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噂の「ふふふ」裏部活動

無口な祭主君とロイヤル・タッチ

 1.


 僕のクラスには、祭主君という名の少し無口な男子生徒がいる。祭主という苗字は、珍しいしなんだかかっこいい。祭りって、元は神に祈るとかそんな儀式だったはずで、しかもその主な訳だから、何となく神秘的な雰囲気があるような印象を受けてしまう。“そういうの”が好きな人達にとって、だから祭主君は好奇の対象になってしまったのだった。それで、先祖が神職だったとか、霊を呼び出せるとか、その内に影で祭主君はそんな噂をされるようになっていった。

 祭主君は、それを知ってか知らずか肯定も否定もしない。ポーカーフェースで無口なものだから、何を考えているのかも分からない。そして、噂は少しずつ広まっていき、遂にはこんな話まで飛び出してしまったのだった。

 「祭主君に触ると、ご利益があるらしいよ」

 なんだそりゃ?

 と、まぁ、僕なんかは思ったりしたのだけど、どうにもそれなりに真剣に語られているようで。そのうちに、こんな生徒達も現れ始めるのだった。

 テストでいい点数取れますようにと、祈りを込めて祭主君に触ったり。恋愛成就を願って祭主君に触ったり。はたまたダイエット成功を願って触る人だとか。

 中にはそんな状態にかなり引いている人もいるみたいだけど、それでも祭主君のそんな位置は、クラスの中で確立し始めていた。しかし、一方でそんな祭主君の存在を疑わしく胡散臭く思っている人もいるようで、一部の人から彼は白い目で見られるようにもなってしまったのだった。

 本人はどんな風に思っているのだろう?

 僕は彼をそれなりに知っているから、彼が自分からそんなアピールをしている訳じゃないと分かっているけども、それを知らない人もいる訳で、そしてそんな中には、さっきも書いた通り、胡散臭く感じ、勘違いして祭主君をインチキ野郎呼ばわりしている人もいるから、きっと嫌がっていると思ったのだ。

 僕は彼と親しいというほどでもないにしろ、それなりに話せる間柄だったものだから、ある時、なんとなくこう話を振ってみた。

 「どうなの? 本人としては、シャーマン的な立場になった気分は?」

 すると、いつもは無表情な彼が、それを聞くなり顔を青くしてこう応えるのだった。

 「どうしよう? 黙ってれば、いつかは治まると思っていたのに、どんどん大事になっちゃって」

 どうやら本人は、ずっと不安に思っていたらしい。それが僕の質問で、一気に噴出してしまったのだ。気が小さいものだから、誰にも相談できず、今まで一人でずっと溜め込んできたのだろう。

 「ちゃんと、否定すれば良いのじゃない?」

 と言ってみると、祭主君は困ったような表情でこう答えた。

 「だって、実際に誰かに話しかけられているとかじゃなくて、僕がいない所で勝手に噂されているだけなんだよ? 一体、誰にどう言えばいいのか」

 なるほど、とそれを聞いて僕は思った。誰か特定の人間が噂しているとかだったら、まだやりようはあるけど、不特定多数の人間に噂されているとなると、まず訴える対象を絞る事が難しい訳か。なんとなくだけど、やり方によっては傷口を広げかねないような気もする。

 声を大にして言うのは、気が小さくて無口な祭主君の不得意分野。自然、黙ったままになってしまう。しかも、何かを積極的に祭主君がやるとかじゃなくて、相手が勝手に触って勝手にご利益があったと吹聴するから、本人にも防ぎようがない。

 僕は少し迷うと、それからこう言った。

 「ま、飽きられるのを待つしかないのじゃないかな? 僕も、本人が困っていたって事は皆に伝えておくからさ」

 ほとんどアドバイスになっていないけど、それでも祭主君は「ありがとう」とお礼を言った。だけど、それから数日後、事態は更に困った方向へ向かってしまったのだ。

 「病気が治った!」

 風邪気味の生徒が、祭主君に触れて、なんと治ってしまったらしいのだ。そんな馬鹿なと僕は思い、「そんな馬鹿な」と本人もそう言っていた。自分に触ったくらいで、病気が治るはずがない、と。

 それでますます、大騒ぎに。

 噂話は学校中に広まって、休み時間になると、わざわざ他の学年やクラスから祭主君を訪ねてやって来る人まで現れ始めた。部活での必勝祈願に触りに来る人だとか。恋をしている女生徒は取り敢えず、祭主君に触っとけと集まって来るし。まぁ、これは羨ましいっちゃ羨ましいけど。本人としては、いよいよ学生生活に支障をきたすくらいに困り始めてしまったのだった。

 「ほら、あんたも触りなさいよ」

 「わたしは、いいから」

 「もう、なんでよ?」

 恥ずかしがって触ろうとしない、恋をしているだろう女生徒と、勇気を出せと焚きつけるその友人。

 そんな光景が、祭主君の前で繰り広げられている。僕はそれを見て、これは限界かもしれない、とそう思う。そして彼に向かって、こう言ってみたのだった。

 「これは、最終手段かもしれない。もし、君に覚悟があればだけど… スクール・カウンセラーの塚原先生に相談してみる気はないか?」

 それを聞くと、彼は「スクール・カウンセラー?」と不思議そうな声を上げた。

 この学校のスクール・カウンセラーの塚原先生は、実は少し変な人だったのだ。普通の相談事も引き受けるのだけど、普通じゃない相談事にも応じていて、普通じゃない解決手段で普通じゃなく解決する。もっともそれは、先生一人の所業って訳でもないのだけど。と言うよりも、むしろ先生はそれほど関わってはいないのだけど。

 祭主君は少し迷ってから、「分かった。相談してみる」と、そう答えた。


 2.


 「“ロイヤル・タッチ”みたいなものかもしれないな」

 高等学校に設置されたカウンセリング・ルーム。空き教室の一つがあてがわれたその場所で、スクール・カウンセラーの塚原先生は“やれやれ”といった様子で、そう言った。別に話したくて話した訳じゃない、というのを態度で表しているようにも思えるが、それが本心であるかどうかは分からない。なんだかんだで、いつも先生が綿貫朱音に来談者の話をしてしまうのは、本人も実は喋りたいからなのかもしれない。カウンセラーとしては失格だが、それはそれなりに綿貫を信頼しているからでもあったし、本当に重要な個人のプライバシーに触れる部分については、先生は決して語らない。因みに、塚原先生は女性である。

 肘をついた手の平の上に顎を乗せながら、綿貫は「ロイヤル・タッチ?」と、そう疑問の声を上げた。

 今回の件に関して言えば、それは確実に個人のプライバシーには触れない。何しろ、これは学校中の噂になっている事だから。奇跡の霊媒体質“祭主君”の話。綿貫の疑問の声には返さずに塚原先生は、

 「しかし、霊媒体質ってのは、誰かの病気を治したりもできるもんなのかね? 少なくとも、私は知らないが」

 などと続けて言う。綿貫は面倒くさそうにこう答えた。

 「さぁ? でも、そういうのはあまり関係ないのじゃないですかね? 血液型占いだって、色々おかしいじゃないですか。あれって、性格診断で占いじゃないのに、占いってなっちゃってたり。それなのに、実際、本を開いてみると性格診断だったり。場合によっては、本気で占いになっているものもありますけど。今日の、A型の運勢は何々、みたいな感じで。つまりは、なんとなくそれっぽければそれで良いのじゃないですか?」

 それを聞くと塚原先生は笑った。

 「はっ 大昔の雑誌やらを見てみると、今じゃ考えられないようなジャンルが一つに纏められて考えられていて、区別も境界線も曖昧で扱われていたりするらしいのだけど、きっと似たようなもんなのだろうな。例えば、超能力と異常心理が、何故か同じ“変態心理”というジャンルだったり。

 それに関して言えば、“オカルト”という一つの箱の中に何でもかんでも押し込んで、混同して認識している感じか」

 塚原先生が言い終えると、いつまでも綿貫の質問には返さない先生に、彼女は抗議の声を上げる。

 「先生、話を逸らさないでくださいよ。“ロイヤル・タッチ”って何ですか? それが、祭主って男子生徒の霊媒体質騒動とどう関係があるのです?」

 塚原先生はそれに「フッ」と少し笑って返し、「別にそんなに逸れてもいないさ」とそう言ってから、こう続けた。

 「それも“オカルト”という分野に、押し込まれがちな現象の一つだからさ。“ロイヤル・タッチ”というのは、ヨーロッパの王侯貴族が起こしていた奇跡でね、王が触れるだけで民の病気を治療するというものだ。11世紀、イギリスのエドワード懺悔王、16世紀、フランスのアンリ国王など。もちろん、奇跡などではなく、実際には威光暗示と催眠効果で治療が成功したと言われている」

 綿貫はそれに少し面白そうな声を上げた。

 「催眠術ですか? それはそれで胡散臭い話ですね。王様達が、催眠術を使っていたなんて」

 「別に王様本人には、催眠術を使っていたなんて認識はないだろうさ。と言うよりも、そもそもその時代には催眠術なんて概念は生まれていなかったのだけどな。それに、あまり馬鹿にしたもんでもないぞ。催眠はその奇異さから、“オカルト”の一分野に組み込まれる傾向があるが、実際はもっと確りとした分野だ。物語の中で扱われているような、魔法のような力ではない。医療にも早くから用いられている。と言うよりも、そもそもが医療から発生しているのだが」

 「催眠術が、医療ですか?」

 「そうだな。ロイヤル・タッチの例なんかからも分かる通り、無自覚ではあったが大昔から人間は催眠効果を社会の中で活用してきたんだ。シャーマンの祈祷で、トランス状態にして、病気を治療するのはその代表例だろう。しかし、それらはいずれも催眠の発見には直接は結び付かなかった。

 催眠の発見は、メスメリズムからと言われている。これは動物磁気を応用してどーたらってな治療方法で、まぁ、もちろん、そんなものは存在しなくて、今で言えば疑似科学なんだが、これが催眠の発見に結び付いた。

 その動物磁気に疑問を持ったジェームズ・ブレイドって外科医が、動物磁気なんて用いなくても、一点を凝視させるだけでトランス状態に誘導できる事を証明し、彼はこれをヒプノティズム……、つまり催眠と名付けた。これが催眠の誕生だな。その後、医療の分野で催眠は活用されていく。

 メスメリズムは、まぁ、間違っていた訳だが、それでも、科学の分野に催眠現象を乗せたのは評価できる点かもしれない。科学だからこそ、正しいのか間違っているのか検証される事になり、催眠という現象が発見されるに至ったのだろうから」

 それを聞いて、綿貫はこう言う。

 「ああ、なるほど。宗教の分野でも、催眠は利用されてきたけど、催眠の発見には至らなかったのですもんね。科学として扱われたからこそ、だったんだ」

 「その通りだな。科学は真実かどうかが重要なものだから、検証が求められる。宗教の場合は、それが機能しさえすれば、大きな問題はないから、検証はあまり意味がない。まぁ、時と場合によるがな。

 因みに、有名な精神分析学も催眠治療からの派生でな、フロイトは催眠治療からの着想で、自由連想や夢分析を考え出したんだが、非科学的だと非難されている。例え、多くの真実を含んでいたとしてもね。観察がし難い点は帰納主義の観点から、反論を拒絶する点は反証主義の観点から、それぞれ非科学的だとされている」

 「なんだかな。科学じゃなければ、インチキでも糾弾されないって点が、わたしには納得できませんね。どうして、そうなっちゃうのだろう?」

 その綿貫の言葉に、塚原先生は面白そうな顔をした。

 「そうか? 確かに、心情からインチキは許せないってのは分かるが、そんなに簡単なもんでもないと思うぞ」

 「どうしてです?」と、綿貫は先生の言葉に不満げに返す。

 「例えばだ、森の中で生きる少数民族がいたとしよう。この民俗の中に、シャーマンがいるんだな。で、このシャーマンが祈祷によって病気を治療するとしよう。もちろん、実際は催眠で治しているんだが。

 ただし、中には綿貫のように、心が東京を流れる川のように、自転車や空き缶が捨てられて、汚れ歪んでいる人もいる訳だ。そういう人達は、そんなものは信じない、証明してみろ、と主張するだろう。そして、そういう人はインチキだ、と、まぁ、治療を受けようとはしないし、受けても信じていないから効かない。さて。すると、どうなる?」

 抗議をするように、綿貫はそれにこう応えた。

 「断っておきますが、先生。最近の東京の川はそれなりに綺麗ですよ。それに、わたしの心は、澄んでいて、時には魚が群をなして泳いでいる光景が観察できるほどですよ。心のエコ活動を、舐めんな!」

 「じゃ、心が都心の風呂なし安アパートのごとく狭いでいいよ。とにかく、シャーマンの祈祷が効かない。すると、その人達は病気が治らないな。結果、そのシャーマンのインチキな医療行為を信じる人達が、生き残る事になる訳だ」

 「あ、また酷い事を言った。先生の、そのような暴言によって、わたしの心にまた、トラウマという名の汚物が投げ込まれる訳ですよ。カウンセラーだったら、もっと言葉に気を付けてください。クリーン・デーを指定しても回収し切れない。因みに、毎月、10日です」

 「どうでもいいよ。話の肝を無視するな。綿貫の心の自然分解能力は、この程度の暴言なら簡単に分解して、養分やエネルギーとして活用できるだろう。

 私は、お前を信頼しているぞ」

 「妙な信頼の仕方をしないでください。でも、ま、話は分かりましたよ。つまりは、例え嘘でも世の中の役に立つ場合もあるって話でしょう? だから、簡単には否定できない、嘘は上手く利用しましょう、と。という事は、今回のケースも大きな問題はないって事ですかね?」

 それを聞くと、塚原先生は眉をひそめた。

 「どうだろうな? 周囲にとっては問題なくても、当の本人が困っているのだろう? それに、これ以上話題が広がると、流石に学校側も無視できなくなるかもしれない。微妙なラインだが、私に話が回ってくる可能性もある。というか、実際、既に祭主から相談を受けているのだが。

 これで放っておいたら、職務怠慢になってしまうな」

 「あ、本音が出ましたね。結局、自分が可愛いだけなんだから」

 そう言った綿貫の表情は、何故かとても嬉しそうに見えた。塚原先生は、それに多少の悪い予感を覚える。

 「おい。まさか、今回の件に関わるつもりじゃないだろうな?」

 不安混じりにそう言った。綿貫は妙に嬉しそうにこう答える。

 「ええ、関わりますよ。だって、これって普通じゃない相談事の部類じゃないですか。わたし達の出番ですよ。それに、恩人である顧問の塚原先生が困っているのなら、見過ごせないじゃないですか」

 その態度は、厄介事に行きあったと言うよりも、良い暇つぶしを見つけた、といった方が相応しく思える。その答えに、先生はまた不安そうな声を上げる。

 「大丈夫だ。仕事をしている振りさえしていれば、危機は回避できるんだから。こんな面倒そうな話に、動くな」

 しかし、綿貫はそれを無視して続ける。

 「だけど、被害者とはいえ、祭主って男の子も情けないわね。大声で否定するくらいできないのかしら? これは、あれね。今、流行の“草食系男子”ってヤツね。流行に乗れば良いってもんでもないでしょうに。なげかわしい」

 多少、諦めた感じで塚原先生はそれにこう返した。

 「別に流行に乗っている訳でもないだろよ。それに、彼くらい無口で大人しい子なら何処にでもいると思うぞ。名前が珍しくて、そのお陰で運悪く被害を被っているだけの話じゃないか。

 本人に、落ち度はないと思うが」

 「そうは言いますが、先生。これはもう、草食系男子を通り越して、草ですよ。草男子。そのうち、光合成でもし始められた日には、どうすれば良いのですか? ハウスで溶液栽培できたりして。市場ルートでいくらで売れるのか?って話ですよ。こういうのって、わたし、よくないと思う。こういう傾向のお陰で、わたしに彼氏ができない訳ですよ」

 その言葉を聞いて、塚原先生は“こいつ、また、暴走し始めたな”と、そう思いつつ、こう応えた。

 「問題を飛躍させるな。お前に彼氏ができないのは、主に性格の問題だ。カウンセラーの私が言うのだから、間違いない」

 すると胸を押さえるようなポーズをしつつ、綿貫はこう言った。

 「来た。また、暴言。わたしの繊細な心の川に、またゴミが投げ込まれました。ましたよー」

 そして、悶絶するような真似。それから、「しかし、」と、そう言う。

 「が、しかーし!」

 「うるさいよ」

 塚原先生のツッコミを受けると、ガッツポーズのような変な動きをした後で、綿貫はこう言った。

 「見事に、分解! そして、吸収! その程度の暴言がわたしに効くかぁ!」

 「早いな」

 「とにかく、今回の我が、メディア・ミックス部のテーマはこれでいきます。わたしに彼氏ができるようにする為にも、草食系男子撲滅なノリで! いや、光合成を開始した草系男子だっけ?

 とにかく、市場に出荷される前に、奴らを救え! 救いますとも~」

 その綿貫に、あきれた視線を送りつつ、塚原先生はこう言った。

 「なぁ、綿貫。遊びたいだけなら、帰ってくれないか?」


 3.


 なんだか知らないけども、この高等学校にはメディア・ミックス部という名前の変な部活動が存在している。

 創始者は、現二年生の、綿貫朱音という名前の先輩で、顧問は何故かスクール・カウンセラーの塚原先生。この塚原先生が、顧問を引き受けなかったのなら、この部活動は誕生していなかったのだとか。

 部活動の内容は、極めて特殊で、なんと掛け持ち推奨。その掛け持ちをしている部員達の所属している、部活と部活を連携させる、という奇妙な事をやっている。例えば、演劇部と文芸部を結び付けて、文芸部が書いたシナリオで演劇部が劇をして、だとか。他にも、新聞部が漫画部の作品を連載したり、特集したり。

 そして、同じクラスの村上君の話によれば、もっと怪しい活動も行なっているらしい。それには、顧問がスクール・カウンセラーという点も関係していて、生徒達の悩みを人知れず手段を選ばず解決するというもの。どうして、彼がそんな事を知っているのかと尋ねてみたら、なんと彼もその部活動に所属しているかららしい。

 スクール・カウンセラーの塚原先生に相談した数日後、何故か僕はその「メディア・ミックス部」の部室に呼び出された。そこには部長の綿貫さんと、後は新聞部の小牧さんという人、それと同じクラスの村上君の姿も。村上君は「心配はいらないから」と、そう言った。塚原先生の名前は出さなかったけど、恐らくは塚原先生に相談した事で、この人達が動いているのだろう。

 「あまり緊張しないでね。ただ、単に状況確認がしたいだけだから」

 綿貫さんがまずはそう言う。

 「村上から事情は聞いているだろうから、わたし達が何を目的にしているかは分かっているわよね?」

 僕はそれに黙って頷く。それを受けて、小牧さんが口を開いた。

 「なるほどね~。無口だわ。草食系~」

 草食系?と僕はそれを聞いて不思議に思う。その発言を誤魔化すように、綿貫さんは言った。

 「なら、まずはこれだけは約束して。これから、あなたの噂に関して、ちょっとした変化があるかもしれないけど、気にしないで。

 もし尋ねられたら、肯定も否定もしないで、知らないとだけ答えればいい。断っておくけど、悪いようにはしないわ。もし、それであなたが被害を受けるような事になったら、言いに来てちょうだい。全力であなたを守るから。つまりは、それで責任を取るって事」

 僕は今度は口に出して、「はい」と答えた。無言だと、また何か言われると思ったからだ。それが終わると、今度は小牧さんが尋ねてきた。

 「ねぇ、祭主って珍しい苗字だと思うけど、どうしてそんな苗字なのか、理由は分かっていたりするの?」

 僕は首を横に振った後で、“声に出さないと”と思い直して、こう言った。

 「いえ、分かりません。もしかしたら、遠い昔は何かと関係があったかもしれませんけど、僕は知らない」

 それを聞くと、何故か小牧さんはニッコリと笑い、「いいわよ。いいわよ。その方がやり易いわ。デッチ上げ、自由だものね」と、そう言った。何か不安になる発言だけど、表情には出さなかった。

 その後で、綿貫さんは軽く溜息をつくと、

 「くどいようだけど、心配はしないでね。もし何か起きたら、責任は取るから」

 と、そう言う。どうも、僕の不安は見抜かれてしまったようだ。その発言を聞くと、小牧さんが言った。

 「綿貫って、人見知り激しいわよね。慣れてない人が相手だと、つまらないわ。普通なんだもの」

 「わたしは、あなたと違って常識をわきまえているだけよ」

 不服そうに綿貫さんは言う。しかし、それを聞くと村上君が言った。

 「それには、多少、異論がありますが」

 綿貫さんは村上君を睨む。“いい度胸、してるじゃない”とでも言いたげな表情。ただ、それで綿貫さんの雰囲気が、少しだけ変わったような気がした。そして、それから彼女はこう言ったのだった。

 「大体のわたし達の用事は以上だけど、最後にこれだけは訊いておくわ。ねぇ、祭主君。あなた、好きな人はいる?」

 その質問をした瞬間、小牧さんの表情は“面白そう”といったものになり、村上君は呆れたように溜息をついた。僕は顔が熱くなるのを感じ、こう返す。

 「い、いえ。特には……」

 でもそれは嘘だった。僕には好きな人がいる。正直に答えなかったのは、その質問が今回の件に全く関係ないように思えたからだ。それに、恥ずかしかったし。

 その僕の表情を、メディア・ミックス部の三人はじっと見つめる。一呼吸の間の後で、「ふむ、分かったわ」と綿貫さんがそう言った。

 何が分かったのだろう?

 僕は多少、不安になる。何だか、綿貫さんという人の異常性の片鱗を見たような気がしてしまったからだ。いや、綿貫さんの、と言うよりも、この部活のだろうか? それに、村上君の態度も気になる。

 この質問と、この反応の訳はなんなのだろう? それから、直ぐに僕は帰っていいと言われて、部室を後にした。


 やがて、しばらくが経過すると、僕の例の噂話に変化が現れた。綿貫さんが言っていた通りの事が起こった訳だ。どうやったのかは分からないけど。

 なんでも、僕の能力は僕本来のものではなく、ある守護霊のような存在によって、実現しているものだという。だから、その守護霊が離れれば、自然、その能力も失われてしまう…… という事になっていた。

 なるほど、と僕はそう思う。それで、次に守護霊が離れた、という噂を流して、僕のはた迷惑な霊媒体質の“ご利益騒動”を治めようとしているのか。

 僕はそう納得はしたものの、少し疑問に思う点もあった。

 「こんな事ができるのなら、どうして真っ向から否定してくれなかったのだろう?」

 そう、村上君に言ってみる。休み時間、教室でのこと。すると、彼はこう答えた。

 「人の噂話っていうのは、そんなに単純じゃなくてさ。特に、こういう“オカルト”系の話は難しい。否定すると、却って悪い結果に結び付く場合があるんだ。否定するのは、それだけ重要な真実を隠したいからだ、なんてなって一部が加熱したりする。集団心理学の実験でも、そういう結果が出ているのだよ。

 だから、こうして否定せず、肯定派の認識を巧妙に誘導して消滅させるのが、一番なんだ」

 「へぇ」と、僕はそれに答える。でも、次に疑問が思い浮かぶ。多分、今度は守護霊が離れた、という噂を流すのだろうけど、どうやってそれに説得力を持たせるつもりでいるのだろう?

 それで、僕はこう尋ねてみたんだ。

 「ねぇ、次に何が起こるのだろう?」

 すると、彼は困った顔を見せる。「あははは」と笑う。何か答え難そうな感じ。そして、彼はこう言った。

 「悪く思わないでくれ。君に、少しだけ協力してもらわなくちゃならない」


 4.


 村上アキが、メディア・ミックス部の部室に入るなり、いきなり彼の首に何か柔らかいものが巻きついた。

 そのままその柔らかいものは、彼の首をロックし、彼を前屈みの体勢にする。ちょうど、プロレス技のヘッドロックが極まったのと同じ具合。と言うよりも、それは実際にヘッドロックそのものだった。

 「遅いぞ、村上アキ」

 と、ヘッドロックを極めた体勢のままでその技をかけた本人は言う。村上アキは、それに困った声を上げる。

 「綿貫部長。仕方ないじゃないですか。僕は文芸部と掛け持ちなんだから」

 「何を言ってるのよ? 確かに文芸部と掛け持ちだけど、わたし以外では、お前は唯一、このメディア・ミックス部メインの部員でしょう?

 他の連中も集まらないし!」

 「だから、他の人達もそれぞれ各部活動をやっているのですよ。しかも、メディア・ミックス部の裏の仕事までこなして。そもそも、部長はほとんど何も仕事してないんだから、他の人を責められないですよ。案を考えるだけじゃないですか」

 「良いのよ! わたしは部長で、管理職なんだから。管理職は管理が仕事! ほら、あれよ、なんだっけ?

 “もしメディア・ミックス部の部長がドラッガーの『マネジメント』を読んだら”

 通称、“もしドラ”よ!」

 「部長、読んでないでしょう? マネジメント」

 そう村上がツッコミを入れると、綿貫はヘッドロックをきつくした。

 「だから、“もし”って付けてるでしょーう? 読んでたら、もしじゃないじゃない。ぶっちゃけ、読んでるだから。という事は、あの話は何?」

 「あの話はフィクションですから、“もし”で良いのじゃないですかぁ?」

 「あげ足取るな!」

 「ツッコミです!」

 綿貫はヘッドロックを極めながら、村上の首を左右に振り始めた。そして、それをやられながら、村上は“やばい”と思っていた。

 “柔らかい……はっきり言って、全然、痛くないし。いい匂いするし。と言うか、気持ち良いし”

 「あの部長…」

 どうしようか?と思いつつ、村上は口を開いた。

 「今更感は、かなりあるのですが、この密着状態はやばいです。何しろ、僕も一応は男なものですから」

 それを聞くと、綿貫は「フフフ」と笑った。そして、言う。

 「村上よ。今回のプランのテーマが、草食系男子いやさ、草男子撲滅キャンペーンである点はお前も知っているでしょう?」

 「知りません」

 「しかし、内部にその草男子がいては話にならない。お前は、光合成をしているという疑いがあるから、こうして検査をしているのよ…… って、キャア!」

 小さな悲鳴を上げると、綿貫は慌てて村上から離れた。

 「ななな……」

 と、声を上げる。村上は自分の手の平を広げて、見つめている。多少、顔を赤らめながら綿貫は言う。

 「胸と尻を触ったわね!」

 「触って良いのかと思いまして。状況とその言動から」

 綿貫はその返答に、こう言う。

 「なんて事なの? 男は羊の皮を被った狼とか言うけど、こいつの場合は、草の皮を被った狼だったわけね」

 「大変身ですね」

 それから村上が歩を進めようとすると、「来るな! 男はみんな、狼なのよ!」とそう綿貫は喚いた。

 「いやいや。草食系男子に不満だったのじゃありませんでしたっけ? 部長」

 と、ツッコミを村上は入れる。それに綿貫はこう喚く。

 「この、妖怪、草被り狼め!」

 「できましたね、新妖怪。と言うか、何がしたかったんです? あの時の僕の行動の選択肢の正解を教えてくださいよ!」

 ――選択肢1:

 そのままの体勢で、止まる。

 草男子確定&何かが起きて、「ムッツリスケベ」の称号を得る。

 ――選択肢2:

 綿貫にダメージがないように、穏便にヘッドロックを解く。

 草男子確定。馬鹿にされる。

 ――選択肢3:

 綿貫の身体を触り、脱出。

 男は狼。「草被り狼」の称号を得る。

 ……村上は叫ぶ。

 「全部、バッドエンドじゃないですか!」

 そう村上がまたツッコミを入れたところで、ドアが開いた。

 「あらあら、何の騒ぎ~? 廊下まで声が響いてるわよ」

 入って来たのは、社会研究部の出雲真紀子だった。それを見るなり綿貫は言う。

 「あ、聞いてよ、出雲さん! 村上ったら、草被り狼なのよ!」

 「意味が分からないわね」

 と、出雲は応える。

 「いきなり造語を言われて分かる人は少ないですよ」と、村上がツッコミ。それから綿貫は出雲に経緯を説明する。説明が終わると、出雲は「うんうん。話は分かったわ」と、そう応えた。

 「つまり、綿貫さんが村上君に逆セクハラを仕掛けて、返り討ちにあったと。五分五分か、または七:三か六:四で、綿貫さんが悪いわね~」

 「マイガッ!」

 と、それを聞いて、綿貫は叫ぶ(オーを省略)。

 「理解が得られない!」

 「妥当ですって」と、それに村上は言う。「正解なしの選択肢じゃ」と、村上はその後でそう呟いた。そのタイミングで、また人が入ってくる。

 「何の騒ぎ~?」

 今度は新聞部の小牧なみだ。経緯を出雲が話すと、小牧は「いいな~。村上君に逆セクハラか。綿貫は減点1ね」とそう言う。

 「NOー!」

 と、それを聞いて綿貫は叫ぶ。

 「理解を得られないどころか、理解の方向があさってだわ!」

 そこで出雲が言った。

 「ハイハイ。お遊びはその辺りにして、そろそろ会議を始めない? こっちだって、早く帰りたいし」

 「あれ? メンバーこれだけですか? 吉田先輩とかは?」

 と、村上が訊く。

 「吉田君は、今回は来ないわよ。あまり役に立たないだろうし、草食系だ草だ言われそうだから、パスだって」

 「見抜かれてますね~ 綿貫部長」

 そこまで会話が進んで、綿貫が言った。

 「ちょっと待って。部長のわたしの立場を差し置いて、話を進めないでよ。今は、村上問題が先決でしょう」

 「その問題なら、綿貫が悪いで、即解決したじゃない」

 と、それに小牧。綿貫は「ああ、なんだか部長の尊厳があれな気がするわ」と、愚痴をこぼすように言う。

 「暴君は、抑えないと」

 と、村上がポツリ。

 ……とは言っても、綿貫朱音はそれなりに、人望もある部長だった。意味不明な荒唐無稽さがあるにも拘らず。

 「じゃ、会議を始めましょう。他の部員からの報告は、私が受けているから」

 と、出雲が言うと、会議がなんとなく始まった。


 綿貫朱音は中肉中背。標準の体型で、容姿もそれなり。本性を知らない人間からは普通の子だと、そう思われている。ただし、慣れた人間には本性をさらし、普通じゃない発想で大胆な“お遊び”をする人間だ。無理をしている訳ではなく、裏の顔が自然な彼女。常識の網を無視する、と言うよりも、ニュートリノが物質をすり抜けるように、常識の存在に気付かずにすり抜ける、そんな感性に惹かれる人間は少なからずいて、それがこのメディア・ミックス部を成り立たせている一因にもなっていた。

 社会研究部の出雲真紀子は、母性的な性格で、みなを主に感情面から調整しているキーパーソン。背は少し高めで、体型に反してそれほど発育は良くない。頼りになるような、それでいて弱いようなそんな印象。小牧なみだは華奢な感じで、ノリは極めて軽い。噂話が好きで、それを広める事も集める事も得意。また、人間関係を把握する能力にも長けていて、人間関係ネットワークを見切り、それにより、噂話を操作している。村上アキは、皆のサポート役。器用に凡その事をこなすから、噂話などの原案作りから、調査まで幅広く行なっている。

 「綿貫は、基本チキンだから、口では草食系は駄目だなんだ言っていても、少し踏み込まれると途端に弱くなるのよ」

 と、小牧が言う。

 「なるほど。勉強になります」

 そう村上が返すと、綿貫が叫んだ。

 「会議はどうした!?」

 珍しく、ツッコミ。出雲がその後で、そんなやり取りを気にかける様子もなく、口を開いた。

 「計画は順調に進んでいるわ。村上君が原案を作って、文芸部の方でネットに投稿してもらった都市伝説もどきの話は、順調に祭主君と結びついて語られている。その点は、小牧が中心になってやってくれているのだけど」

 それを受けると、小牧はニカッと笑い、「任せておいて」と、そう言う。

 メディア・ミックス部が取った手段は、こうだ。まず、直接は語らないが、実際にあった話として、ネット上に祭主の霊媒体質の噂話を連想させるような話をアップする。地名などは伏せるが、簡単にそれと分かるような内容で。次に、「ネット上でこんな話が話題になっている。どうもこの辺りの話みたいなのだけど」という噂を、小牧が流す。携帯電話などを通してそれを読んだ人は、祭主の話だとそう思い、祭主に関する噂が都合良く更新される、という訳だ。

 「これはわたしの勘だけど、そろそろ下準備は整ったと思うわよ。皆、祭主君の“ロイヤル・タッチ”もどき現象は、祭主君に憑いている霊の仕業だと思っている。後は、その霊に離れてもらうだけ。

 恐らく、ベストなタイミングは今だと思う。噂話なんて水物だから、このチャンスを逃すと面倒な事になるかも」

 小牧がそう言うと、綿貫は頷く。

 「うん。そうでしょうね。今の時期を逃すと効果は半減する。噂がホットになっているうちに動いた方がいい。

 で、肝心のそっちの調査はどうなの? あの祭主君の反応からいって、彼に好きな子がいるのは確実でしょう? 村上」

 「はい。もちろん、進んでますよ。昔からの彼の友達の話を聞いたりして、目星はつけました」

 「オッケー。で、その相手に、付き合っている人はいそう?」

 「いないと思います。ただ、好きな相手はいるだろうと思われますが」

 「根拠は?」

 「以前に、その女の子が、他の友達から祭主君に触りなって促されていたのですよ。ただ、彼女は照れて祭主君には触りませんでしたが」

 「ほぅ」

 そう言うと、綿貫は少し何かを考えるような仕草をした。その間で、出雲が村上に尋ねる。

 「その相手って、昔からの祭主君の知り合いだったりするの?」

 「そうみたいですね。中学からの知り合い」

 「中学から。なら、問題ないかしら?」

 「どうしてです?」

 そう村上に尋ねられると、出雲はこう説明した。

 「普通、人間社会で近親婚って禁忌とされいるでしょう? これの生物学的な仕組みはどうなっているのかって調査した人がいてね。小さな頃から一緒にいる相手には、人間は恋愛感情を抱かないって傾向があるらしいのよ。だから、子供の頃から一緒にいる親兄弟と結婚したいとは思わない。ま、閾値はとても幼い頃に終わるみたいだけど。だから、その相手がガチな幼馴染だったら問題あり、と」

 「なるほど。でも、それだと祭主君も相手に恋愛感情を抱かないだろうから、元から平気じゃないですか?」

 「ま、そうだけど。祭主君が、自分の“好き”って感情を勘違いして理解していたら分からないじゃない」

 そこで綿貫が口を開いた。

 「とにかく、大きな問題はなしね。すると、後は祭主君に告白させるだけ」

 村上が応える。

 「ですね。まぁ、この手の話は例によって、三城にでも任せるとして、後は根回しをするかどうかです。相手の女の子が、祭主君の告白を受けるように。

 上手くいけば大成功ですが、根回しに失敗すれば厄介な事になりかねない」

 三城は話術に長けた男である。相手の心理を読み取り、上手く交渉する。特に恋愛絡みだとやる気を発揮する性質を持つ。今回の話には打ってつけだ。腕組みをすると、それに綿貫はこう返した。

 「そうね。今回は、根回しなしでいきましょう。なんか、相手の女の子にも祭主君にも失礼な気がするし。

 それに、祭主君自身が、告白に失敗したらそれはそれで噂話消滅のいい材料になるわ。問題ないでしょう」

 それを聞くと、「はぁ」と村上は溜息を漏らす。

 「どちらにしろ、噂話が広まるの前提っていうのが、憐れですが。フラれた話が、皆に伝わる……」

 「まぁ、ここまで噂話が広まって注目される立場なら、同じ様なもんでしょう。芸能人とかどうなるのよ?ってもんよ。

 それに、今回の本当のテーマは、草系男子撲滅。他人の目なんか気にしないで、自由に恋愛するくらいの根性を!よ」

 「それ、まだ言っているのですか?」

 「そっちがメインでしょう?」

 「違います」

 二人の会話が終わると、小牧が口を開いた。

 「じゃ、わたしは彼の告白する女の子が誰だか分からない感じで、その噂を広めればいいのね?

 その告白が上手くいっても、いかなくても」

 それに綿貫はこう応えた。

 「そうね。既に広めている噂話には、ちゃんと自分の願いを成就させると、霊は離れるって強調されているのでしょうけど、そこが注目されないと意味がないから、特に気をつけて。そんな感じでお願い」

 それを聞いて、村上は“お?”と思う。祭主の好きな相手が彼の告白を受け入れる前提で、綿貫が計画を考えているのが不思議だったからだ。

 綿貫は妙に勘が鋭いところがある。もしかしたら、何かを見抜いているのかもしれない、と、そうそれで村上は思った。

 「これで大体の話は終わりかしら? なら、解散ね。祭主君の説得役の三城君には私の方から言っておくわ」

 と、出雲が言うと、それで会議は終わった。


 5.


 ……なんで、こんな事になったのだろう?

 今、僕の目の前には、僕の好きな女の子がいる。中学が同じで、その頃から何となく気にしていて、一緒の高校に進んで、少し嬉しく思って意識している内に、自然と好きになっていた彼女が。

 呼び出された彼女は、少し戸惑ったようなそれでいて照れているような、不思議な表情をしていた。

 ……どうして、彼女が目の前にいるのだろう?

 僕はまたそう思った。不毛な問いかけ。そんなもん、僕が呼び出したからに決まっている。すっぽかされたらどうしよう?とか、色々と不安になりながら、それでも僕は彼女に放課後に校舎裏に来てと伝え、そして、今彼女が目の前にいるのだ。

 風が、少し強く吹いた。

 ……どうして、僕は彼女を呼び出してしまったのだろう?

 僕はまた自分に問いかけた。不自然な間がずっと続いている。早くしないと、と思いながらも僕の口は動かない。僕は無口で、気が小さいんだ。だから……

 早くしないと。また、思う。でも、どうせここまで不自然に不恰好になってしまったのなら、同じ。とも思う。

 僕は思い出していた。こんな事になってしまったその切っ掛けを。


 「悪く思わないでくれ。君に、少しだけ協力してもらわなくちゃならない」


 そう村上君から言われた。何の事かと、その時は思った。だけど、その後で彼は三城俊という同学年の、書道部と文芸部とそしてメディア・ミックス部を掛け持ちしている、見た目はやさ男っぽい奴を、僕に紹介したのだった。

 村上君の話によれば、その男は自称フェミニストで、女生徒が多いというただそれだけの理由で書道部と文芸部に入部している変人なのだという。そして、

 ――そして、その男は僕に向かって、こう言ったのだった。

 「告白しよう」

 何の事なのか、と僕は思った。村上君の説明によれば、僕に憑いている霊が離れたという説得力を持たせるには、憑依者の願いを叶えると霊が離れる、という設定を利用するのが一番なのだという。それで、僕に好きな子に告白しろ、というのだ。

 「どうして、恋愛である必要があるんだ?」

 僕がそう抗議すると、その三城という男はこう言った。

 「恋愛成就である必要は確かにないさ」

 そう、認める。しかし、

 「しかし、どうせなら、付き合えた方が良いのは確かだろう?」

 と、そう言ってきた。僕の反応を見ながら、絶妙なタイミングでそう言われたものだから、僕は何も返せなかった。一度は認められて気持ちが柔らかくなっていたから反発もできず、相手の態度が妙に親和的なものだから敵意も芽生えない。それで真っ向から否定できなくて、僕は断り切れなかった。

 これは僕の性格の問題でもあるのかもしれない。

 「それとも君は、彼女と付き合いたくはないのか?」

 付き合ってみたい。それは当たり前だった。だけど、なんだか話が極端すぎないか? 続けて彼は言う。

 「なら、これはチャンスじゃないか。少なくともオレはそう思うね。この機会を利用して、彼女と付き合えばいい」

 どうして告白が成功する前提なのか分からないけど、妙に自信たっぷりに言うものだから、僕は何となくその通りだと思ってしまった。ただそれでも、告白するのは怖い。だから、

 「別に今じゃなくっても」

 「今しかチャンスはないよ。うかうかしていると、他の男と付き合い始めるから」

 なんでそんな事が分かるのか。そう思いもしたけど、確かにその可能性はある。僕がはっきり返事をしないでいると、

 「このまま君は、彼女に告白しないで終わりにするつもりかい?」

 と追求してくる。

 「きっと君は、相手に告白するのをためらって、最後まで黙ったままだね。こんなチャンスに告白できなかったのなら」

 なぜ、そこまで言い切れるのか、意味が分からなかった。だけど僕には反論ができない。そして僕はそのまま押し切られてしまったのだった。その三城という男に。最後には、僕の好きな彼女の名を言い、僕が告白しないのなら、僕が彼女を好きな事をばらすというような、そんな脅迫まがいの事までされた気がするけど、あまりよくは覚えていない。

 そういえば、どうして彼は僕が彼女を好きだと知っていたのか。それも分からないままだ。

 とにかく、僕はそんな経緯で彼女を呼び出す事になり、そして今、彼女が目の前にいる。


 「あの…」


 と、僕は口を開いた。

 「今、僕には変な噂があって…」

 口を開けば、度胸が出るかとも思ったけど、却って僕の心は乱れた。それで言わなくてもいいような、こんな事を言ってしまう。

 「僕はあの噂に困ってて、それで自分の願いが成就すれば、霊が逃げるって事になってて…… だから、その、僕は自分の願いを叶えようと思って、君をここに呼び出したのだけども。つまりは、僕は、君と付き合いたいって事で……」

 これでは、まるで同情で付き合ってくれ、と訴えているみたいだ。これでは駄目、駄目駄目だ。そう思いながらも、もう後には引けない。しかし、

 「わたしを好きっていうのは、本当なの?」

 その後で、彼女は僕にそう尋ねてきたのだった。

 「はい」

 反射的に僕はそう答えてしまう。すると、彼女からこんな返事が返ってきたのだった。

 「分かった。なら、付き合ってあげる」

 オーケーの返事。

 “へ?”

 その後で、僕は宙に浮いたような気分になった。そして彼女は言い訳ラッシュをし始めたのだった。

 「祭主君が困っているのは、前から知っていたし。困っているのは見過ごせないし。昔から知ってるから、変な人じゃないのは分かっているし。断る理由もないし。わたしは噂とかあまり気にしないし。それに…」

 その、言い訳ラッシュの中、僕は彼女の顔が妙に赤い事に気付いていた。そして、ふとこんな気がしたのだ。

 もしかしたら、彼女が僕と同じ高校に進学したのは、偶然じゃなくて……、とか。

 もちろん、それが僕の願望に過ぎない可能性もかなりあると分かっていたけど。


 6.


 「――御行奉為おんぎょうしたてまつる

 と、綿貫が声を上げた。メディア・ミックス部の部室。今は、綿貫と村上と小牧の三人しかいない。少しの間の後で、綿貫はこう続ける。

 「と言うべきシーンかしらね、やっぱりここは?」

 それに村上は答える。

 「別に必要ないですよ。と言うか、タイミングが遅すぎですよ。祭主君の告白が成功したのって、もう随分前じゃないですか。

 ま、僕らの計画が完遂したのは、つい最近ですがね」

 そう。祭主の告白が成功した後、その話は首尾よく広まっていき、そして、綿貫達の狙い通りに祭主に関する“ロイヤル・タッチ”騒動は治まったのだった。本人にしてみれば、好きな相手と付き合えた上に、噂も無効になったのだから、大満足だろう。

 その後で、村上はこう綿貫に訊いた。

 「ところで部長。本当は、知っていたのじゃないですか? 祭主君の告白が上手くいくって。なんか、上手くいく前提で話してましたが」

 「いや、あれは何となくよ。ほら、あなたが、祭主君の好きな相手が、祭主君に触るのを恥ずかしがっていたって言ったでしょう? 

 それで、もしかしたら、って思ったの。祭主君を好きだからこそ、照れていたのじゃなかったのかな?って。後は実は、塚原先生の所に匿名希望で投書の相談事があったらしいのだけど、その筆跡が女の子のもので、しかもその内容が、噂話のお陰で祭主君が困っているから、なんとかなりませんか?的なものだったらしいの。

 彼が純粋な被害者だって知っているのって彼に近しい人だけでしょう? でも、彼は光合成を行っている草系男子。仲の良い女の子なんていそうにない。なら、昔からの知り合いの女の子が、彼を気にしているって可能性が高くなる」

 「なるほど。それで、同じ中学だった彼女の可能性が高くなるって訳ですね。相思相愛だったと」

 「そうよ。彼が勇気出してなかったら、両思いの二人がくっつかないなんて、不幸な現実が続いていたかもしれない。これは、やっぱり草食系、いやさ草系男子撲滅キャンペーンを続けなくちゃ、だわね!」

 それを聞いて、小牧がこう言う。

 「あんた、まだそれ言ってるの?」

 「言うわよ。今回のメインだもの。やっと一人だけ救ったけど。出荷される前に」

 「何処に出荷されるのだか。

 よし、村上君。綿貫に触っちゃいなさい。わたしが、許す。草の皮を被った肉食系男子の怖さを思い知らせてやりなさい!」

 「え? いいんですか?」

 それに村上が本気で嬉しそうな反応をする。それから、席を立った。

 「よくなーい!」

 綿貫は叫ぶ。そのまま、村上から離れた。

 「部長、ロイヤル・タッチですよ! 多分、僕のも。ロイヤル・ターッツィ!」

 「嘘こけー!」

 「いやー見事に、セクハラだわ」

 と、小牧が言った。その後でこう続ける。

 「――御行奉為おんぎょうしたてまつる

 「意味が分からないから!」

 綿貫のツッコミの声が、部室内にこだました。

 ……まぁ、多分、草食系男子は撲滅されないだろう。

ボケとツッコミを考えるのが、最近、楽しくてですね。

因みに僕はけっこーな草食系だと思います。

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