頑張るあなたに神の祝福を
『秋の文芸展2025(テーマは「友情」)』参加作品です。
よろしくお願いします。
海よりも深い紺青が透き通るように美しく煌めいて、そのティアドロップの形の大粒なサファイアの周りを縁取りしている小さなダイヤモンドが、キラキラと光を返していました。
魔導士学校の帰り道にある小さな宝石店のショーウインドウに飾られているこの美しいペンダントを、真ん中にあるサファイアと同じ色であどけなさがまだ残る瞳がじっと見つめている……。
「レンティったら、まだ見てるの? 毎日飽きないのね、そんなにそのサファイアが気に入っているの?」
少し笑ってしまいながら私が声をかけたことで、レンティことアレンティーナはその宝石から目を離してようやくこちらを向いたのでした。
「あら、ごめんなさいミリー。だってこの宝石、とっても私の好みなのですもの。できる事なら今すぐ連れて帰って毎晩ながめていたいものよ」
「そんなに? でもこれは……けっこうお高いわね」
ショーウインドウの中にそっと置かれているお値段表を見て、私は何とも言えずに苦笑いをしたのだけれど、反対にアレンティーナは力強く笑っていました。
「大丈夫よ! 私が王宮魔導士になったらすぐにお金を貯めて買うのだから!」
「王宮魔導士かぁ。なりたいわよね、レンティなら成績優秀でトップクラスだから絶対に目指している黒魔道士になるのでしょうね」
「そうよ、だからこの宝石は絶対に私が手に入れて見せるわ」
「それまでに売れないといいわね」
「あぁもう! ミリーったら」
アレンティーナをちょっとからかいながら、私はこっそり思いました。
(実はこのお店の店主は引退した私のお祖父様なのよね。あとでこのサファイアを売らないでってお願いしましょう)
目の前で弾けるような眩しい笑顔を見せてくれる親友へ、私も一緒になって笑っているのでした。
♢ ♢ ♢
私がアレンティーナと出会ったのは、十歳から十五歳までの主に貴族の子供が通う、魔導士学校の入学式の日でした。
長く美しい黒髪に、端正な顔立ちの中にある吸い込まれるように輝くサファイアの瞳。
子供だけどその場に大勢いる誰よりも清廉なオーラを纏っていて、とてもとても素敵でした。
そんなアレンティーナを一目見て憧れたものでしたけれど、彼女は伯爵様のご令嬢であって私は最下級の貴族の娘。
友達になるどころか、声すらかけられない。
そんな風に思っていたのですが……。
この世界の魔導士は、大きく護りを司る黒魔導士と癒しを司る白魔導士に分かれるのですが、まだ適性が曖昧な幼少期ではみんな同じクラスになり、入学式が終わって私が何となく座ったクラスの席の隣に偶然、アレンティーナが座って、
「あらあなた。瞳がエメラルドのように美しいわね。ふわふわの明るいブラウンの髪によく似合っていてとっても素敵ね」
そう気さくに声をかけてくれた事で友達になったのです。
引っ込み思案な性格の私とは反対に、正義感が強くいつも堂々と前を見ていて勝ち気な性格のアレンティーナ。
内気すぎてよくいじめられそうになる私をアレンティーナはいつも助けてくれて、でも勝ち気すぎてよく突っ走ってしまう彼女を、私がいつも助けていて……。
自然とそんな風に支え合っていたので、いつの間にか私たちは互いになくてはならないほどの親友になっていたのです。
ただ、一度だけそんな関係が壊れてしまうかもしれないと私が思った事がありました。
それは十五歳の頃、黒魔道士の適性をもつアレンティーナと白魔導士の適性を持つ私とでクラスが分かれていた時に、二人で同じ男の子を好きになってしまったのです。
成績優秀で容姿も美しく太陽のように情熱的な彼女に、私では敵うはずもない。そう思って最初から彼への想いを諦めていて、さらにこの頃、魔法の成績が思わしくなかった事で憧れの王宮魔導士への進路ですらもあきらめかけていたものでした。
でもそれを知ったアレンティーナが、初めて私に激しく怒ったのです。
「どうして始めからあの人を諦めるの⁉︎ ミリーにはミリーの良さがあるのに! 何もしないで負けようとしないで私と堂々と競い合いなさいよ! それに、卒業までにまだ時間はあるのだから、今から私と魔法の特訓をひたすらすればいいのよ! 勝手に自分へ見切りをつけて夢を諦めるなんて許さなくてよ!」
……本当に、強引で強気で、彼女らしい真っ直ぐな言葉。
その怒りの中にある大きな優しさに引っ張られて立ち上がった私は、ひたすらに魔法の特訓を繰り返し、アレンティーナに負けないように自分を磨いて彼に振り向いてもらう努力もしました。
その結果、努力が実って私はアレンティーナと同じく王宮魔導士への試験に合格して白魔導士となれました。
そして卒業する頃には、その追いかけていた彼から告白して頂けたのでした。
本当に嬉しかった反面、これでアレンティーナとは友達でいられなくなると思うと、胸がとても苦しかった……。
でも、そんな私に彼女は言ったのです、
「何を言っているの? まあ、悔しくはあるけれど悲しくはないわ。ただ、あの人は私の運命の人ではなかっただけよ。見てなさい、いつか必ず私の運命の人を捕まえて見せるわ」
そう言って笑ったサファイアの瞳は少し潤んでいたけれど、私はその優しさに甘えて、嬉しくて、彼女が尊くて、大好きで、目からいっぱいに涙を流してアレンティーナへ飛びついたのでした。
彼女に出会った奇跡を、限りなく神に感謝しながら——。
♢ ♢ ♢
それから私たちは、王宮魔導士としてお互いに頑張りながら働いていました。
特に将来を有望視されていたアレンティーナの活躍は目覚ましく、若くして出世を重ねて魔導士の最高位である『聖』の称号まで手に入れてしまい、思っていたよりもすいぶん早くあの憧れていたサファイアのペンダントをお迎えに行ったのでした。
「本当にお迎えできちゃったわね、レンティったらすごいわ。それに、とてもよく似合っていてあなたの為に作られたみたいよ。素敵だわ」
宝石店に付き添った私に当然よ、と輝くペンダントを身につけて笑ったアレンティーナは、女神様のように美しくて……それを見た私は親友としてとても誇らしかったものです。
ところがある日、そんな彼女に危機が訪れました。
伯爵であるアレンティーナの父親が、政治的陰謀に巻き込まれて一夜にして失脚した挙句に、無実の罪で投獄までされてしまったのです。
その影響は王宮で働いているアレンティーナにまで及んでしまい、投獄まではなんとか信頼している魔導士仲間たちと一緒に阻んだものの、彼女は王宮を去らなくてはなりませんでした。
「私も一緒に王宮を出るわ! レンティも、レンティのお父様もあんなにも民を想って懸命に仕事をしてきて、あんなにも誠実に生きてきたのにどうして! この国は酷すぎるわ!」
別れとなったあの日、そう怒って泣きすがる私の頭をゆっくり撫でながら、アレンティーナは落ち着いた声で諭したのです。
「だめよミリー、国の人たちを見捨てないで。あなたはここに残るの」
「でも……。どうしてレンティが王宮魔導士ではなくなってしまうの? 誰よりもこの職に向いているというのに……。出来る事なら、私が代わりたい……」
「ふふ、ミリーったらもう……。別に王宮魔導士ではなくたって、他にいくらでも幸せに生きる方法はあるものよ」
たとえそうであっても、私はどうしても納得ができません。
「じゃあ、私はレンティの為に何ができるの? 私もあなたを助けたい!」
「お父様の件はかなりの高官が関わっているはず。今の地位を守る為にも、あなたに出来ることは巻き込まれないように私から距離を置くことよ。ミリー」
「そんなの嫌!」
「大丈夫、私は必ずお父様の無実を証明するわ。だから心配しないで、負けてなんていられないんだから」
涙で揺れる私の視界には、そう言って力強く笑ったサファイアの瞳に宿る美しい炎が、見えたのでした。
♢ ♢ ♢
それから数ヶ月後のある日、私はあの宝石店を営んでいるお祖父様から呼び出されたのです。
不思議に思ってお店に訪れた私へ、お祖父様は一つの小箱を差し出しました。
「これって——」
見覚えのあったその紺色の上品なベルベットの小箱に嫌な予感のする私が、そっと蓋を開けてみると……。
「そん……な……」
思った通り、中にはあのサファイアのペンダントが静かに横たわっていたのでした。
まとまったお金がどうしてもすぐに必要だったそうだ、と彼女がそれを売りに来た様子を説明するお祖父様の声をどこか遠くで聞いていた私は、その場で膝から崩れ落ちてしまいました。
「どうして……どうして私を頼ってくれないのレンティ。そんなに困っているあなたに、私は何もできないなんて」
頬を伝う涙を拭うこともできないでいる私に、お祖父様はしゃがんで背を撫でてくれます。
「大丈夫じゃ、アレンティーナ様はお強い。最後に言っておったよ、『すぐにこの子をまた迎えにきますわ』とな」
「レンティ……」
きっとまたあの、胸を震わすような真っ直ぐな瞳で言ったことでしょう。
そう思うとより一層の涙が顔中を濡らしていきました。
「私は、本当に何もできないの? 本当にあなたの無事を祈る事しかできな——」
この時、私は一つの魔法の存在を思い出したのです。
「祈る……そう、私は白魔導士。レンティの為に祈る事が出来るわ!」
ある決意をした私は、すぐにその小箱を握りしめて宝石店を出ました。
一秒でも早く帰りたくて魔法で出現させた長い杖に乗ると、風を巻き起こして館へ飛んでいったのでした。
♢ ♢ ♢
しっとりとした美しい夜空には、砂金を振り撒いたかようにたくさんの星星がきらきらと瞬いていて、白銀の満月が眩しいくらいに光を放ち、その光が真下に降り注ぐ先には屋根の無い建物の中にある大きな噴水があります。
王宮の一角にある祈りの神殿の中、ここ『聖水の間』はアミュレットや魔石といったお守りや魔道具を生み出す場所。
床や壁が大理石で作られた大きな空間の真ん中には白くて丸い噴水があり、中には清らかな水がたたえてあります。さらにその円の中央には、先端に月をかたどっている長い杖を持った女神像が佇んでいるのです。
私は今宵、大きなフードが付いている純白のゆったりとしたローブを羽織る白魔導士の正装姿で、その噴水の前に立ちました。
(そう、私は祈るわレンティ。あなたの為に『神の祝福』を)
その魔法は本来、魔導士の最高ランクである『聖』を持つ者くらいしか扱う事が出来ないと言われている難易度の高いもの。
(でも、今夜の満月は大きく光を放っている……。これほどの月の力と水の力を借りれば、私でも必ず成功できるわ)
そしてこの魔法を受け取り、発動させた者には、とても大きな幸運を引き寄せる力が備わると言われています。
けれども……。
(成功すれば、その術者は引き換えに魔力を全て失い、普通の人になってしまう)
そうなれば、今の大好きなこの王宮魔導士の仕事を続けることができなくなるという魔法だったのです。
なので私は、まず両親にこの事を相談しました。
今まで王宮魔導士になる私の夢を、ずっと応援して支えてくださった人たちに。
反対される覚悟でしたが、意外にも両親はすんなり受け入れてくださいました。
『人を助けたいと思う気持ちこそが、白魔導士の本分なのだろう。良いミリア、お前の思うままに。大切な人を助けてあげなさい』
そう父が言ってくれた温かい言葉を胸に、手のひらの中にあるサファイアのペンダントをギュッと両手で握ると、私は一歩一歩地を踏み締めるようにして噴水の階段を上がってゆきます。
そして、上がりきった先で膝ほどに溜まっている透き通った水へ足を入れてかき分けるようにして真ん中へ進んでいくと、女神像の正面に立って右手を真上に掲げました。
「慈悲深き女神様、どうか私の祈りを聞き届けて——」
魔力を発した右手が淡く光り出したのを感じた私は、そのまま腕を大きく回して頭の上で円を描く。するとそれに呼応して水の下にある足元で、噴水の円いっぱいに魔法陣が淡い光で浮き出てくるのでした。
(あとはこのサファイアの石に魔法を込めるだけ。そうすればこの宝石は魔石となって、身に付けたレンティへ魔法をかけてくれる)
まわりくどい方法だとは思うけれど、アレンティーナはとても優しいひと。
正面から言っても、私の魔力を、私のその先の人生を変えてしまう祝福は絶対に受け取ってはくれないはず。
それに、彼女自身の居場所も教えてもらえなかったからどこに居るかも分からないのです。
噴水の中で跪いた私は、差し出した両手をゆっくりと水の中へ沈めます。
手のひらの中で美しく揺れるサファイアを見つめながら、魔法の呪文となるその祈りの言葉を口にするのでした。
成功すれば、今はほのかに光っている魔法陣が大きく光を放つはず。
でも——。
「——汝に、神の祝福を!」
祈りの言葉が終わっても、その淡い光が大きくなる事は無かったのでした。
「もう一度……」
今の私には不相応な大きな魔法だと分かってはいるので、とにかく成功するまで何度も同じ動作を繰り返すしかありません。
跪いたまま何度も呪文を繰り返し、魔力が空になれば回復アイテムである青の聖水を使ってまた噴水に戻ってゆく。
次第に汗だくになり、肩で息をしなければならなくなっても……。
どうしても、魔法は成功しなかったのでした。
(お月様が……傾き始めている……)
降り注ぐ白銀の光を追って夜空を見上げた私に焦りが出てきてしまいます。
(今を逃してしまうと、次にこの大きな月の力が借りられるのがいつになるのか分からない……)
でも、身体に残る魔力は少なくなっていて、回復アイテムすらもう無くなっていました。
(青の聖水を取りに戻る時間はないわ……次で、成功させないと)
焦りから乱れてしまった集中力を整えようと深呼吸を繰り返していると、私の頭の中でふいにレンティの顔が浮かんできました。
(今ごろレンティも頑張って戦っているはず。私も、負けてなんていられないわ!)
心を落ち着かせて祈りの体勢に入り目を閉じると、魔力を込めて祈りの言葉を始めた私ですが、ふと笑顔がこぼれてしまいました。
(なぜかしら。レンティの姿を思うだけで私も強くなれてしまう気がするわ。本当に……太陽のような人——)
そんな事を思った時でした。
今までほのかな光のまま反応のなかった水底の魔法陣が、強く光り出したのです。
その気配を感じた私がハッと目を開けると、魔法陣の中の空中で、小さな光があちこち光っているのを見ました。
(魔法が成功しかけているわ! あとはこの光をたくさん生み出さないと!)
より一層に集中して魔力を出した私ですが、徐々に大きく身体へ負荷がかかっていって苦しさを感じてきました。
(身体から大きく魔力が引き抜かれているようだわ! 息が……続かない……)
ここを耐え抜けば必ず魔法が成功する、そう確信をもって必死となります。
(誠実に、頑張って生きる人たちが不幸になる世界なんて、私は認めないわ!)
息が切れかける直前——、
『負けてなんていられないんだから』
そう言って力強く笑ったアレンティーナの笑顔が頭に浮かぶと、私はついに最後となる祈りの言葉を叫んだのでした。
「負けないでアレンティーナ! 頑張るあなたに! 神の祝福を‼︎」
その瞬間——
周りで無数に煌めいていた光の粒が、みるみるうちに女神像の持つ杖の先へ集まってゆくと、大きな光の塊となって私の手のひらにあるサファイアへ矢のように放たれました。
そしてその光を受けた宝石もまた大きく輝き、私が眩しさで思わず目を閉じると——。
やがて、魔石となったサファイアの石が全ての光を飲み込んでしまったのでした。
明るく照らされた部屋がまた元の暗さに戻る頃に、私はそっと目を開きます。
手のひらに視線を落としてみると、まだ余韻を残したサファイアの魔石が水の中でチラチラと輝いているのでした。
(成功した……よかった……。あとはレンティがこのペンダントを身につけるだけね)
アレンティーナがどこにいるか分からないので届けに行くことはできません。
けれども、
『最後に言っておったよ、『すぐにこの子をまた迎えにきますわ』とな』
そう教えてくれたお祖父様の言葉を思い出した私は、ゆっくりと微笑むのでした。
「そう、大丈夫ね。信じているわアレンティーナ」
♢ ♢ ♢
その日からひと月も経たないうちに、宝石店のお祖父様から聞いたのです。
アレンティーナがもう、あのサファイアのペンダントを買い戻しに来たと言う事を。
なんでも、日雇いの大きなお仕事でまとまったお金が稼げたのと、数日後に開催されるお城の舞踏会へどうしても行きたいけれどもシンプルなドレスしかないので、この子を身につけていこうと思ったのだと。
「やっぱりレンティはレンティね」
お祖父様とそう笑い合ってから店を出た私の心は清々しく、魔力を失っているので空を飛ぶことなく、笑顔で歩いていったのでした。
♢ ♢ ♢
それから一年が過ぎた頃でした。
午後の穏やかな陽の光を受ける小さな教会の門前で、
「先生、さよ〜なら〜」
「はい、さようなら。気をつけるのよ」
「は〜い」
私は手を振って子供たちを見送っていました。
あの日に普通の人となった私はすぐに王宮魔導士の職を辞したのです。
事情を知らない仲間たちは、
「どうして突然に魔力が無くなってしまったのかしら? きっと一時的なものだと思う。復活したらすぐに戻ってきてね」
そう励ましながら送り出してくれました。
そしてずっとお付き合いをしていたあの彼から、
「私は今の高官の指示には従えない。王宮魔導士をやめて誘いを頂いた辺境伯の元へ行こうと思うのだが……。君も私と一緒に来てくれないか?」
そう言ってくださった事で結婚をして、今では王都から離れたこの小さな街で、子供たちに読み書きを教えながら慎ましく暮らしているのでした。
「きっと今ごろは、レンティも忙しくしているのでしょうね」
透き通るように青い空を見上げた私が、思わずそう呟いて笑顔になったのには理由があります。
実は、あれからアレンティーナは無事にお父様である伯爵様の無実を証明できて、さらにはなんと、サファイアのペンダントを身につけて潜入捜査に行った舞踏会でこの国の王太子様に見初められたそうで、もうすぐ国を挙げて大きな結婚式を挙げるそうなのです。
昨日、お祖父様からその内容が書かれたお手紙が届いて、私は夫とカンパイしたものでした。
「さあ、私も帰りましょう。あ、お買い物をしていかないと——」
子供たちを全員見送った私が、今晩の献立を考えながら教会を後にしようとしたその時でした。
突然、慌ただしく馬が走る音が聞こえてくると私の真後ろに馬車が勢い込んで止まったのです。
不思議に思って振り向いたのとほぼ同時に、その豪華な扉がバタンと開くと——。
「見つけたわ! ミリー!」
中からシンプルだけど綺麗な貴婦人のドレスに身を包み、あのサファイアのペンダントを付けているアレンティーナが勢いよく飛び出してきたのでした。
「れ、レンティ⁉︎」
びっくりした私にお構いなく抱きついてギュッとすると、身体を少し離したアレンティーナは少し怒った表情で言ってきたのです。
「聞いたわよ! あの宝石店の店主はミリーのお祖父様なのだって。それに、このサファイアはいつの間にか魔石になっていて、あなたは魔力を失っている。これがどう言う事なのかこの私が分からないとでも?」
怒られているはずなのに、その真っ直ぐな美しい瞳と凜とした声を聞いた私は、懐かしさと嬉しさが同時に込み上げてきてふふっと笑ってしまいました。
「レンティ。今、あなたは幸せ?」
「え? まあ、幸せよ」
思わず聞いた私に、目をぱちぱちさせたアレンティーナも思わず答えていて、
「あなたが幸せで本当に嬉しいわ。私も幸せよ」
そう言ってまた返した私の言葉に、アレンティーナは眉を寄せました。
「でも、あなたは大好きだった王宮魔導士の仕事を失ったわ」
「でも幸せよ。だって、王宮魔導士ではなくたっていくらでも幸せに生きる方法があるって、教えてくれたのはレンティよ」
「そう……だったかしら」
目の前でにこにこ笑う私に、アレンティーナはどうにもため息をついたのでした。
「もう……。昔からそうだったけどミリーは慈悲だけで出来ているのね。まったく、仕方のない人」
そう言ってアレンティーナは私から一歩さがって胸のサファイアを片手で握ると、ある魔法を発動させたのです。
「レンティ? 何を——」
足元で、二人を囲うようにして光る魔法陣が浮き出てきたので戸惑っている私へ、アレンティーナはニコリと笑って呪文を唱えたのでした。
「——魔石に宿し大いなる力よ、在るべき所へ戻りなさい」
すると魔法陣が大きく光り、呼応するようにサファイアの魔石から光の塊が飛び出してくると、私の身体の中へ飲み込まれていったのでした。
「え……魔力が、全て戻ったわ……。そんな! 『神の祝福』の魔法が呪文を跳ね返す魔法に効果があるなんて聞いたことがないわ!」
信じられない思いでいる私に、アレンティーナはくすりと笑いました。
「だって、神様の祝福を跳ね返したいなんて人、普通はいないんじゃなくて? 今までこういう事がなかったから前例も無かったのね」
「でも——」
神の祝福が発動すれば魔石に入っていた魔力は無くなるはず、そう言いかけた私にある考えが浮かびます。
(もしかして、これまでにあったかもしれない強運は全部レンティ自身のもので……。私の魔法は使われる時が無かったのかしら)
そう思うと、目の前の美しくも力強く笑っている親友に茫然としたものでした。
そんな私に、魔法陣の光が止まない中でアレンティーナは片手をかざして横へ振ったのです。
すると私が着ている服が光り出して、あっという間にエプロンドレスから純白のフード付きローブを羽織る白魔導士の正装へと変わっていたのでした。
「やっぱりミリーはその姿が一番似合うわ。だから王都へ戻りましょう」
「王都へ? でも……」
その姿を見て満足している顔のアレンティーナは、急な言葉にオロオロしている私へ諭すように説明します。
「今の王都には、ミリーのような『聖女』がとても必要なのよ」
「え? だけど私は——」
魔導士の最高位である『聖』ではありません、と言いかけた私は、とっさに触れた自分の胸に何かが付いているのを指先に感じて下を向きました。
すると、胸元で最高位の紋章が刻まれている銀のブローチが光るのを見たのです。
「これは……」
驚いている私に、アレンティーナは少し呆れた様子で言います。
「あのね、いくら月や水の力を借りても『神の祝福』ランクの魔法なんて、聖女しか使えないものなのよ。魔法が成功する時にあなたのレベルが跳ね上がったのね、きっと」
そして私の手を取ると、
「ちなみに。今朝、ここの領主にはミリー夫婦を王都へ戻すって了承をもらっているわ」
「え⁉︎」
「それとついでに、あなたの夫にもこのままミリーをさらって行くから後からすぐに追いかけてきてね、って言ってあるの」
「ええ⁉︎」
笑いながらとんでもない事を言ってきたので、私はただただ驚くばかりしか出来ませんでした。
「さあ、一緒に王都へ戻るわよミリー」
そう言って手を引きながらとても嬉しそうに笑うアレンティーナの笑顔が眩しくて、素敵で——。
だから私も嬉しくなってつられて、とても幸せな笑顔になっていたのでした。
二人を乗せた馬車は美しく澄んでいる青空の下で、王都へ向かって走っていったのでした。
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。




