひ「いやいや、僕も遂に堪えきれなくなってさ
『どうぞ 楽しんでくださーい!』って言って
その場を後にしたよ。
もちろん仕事だから陰ながら見守っていたけどね」
ゆ「ふーん……。じゃあ私、行かなくて正解でした」
ひ「え、何でよ?」
ゆ「だって、一日中ずっと幸せなカップルの姿を
眺めてなきゃいけなかったんですよね?
そんなの堪えきれませんよ。
リア充は勝手に爆死してろって話です」
ひ「いやだから そういうことになるだろうと思って
僕とデートを楽しーー」
ゆ「それも嫌です」
ひ「そんなぁ……。
結子ちゃんとのデートでウハウハしようと思ってた
この邪な気持ちはどうなるわけ?」
ゆ「そんなの鼻くそと一緒に
鼻の奥に詰めてればいいんですよ」
ひ「ぐ……!血も涙も鼻くそもないやつめ……!!」
ゆ「あ、そういえば 弘記さん」
ひ「ん?何さ」
ゆ「事件がどうのこうのって
言ってませんでしたっけ?」
ひ「ああ、言ってたね。
でも大したことじゃないよ」
ゆ「何があったんです?」
ひ「ただの殺人事件」
ゆ「もう、またそうやって事件起こす~」
ひ「僕が殺したみたいに言うな!」
ゆ「でも弘記さんの行く先々って
人の死体が並んでますよね」
ひ「ちょっと!不吉なこと言わないで!
僕は死神じゃないんだよ!?」
ゆ「確かに、これには死神もドン引きですわ」
ひ「ええ!?死神がドン引きって………。
死神も思わず『やだぁ……』って言うほど酷いかな?」
ゆ「そりゃ酷いですよ。
ちなみに犯人の犯行動機は何ですか?」
ひ「アイスソードっていう
アイスクリームの奪い合いの末、犯行に至りました」
ゆ「やだぁ……」
ひ「……僕も自分で言ってて やだぁ……ってなったわ」
ゆ「私、おさらばしたいやつがいるんです」
ひ「僕を仲間から外す気!?
それは言い難くても言っては駄目でしょ!?」
弘記たちがそんな何気ない話をしている中
後方から突然、男の美声が響き渡った。
?「ラララララ~♪ララ~ラララララ~♪」
ひ・ゆ「……………!?」
二人は反射的に後方を振り返り、身構える。
何か危険なものが迫ってくる。
そんな予感がしたからである。
?「ラララララ~♪
ラララララ~♪トゥルトゥル~♪」
ひ・ゆ「……………」
しかし、二人は身構えるのを止めた。
なぜなら、その男の格好は
現代人には似つかわしくないーー
?「ラララララ~♪
ラララララ~♪」
吟遊詩人のような緑色の装束に
ハート型で二つのネックが付いたアコギを持った
ただの変態で危険なものとは
言い難かったからである。
ゆ「(……弘記さん何ですかアレ?)」
ひ「(僕に聞くかい?聞かれても困るんだけど)」
ゆ「(世界観間違えてますよ……アレ)」
ひ「(世界観どころか存在を間違えてると思う。
っていうかギター持ってんだったらそれ弾けよ)」
ゆ「(うわ、こっち近づいてきますよ)」
弘記と結子がひそひそと話している間に
吟遊詩人らしき変態はとうとう目の前まで
やって来てしまった。
?「ララララ~ララララ~ラ~↓♪
やぁ!君たち。ちょっと俺の話を
聞いてくれないかーー」
ひ「ねぇ結子ちゃん」
ゆ「何ですか?」
ひ「今日は楽しかったね」
ゆ「はい!もう何て言うか、
もう、楽しかったです!!」
ひ「でもさ、もう こんな時間なんだ」
ゆ「あら、じゃあ 帰りましょうか」
ひ「うん。結子ちゃん 今日 自転車だよね?
それ車に乗せるから家まで送らせてよ」
ゆ「やったぁ!!
じゃあ そんな優しい弘記さんには
こうやって……腕を組んで、一緒に帰ってあげます!」
ひ「おお!!何と素晴らしい!!」
ゆ「あ、でも今日……母親に家閉め出されてるんです」
ひ「え……それは……
演技じゃなくて…マジですか……?」
ゆ「はい。私が家を出るときに
母親が『こんな時間にどこ行くのって』
訊いてきたんです」
ひ「うんうん」
ゆ「それで『弘記さんと待ち合わせしてるの』
って言ったら」
ひ「……………」
ゆ「『まぁ!弘記くんと!!
じゃあ 今日はもう帰ってこないのね……
ふふ、頑張って♪』っと言われ
そのままドアを閉められました」
ひ「やっぱり………。
でもそれ、閉め出されたとは違うような……。
けど このまま帰しても
ややこしいことになるからなぁ……」
ゆ「そうなんですよ。
だから弘記さん家に泊めてください」
ひ「別にいい……っていうか 寧ろ大歓迎だけど……。
うちの可愛い弟子なら
今は僕の実家の方に居るからね?」
ゆ「えー、何で実家の方に居るんですか?
いつもなら弘記さんにくっついて
離れないじゃないですか」
ひ「テスト期間中だからだよ。
それに、彼女はもう高三で、大事な時期だし
僕と一緒にいると勉強しなくなるから
しょうがないんだって」
ゆ「相変わらず過保護ですねぇ……」
ひ「別に普通だって。
それより、やっぱり うちに来るの? 僕一人だよ?」
ゆ「別に構いません」
ひ「よし!じゃあ一緒にーー」
ゆ「でも 同じ部屋では寝ません」
ひ「そんなぁ……。
結子ちゃんと一緒に寝てウハウハしようと思ってた
この邪な気持ちはどうなるわけ?」
ゆ「そんなものは耳くそと一緒に
耳の奥に詰めてればいいんですよ」
ひ「ぐ………まぁいいや……さっさと帰ろう」
ゆ「はい。帰りましょ」
二人は会話を終え 家までの帰路につく。
弘記が自転車を押し 結子が彼の腕にしがみついて
歩く後ろ姿は、まるで仲の良いカップルのようだ。
街灯と星たちの輝きが二人を祝福するように
明るく照らす。
二人はこの後、どんなことを話すのだろうか。
きっと 面白おかしい話に違いない。
この先に続いている険しい道のりの数々も
笑い飛ばして進んでいくことだろう。
何故かって二人は
これまで幾度もの困難を乗り越えてきた
かけがえのない“パートナー”なのだから………。
『ロマンシンガー 佐・和』 完。
?「ちょっっっと待てえぇぇぇーーいッ!!!!」
ひ・ゆ「…………えっ!!?」
弘記と結子は思わず振り返る。
するとそこには先程からずっと黙って
突っ立っていた吟遊詩人の変態が
鬼の形相でこちらを見ていた。
?「なに良いムードで終わらせようと
しとんじゃ ボケッ!!!
“完”じゃねぇんだよ コラ!!
まだ俺が何者かすら言ってねぇじゃねぇか!!」
ゆ「え、なにこの人 恐い」
ひ「ちょっと何なんですか いきなり」
?「いきなり?じゃねぇよ!
ちゃんと段取り踏んでたよ!?
最初の方でも出てたから!もう一回確認して!?」
ゆ「なに言ってんですかね この人?」
ひ「さぁね。取り敢えず関わらない方が良いよ。
さっさと帰ろう」
ゆ「そうですね。帰りましょ」
二人は会話を終え 家までの帰路につく。
弘記が自転車を押し結子が彼の腕にしがみついて
歩く後ろ姿は、まるで仲の良いカッーー
?「止めてーーッ!!!
また同じくだりで終わらせようとしないでーーッ!」
ゆ「もう!一体何なんですか あなたは!!
せっかく良いムードで
話が終わろうとしている時にしゃしゃり出て!
空気も文章も読めないんですか!?」
?「いや だから、俺の話を聞いてほしいって言う……」
ゆ「あなたの話なんて誰も興味ありません!!」
?「そんなぁ……。
ずっと待ってれば話を聞いてもらえると思ってた
この邪な気持ちはどうなーーー」
ゆ「うるせぇ!!さっさと失せろっつってんだよ!!
こなくそがッ!!」
?「ひぃ……!!し、失礼しましたーーッ!!」
吟遊詩人の変態はキレた結子に恐れをなし
土煙を上げながら猛スピードで逃げていった。
ゆ「け、鬱陶しいんじゃ……ボケ」
ひ「やだ……結子ちゃん……かっこいいぃぃ……!!」
ゆ「弘記さん、こっちに見惚れてないで
早く帰りますよ?」
ひ「ははっ。了解 了解」
変なやつを追い払ったところで
弘記と結子は再び腕を組み、車のあるところまで
歩き出した。
それから数分
車まであともう少しというところなのだが
弘記はずっと浮かない顔をしていた。
ひ「……………」
ゆ「もう、どうしたんです?
さっきからずっと浮かない顔して。
まさか……私と腕を組んで歩くのが
嫌だって言うんじゃないでしょうね……?」
ひ「いやいやいや!とんでもない!!
そうじゃなくてさ……ほら、さっきの人。
本当に何だったんだろうって思ってね」
ゆ「知りませんよ。
弘記さんの知り合いじゃないんですか?」
ひ「あんな奇抜な格好する人
僕の知り合いにいないよ」
ゆ「じゃあ、今回の事件で関わった人とか?」
ひ「…………」
ゆ「どうしました?当たりですか?」
ひ「い、いや……そんな……あー……でもそうなるか……」
ゆ「何ですか 歯切れの悪い……。
あ……もしかして……事件の犯人とか!」
ひ「さすがにそれは違うよ。
けど……敢えて言うならば
この世の悪意が生んだ被害者かもしれない」
ゆ「え、それは どういう……?」
ひ「いやね、聞いた話によるとさ
ここの施設の“オーナー”は風変わりな人らしいんだ」
ゆ「オーナー……ですか?」
ひ「うん。なんかさ、施設を建てる前は
旅芸人をやってて 世界各地を放浪してたらしい」
ゆ「え、それであのファンタジックな格好ですか?」
ひ「いや、あの格好のことは知らない。
ただ、道行く人々に曲を弾いて
聴かせてたっていうのは聞いた」
ゆ「まるで、変態じゃないですか」
ひ「全ての人がそうとは言えないけど
あの人に限ってはそうだね。変態だね」
ゆ「あんなので本当に客が引けるんですかね?」
ひ「まぁ、色眼鏡で見られると思うけど………
あ!そういえば!!」
ゆ「どうしました?」
ひ「思い出した!あの人の呼び名!!」
ゆ「え、そんなものがあるんですか?」
ひ「あるある!夢を捨てた人たちに
ロマンを詠い、希望を与える詩人……
“ロマンシンガー佐・和”!!」
ゆ「何ですか そのパチもん歌手は?」
ひ「歌手じゃなくて詩人だよ」
ゆ「似たようなもんでしょう」
ひ「まぁ、確かに」
ゆ「呼び名があるってことは
割りと売れっ子だったんですか?」
ひ「そうそう。それで、放浪してた時に
貯めていたお金でこの施設を建てたみたい」
ゆ「でも、そんなんでお金貯まるんですかね?」
ひ「ほら、予算が少ないって話を聞いたことない?」
ゆ「……あ!そういうことですか!」
ひ「うん、そうそう。
君の言う通り、あんまりお金は
貯まってなかったみたい」
ゆ「なるほど……で、そのことと
あのオーナーさんが被害者っていうこととは
どんな関係があるんです?」
ひ「今日、殺人事件が起きたって話したじゃん?
あれのせいだよ」
ゆ「えー、人殺しなんて
そこら辺でポコポコ起きるじゃないですかー。
そんなこといちいち気にしますかね?」
ひ「それは僕らの感覚が狂ってるだけだよ。
常識で考えてごらん。
今 巷で人気のスポットに殺人事件が起きたんだよ?
当然客足が少なくなるでしょ」
ゆ「むー……確かに。
客足が少なくなったら収入も減って
下手したら潰れちゃいますね」
ひ「その通り。それと今すぐ多額のお金が
必要になった時、人間って借金するでしょ?
たぶんオーナーさんもいろんなところで
借金したんじゃないかなーって思うんだよね」
ゆ「それは……悲惨ですね……」
ひ「でしょ?
今まで色んなものを抱えてやっとここまで来たのに
自分とは関係ない思惑によって
全てが無駄になってしまうんだから。
まさに、この世の悪意が生んだ被害者ってわけさ」
ゆ「………何か……可哀想になってきましたね。
話を聞いてほしいって言ってましたし
追い払わない方が良かったんでしょうか?」
ひ「いやいや、どうせ一文無しになるんだったら
聞かなくてもいいよ。
あの人はもう助からない。放っておけばいいのさ」
ゆ「……私たちこそが
真のこの世の悪意であるような気がしてきました」
ひ「大丈夫 大丈夫!どうせ願ってなくても
近い内にまた会えるから」
ゆ「え、何でそんなことが分かるんです?」
ひ「だってーーー」
ひ「ファンタジーには続編がつきものでしょ?」
『ロマンシンガー 佐・和』 本当に完。