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天使と呼ばれた悪いドラゴン

作者: アゴ餅
掲載日:2026/01/23

田舎町の小さな墓地に、村の人々が集まっていた。

湿った土の匂いと、乾いた冷たい風。


その人々の中で、ただ一人俯いている子供がいる。

村で唯一の子供――トゥだ。


今日はトゥの母の埋葬の日だった。


「亡くなったドゥーラが、神のお膝元へ迎えられ、天使の祝福があらんことを」


父は早くに亡くなり、トゥは母一人に育てられてきた。

その母もまた、土の下へと還ってしまった。


これでトゥは独りきりだ。


埋葬が終わると、人々は顔を伏せながら墓地を後にしていく。


「……しかし、あの子をどうする?」

「引き取るにしても……」

「無理だよ。だって、あの子は……」


言葉は、最後まで形にならなかった。


母の墓の前に残るトゥを見て、神父が歩み寄る。


「トゥ。よければ教会で私と暮らさないか。

お前はまだ子供だ。一人では生きていけない」


トゥは何も言わず、首を小さく横に振った。


神父はしばらくその姿を見つめ、静かに息を吐く。


「―分かった。もし気が変わったら、いつでも来なさい。教会は、いつでも君を受け入れるよ」


そう言い残し、神父も去っていった。


墓地には、トゥだけが残った。


その頬を伝った一粒の涙が、土に吸い込まれていく。


――――――――――――――


その晩、トゥは眠れなかった。


ついに一人きりになってしまった。

家の中は驚くほど静かだ。

窓から覗く空には、大きな月が浮かんでいる。


トゥはベッドの上で手を合わせ、目を閉じた。


「神様……お母さんに会いたい。

お母さんを、生き返らせてください。」


その瞬間――


ドシン。


大地を叩くような音とともに、家が揺れた。


「うわぁ!!」


トゥはベッドから落ちて頭を打つ。

頭を抑えながらも、急いで家の外に出る。


月明かりの下、そこにいたのは―

巨大なドラゴンだった。


白い体。

輪のような角。

星空を映す翼。


ドラゴンはゆっくりと首をもたげ、飛び出してきたトゥを見下ろす。


「ふん。矮小な人の子か。

丸呑みにしてしまおうか……それとも焼いてから――」


「……天使様だ」


「何?」


「あのね、ぼく神様にお願いしてたの。

だから天使様が来てくれたんでしょ?」


ドラゴンは一瞬、言葉を失った。


―なるほど。

これは面白い、付き合ってやろう。


「そうだ、我は神の命により遣わされた天使である。貴様の願いとやらを聞いてやろう」


騙されたと知った時の絶望の表情を楽しんだ後に食うのも一興だ。


「ほんと!?

じゃあ天使様、お母さんを生き返らせて!」


「ほう。母が死んだのか」


「うん、お父さんはずっと前に死んじゃって、お母さんも一昨日死んじゃった…」


「そうかそうか、それは残念だなぁ。

だが我には生き返らせることはできない」


トゥの瞳が揺れる。


「なぜなら―我は悪いドラゴンだからだ」


高らかな笑い声。

さて、絶望の表情を見たら丸呑みにしてやろう。


しかし、トゥはまっすぐドラゴンを見つめていた。

先程と変わらない、美しくもどこか寂しげなその瞳で。


「そんなことないよ」


「………何?」


「あなたは…天使様だよ」


「なっ!何を言うか!!我は王都を襲い、人々を炎で焼き殺してきた悪いドラゴンだぞ!」


「だってその目、宝石みたいに綺麗だよ。それに羽も星空みたいで、体も白くて……えと、あとは………」


「……もうよい、興が削がれたわ。―ッ!?おい!」


気づけば、トゥがドラゴンの大きな手を抱きしめていた。


「なにをしている、人の子よ」


「天使様すごい怪我してるから、痛いのとめてる!

こうやって抱きしめると、暖かくて痛いのなくなるんだよ?」


「ハッ!そんな訳が…」


「お母さんが、ぼくが怪我したときこうやって抱きしめてくれたら痛いのなくなったもん。

でも…お母さんが死んじゃってからずっと胸の中が痛いのなくならない」


ドラゴンにとって傷など大したものではなかった。

しかし、トゥの孤独は理解できた。


「人の子よ、それは孤独という傷だ」


「こどく…?」


「ああ…我もかつてはその傷が痛かった。

はるか昔だ、我もお前のように母を亡くした」


「天使様も、お母さん死んじゃったの?」


ドラゴンはどこか懐かしそうに、しかし後悔の色を浮かべながら話す。


「そうだ、我はひとりきりになってしまった。

その寂しさで胸の中が痛くて痛くて、母を殺した人間共を全て焼いた。それでも痛みは消えず、ひとつの国を滅ぼした。それでも痛みは消えなかった。

―我はその傷に効く魔法を無くしてしまったからだ」


「まほう?この痛いのはまほうで治るの?」


「ああ―特別な魔法だ。

お前が我にその魔法をかけてくれたから、我の孤独は治ったよ」


「ぼくのまほう?」


「そうだ、その魔法は使う者と使われる者が同じ傷を持っていなければ効かない」


少し考えて、トゥはにこやかに言う。


「じゃあ、ぼくたちの傷はぴったりだったんだね」


「そうだな」


「でも、天使様はそのまほう使えないから…ぼくの傷は治らないや、へへ」


トゥの笑顔の中に哀しさが交じるのが分かった。


「人の子よ、名はなんという?」


「ぼくの名前?トゥだよ?」


「そうか、トゥよ。

我が天使として、お前の願いを叶えてやろう」


「ほんと!?」


トゥの表情がパァーっと輝く。

その表情を見て、ドラゴンの心は決まった。


「ああ、本当だ。

―ただひとつ、我の願いも聞いてくれるか?」


「わかった!なに?」


「もう一度、我を抱きしめてくれないか?」


「うん!!!」


そして、トゥは思い切りドラゴンを抱きしめる。


トゥにとってはあまりにも大きいそのドラゴンの手。

その手の先に感じる暖かさが、荒んだ心の中を癒していくのを、ドラゴンは何度も噛み締めるように感じる。


「どう?天使様のこどく良くなった?」


「ああ…ありがとう、トゥ。

我の傷は、お前のおかげで癒された」


―ドラゴンの体が光に包まれ、輝きはじめる。


そのドラゴンはかつて人間に母を殺され、怒りのままにひとつの国を滅ぼした。

それでも哀しみは収まらず人を焼き、恐れられ、忌み嫌われた。

しかし、その心の傷は同じ傷を持った小さな少年によって癒された。


―我は悪いドラゴンだ。だが、トゥの前でだけは天使として―


ドラゴンだった光は天へと登っていき、入れ替わるように空の星がひとつ降りてきた。


――ママ?


「トゥ…………?」


「ママ…………ママぁ!!!」


「トゥ…!!」


二人は駆け寄り、抱き合った。


泣いて、泣いて。

泣き疲れて、二人の顔に笑顔がもどる。


「あのね、ママ。

天使様が、願いを叶えてくれたんだよ」


夜空には、二人を見守る星がひとつ瞬いていた。




おわり。

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