瞳に写る世界
スージーが歩んでいく先にくっついて、私は着ている巫女装束をズルズル引きずりながらゆっくりと2人に別れた天使の元へと向かう。
良い人達に見えたんだ。
オレンジ色に染まる空の下で、真っ白な2人に期待をしてしまったんだ。
「失礼しますです、咲様、咲様…」
オレンジ色の光を遮って、スージーは小さな体を床に押しつけるように言葉を発した。
途端、重力が逆を向くように突っ立っていた私は頭から床に押し付けられるような格好になる。
「いたっ…!」
立っていた体勢からいきなり強制的に床に押しつぶされているような。
黒いバチバチとした、電気のような物を私は感じていた。
苦しい。
『オイオイ、目上の相手に会う時は俺よりも低い目線で話せっての。』
顔だけなんとかその声のような物の方に向けると、青い着物の天使が立っているのが見えた。
口元は動いて居なくて、声は雑音と一緒に低く頭に響いていた。
『本当ね、人間の位から神の巫女に昇格したようなもんなのにね…ふふっ』
続いて高い声が私の頭に響く。
赤い着物の咲は赤い目を細めて残酷にも見える表情でこちらを見ていた。
スージーはと言うと、私と同じように床に押し付けられる体勢を取っていて動けないようだった。
『あーあ、ミカエルのバカが変な世界に作り変えたせいで、お陰様で俺たちはこんなザマだし?
あんま一般人巻き込みたくねーんだけど』
『その体勢からすると、神の力なんて使えてないみたいだし?
ほらほら、辛いならその神の巫女の力でどうにかしなさいよ、人間』
言葉をリレーするように低い声から高い声が頭の中に響く。
相変わらず私は床に這いつくばって何も出来ないままだ。
どうにかって…さっき地下で出たような何もかもを願うだけで辞めさせる事も出来ない私は、取り敢えず言葉を発する事だけに意識を集中させてみる。
「ミカエルって…夜ちゃんは人間です…!」
必死に出た言葉はこれだった。
だって友達だから、夜ちゃんは。
気が弱くて、でも凄く優しい子。
『何言ってんの、最後の願いで神の力使って、自分だけ助かろうとしたバカかばうわけ?』
2人の声が重なって、私の頭に凄まじい痛みを生む。
「そんなの知らない…でも、夜ちゃんはそんな事しないっ…!」
『あんな欠落品、早くトリイのバカと1人に戻れってんだよ』
『平和になんて何も解決なんてしないけどね…ねぇ、巫女、その力、未来にさっさと返してさっさと死んでくれない?』
頭に響いてくる一方的な会話は、何も理解出来なかった。
だけどその陰に、何故だか2人が救いでも求めてるような表情を見た気がした。
辛そうな、悲しそうな。
わざとそんな言葉を使っているような、真実を伝えてるような。
死んでくれない?と言った咲さんは、手元に小さな光の球体を生んでいた。
そしてその光は私に向かって放たれた。
私は何も出来ない。
スージーも動けない。
全てがスローモーションに見えた世界で、私は。
バヂィッ
そんな音を聞いた。
私に放たれたソレは、私の目の前で、私の皮膚に当たる前に何もせずとも消滅したのだ。
『チッ、マジかよ』
その言葉の後、押さえつけられていたような重力から解放された。
「私が何だっていうのはどうでも良いし…死んだって構わないけど…なんで貴方達はそんなに悲しそうなの?」
無機質にしか見えないかもしれないこの2人の表情は、言葉とは裏腹で今にも泣きそうに私には見えた。
やっと起き上がれた私はスージーの手を取って立たせた。
顔色が悪く思った。
『黙れや人間』
『ここにいる以上、ただの人間がデカい面してんじゃねーよ』
最早どちらの声かさえも分からない、感情が私にぶつかった。
少なくとも私は殺されかけた状態だったのはどうでも良かった。
何となく思う、もし神様がいるなら、元の場所へ、この2人を返して欲しいと。
けど、それは出来ない。
でも、理解出来れば今の私になら出来るのかも知れない。
『疲れた、人間なんかに波長合わせるなんてつまんねー。
力でだってまだ…』
2人の声が重なって段々小さくなって、聞こえなくなっていく。
そして、2人が手を繋いだのを最後に襖は音も無く閉まった。
「神の巫女様、いきますですよ…」
スージーは少しよろけつつも私の手を握って走り出した。
なるべく2人の元を早く去るように。
「あんなに機嫌悪いお2人見たの、初めてなのですよ。
あんなにいつもは穏やかなのに…」
「やっぱり私が居たからだよね…余計な事…」
「違うですよ、きっとお2人は、試したかったのですよ。
有るかも分からない救いが…」
あんなに話す事は普段は無いと、スージーは私に言った。
「さて、ですね。
次は何処をまわりますか?」
スージーは1度冷静になった後、少し引きつった笑顔を私に向けた。
「ごめんね、今日はもうやめておくよ。」
「そ、ですよね。」
私は頭の中の整理がしたかった。
ミカエルが世界を変えたとか、トリイと1人に戻れとか、死んでくれないかと言われた後に、私が何をしたのかとか、後は…私の力を未来ちゃんに返して、とか。
あの2人は、ただ本当に1人の天使として戻りたいただそれだけなんじゃないだろうかとか。
お兄ちゃんはこんなに訳の分からない事を抱えていたんだろうか?
夜ちゃんは、何をしたんだろうか。
私の理解出来る範囲はとうに超えていた。
天使にならないで済んだ私が、神の巫女。
部屋に戻り、酷くなった頭痛のせいで私は考え事より先に布団でうずくまってしまった。
助けて。
遠く離れた場所から、そんな声が聞こえた気がした。