冒険者ギルド酒場のリサは、なびきません~常連さんたちの甘さは過剰です~
冒険者ギルド酒場のリサは、なびきません~討伐帰りの人気剣士と特製肉巻きたまご~
前作にブックマークや評価をしてくださり、とっても感激でした。
シリーズ化して一話完結連作でしばらく進めていこうと思っております。
応援どうぞ宜しくお願いいたします。
夕方の「ねぎらいの酒処」に、討伐帰りの冒険者たちが一息つきにくる。
ここは、王都冒険者ギルドの受付横にある酒場だ。
酒を注ぎ、小皿料理を出し、冒険者たちの愚痴を聞く。
疲れて帰ってきた人が、ほっと寛げる場所にする。
それが、看板娘リサ・コーエンの仕事である。
前世で睡眠も休日も仕事に捧げてきた私は、三十代の日本人だったはずだ。
今は、魔法と冒険の異世界で生きる二十六歳。
「リサちゃん、ただいま」
「おかえりなさい、アルバルさん。今日は討伐参加組でしたよね」
大型マジックリザードの群れが出たとかで、朝からギルドは騒がしかった。
討伐組が無事に戻ってきたなら、今日のねぎらいの酒処は忙しくなる。
「そうそう。大型マジックリザードの群れ。大変だったよ」
「お疲れですね。今日はエール、控えめにします?」
「エールのために頑張ったんだよ」
「ではすぐお持ちしますね」
「おう」
アルバルさんは冒険者歴の長い常連だ。
討伐や重要任務のあと、ここで一息ついてから、
奥さんと子どもの待つ家へ帰る。
辛かったことも、大変だったことも、まずはエールで喉を潤すのも必要だ。
「今日のおすすめは、肉巻きたまごです。半熟卵とタレを絡めた肉がおいしい一品です」
「んじゃ、それといつもの!」
「アルバルさんのいつものは角煮ですね」
「覚えてくれてるねえ」
「常連さんの胃袋は、だいたい覚えています」
「胃袋つかまれちゃ男は弱いよ」
「そんなつもりではありません。居心地のいいお店になるようにしているだけです」
「ははは、助かるよ」
アルバルさんが豪快に笑う。
私は木杯にエールを注いだ。
「エールです。
あと今日は、討伐達成記念にみなさんへモレさんから酢の物をごちそうします」
「モレ! ありがとな!」
厨房から、店主兼料理長のモレさんが顔を出した。
「何、みんな頑張ったんだ。酢の物は疲れに効くぞ」
「酒じゃなくて酢の物ってところが、この店らしいな」
「酒も出す。だが、明日動けなくなるほどは飲ません」
「はいはい、分かってるよ」
討伐帰りの冒険者たちが笑う。
疲れていても、傷があっても、帰ってきて、食べて、飲んで、笑える。
「リサちゃん、この卵最高」
「でしょう。エールに合いますよね」
「そういえば、レオが後処理してから来るぞ、」
私は手にしていた盆を、少しだけ抱え直した。
「レオさんも討伐だったんですか?」
「ああ。リサちゃんに会うって楽しみにしてた」
レオさん。
人気剣士で、うちの常連。
銀髪に黒く輝く瞳。いつも軽口を言いながら、カウンターに座る。
冒険者パーティ「シルバーライオン」のリーダーだ。
顔がよく、冒険者を初めギルド職員やここのお客さんの女性達に人気がある。
そして、特製肉巻きたまごが好きだ。
半熟卵を、肉でくるりと巻いて、甘辛いたれを絡めた小皿料理。
レオさんの、「いつもの」やつだ。
「肉巻きたまご、仕込んでおいてよかった」
「なんだ、あいつのためか?」
「たまたま常連さんの好物を用意していただけです」
アルバルさんがにやにやした。
私はすんとした顔で、アルバルさんに水の木杯を追加した。
「レオだ!」
「後処理お疲れ!」
冒険者たちの声が上がった。
私は顔を上げた。
入口に立っていたのは、レオさんだった。
銀髪は少し乱れている、頬にも小さな傷があった。
ちゃんと、帰ってきたことが嬉しい。
「リサ」
レオさんは私を見つけると、少しだけほっとしたように笑った。
疲れているのに、絵になる表情。
こういう男は酒場の彫刻として飾っておくのが一番安全だと思う。
「レオさん。おかえりなさい。討伐、お疲れ様でした」
「ただいま」
その声が、いつもより少し低く甘かった。
「今日のおすすめは、レオさんのいつものですよ。」
レオさんの顔は満面の笑みだった。
「リサ」
「はい」
「俺の疲れ、今どこかに去っていった」
「私に回復魔法は使えません」
「俺ために好物を作って待っててくれるのが最高」
「お客様のためです」
「照れてて、すごくかわいい」
「熱いだけです」
アルバルさんが横で噴き出した。
「リサちゃん、おされている」
「レオさん、先に水を飲んでください」
「うん、分かった」
急に素直になるのも、なんだか心臓に悪い。
「どこに座りますか?」
「カウンターの端。リサの近く」
はい、流します。
私はカウンターの端に水を置いた。
「エールと、いつものをください」
レオさんは椅子に座ると、私の方へ体ごと向けて、楽しそうに笑った。
その笑顔に、討伐帰りの疲れが少しだけ混ざっている。
「かしこまりました」
私は厨房へ向かい、モレさんから皿を受け取った。
特製肉巻きたまご。仕上げに黒胡椒を振りかける。
肉の香ばしさと卵の甘みが、エールによく合う。
「お待たせしました。エールと特製肉巻きたまごです」
「これ、食べたかった」
レオさんは笑って、肉巻きたまごを一口食べた。
そして、低い声で言う。
「うまい」
「それはよかったです」
色気が少しもれていたことは流しました。
「笑顔のリサとこれを見ると、帰ってきたって感じがする」
その言葉に、私は少しだけ動きを止めた。
「だから今日も会いたかった」
真面目な甘さは困ります。
「いつもの卵が待ってますから、帰ってきてくださいね」
「リサに会いたかったのに」
「この酢の物は、モレさんからです」
私は酢の物を置いて退散した。
ええ、そういうことかなとは思いましたけども。
そんな甘い言葉には太刀打ちできません。
私は酒場の看板娘だ。
帰ってきた人に、おかえりなさいと言って、食べたかったものを出す。
それだけのこと。
なのに、顔が熱いです。
「リサ、白エールちょうだい」
振り向くと、ギルド受付職員のルカが立っていた。
仕事終わりらしく、制服の襟元を緩めている。
私の幼馴染だ。
「お疲れルカ。ちょっと待っててね」
ルカの視線が、カウンターのレオさんに向いた。
「レオ、戻ってたのか」
「よう、ルカ」
「討伐お疲れさん。報告書は?」
「帰ってきて最初の言葉がそれ?」
「一番目は労いだったぞ。レオは報告書がいつも遅い」
「今日はいいだろ。皆に甘やかしてもらいてぇ」
「仲がいいですね」
私が白エールと酢の物を置くと、ルカは笑顔で答える。
「リサ。そう聞こえる?」
「もっと仲良くなりたいのは、リサなんだけどな」
ルカが白エールを飲む横で、レオさんが素直に甘さを放つ。
「おい。無事に帰った冒険者は労う。リサを困らせる男は牽制案件だ。」
「ルカ、俺はリサを少し困らせて意識してもらいたいんだ」
困った。レオさんの心の声であってほしいものが聞こえてくる。
レオさんはエールを一口飲んでから、私を見た。
「リサ」
「はい」
「今日、頑張ったご褒美がほしい」
「肉巻きたまごを出しました」
「それも嬉しい」
「では何を?」
レオさんは、少しだけ真面目な顔になった。
「レオって呼んでほしい」
カウンターの空気が、一瞬止まった。
ルカの白エールの杯も止まった。
「……急に何を」
「前から思ってた」
「お客様を呼び捨てにはできません」
「ルカはルカだろ」
「ルカは幼馴染なので」
「じゃあ俺も、もう少し近くなりたい」
「その近さは俺枠だ。あきらめろ」
まっすぐだ。
この人は、軽口がうまいのに、こういう時は逃げない。
ずるい。
私はお盆を抱え直した。
「名前呼びは、
討伐から無事に帰って、ちゃんと水を飲んで、ごはんを食べて、報告書を出してからです」
「報告書もなの?」
ルカが静かに頷いた。
「さすがリサだ」
レオさんは笑って、肉巻きたまごをもう一口食べた。
「じゃあ、全部やる。でも、今呼んでほしい」
私は少し黙った。
討伐帰りの人が、ちゃんと帰ってきた。
水を飲んで、食べたかったものを食べて、嬉しそうに笑っている。
それだけで、今日は少し甘くてもいい気がするのだが。
危険な考えだろうか。
「……今日は、頑張ったので」
私は小さく息を吸った。
ただの名前。
ただの二文字。
でも、呼び方が変わると、距離まで変わる気がする。
「おかえりなさい、レオ」
言った瞬間、レオさんの顔が溶けた。
疲れた人気剣士が、子どもみたいに嬉しそうに笑う。
「もう一回聞きたい」
「駄目です」
「じゃあ、次もちゃんと帰ってくる」
「無事に帰るたびに呼んでほしい」
軽い声なのに、言葉はまっすぐだった。
ルカが小さく息を吐く。
「それは、悪くないな」
「ルカ?」
「無事に帰る理由があるのは、悪くない」
ルカはレオさんを見た。
「ただし、一日一回だ」
「リサがもっと呼びたくなるくらい、ちゃんと帰ってくる」
かってに決めないでいただきたい。
私はお盆で口元を隠した。
恋にはなびきません。
なびきませんとも。
でも、帰ってきた人に「おかえり」と言えて。
その人が、私に名前を呼ばれて嬉しそうに笑うなら。
それくらいは、酒場の看板娘として、少しだけ嬉しくても仕方ない。
たぶん。
そういうことにしておきましょう。
☆☆☆
仕事終わりの至福の時間。
「モレさん、今日のエールは体に染みます」
「今日も二人は勢いがあったな」
「そうなんです。真正面から来られるのは困ります。ほんと……」
「肉巻きたまごを所望します」
「え? そっちになびく?」
「がつっと高カロリーで癒やされたいだけです」
ただ、たった二文字にドキドキした自分が不覚でした。
私は肉巻きたまごを一口食べた。
甘辛いたれと黒胡椒が、エールに合う。
おいしすぎる。
前回登場しなかった冒険者のレオを登場させられて嬉しいです。
ライバル君たちの視点のお話、一人一人をじっくりとなど物語を進めていこうと思います
とりあえず不定期ですが、できるだけ楽しんでいただけるように頑張ります。




