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mare e drago 〜ドラゴンに泳ぎ方を教えましょう。ただし交際は契約外です〜  作者: しま


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6. 関係構築


 初めての対面は、何も進歩はなかった。ただ、相手からの敵意だけがわかった。


「どうしよう!」


 デスクに突っ伏したまま、頭の中は混乱でぐちゃぐちゃだった。


 彼は、まるで執事のように物腰が丁寧だった。

 でも実際は、内側に猛獣を飼っている。

 いや、猛獣なんてものじゃない。きっと、もっと獰猛な、なにか。

 人間なんかよりもずっと強くて、よくわからないからこそ恐ろしいもの。


 人間よりも上位に存在する生き物。


 そして、その矜持をずたずたにされた怒りを、誰にも見せないまま煮え立たせている。

 ぐつぐつと、熱く、静かに、触れたらあっという間に火傷してしまいそうだ。


 「(どうすればいいの。私に、いったい何ができるの)」


 今後の方針としては、彼はしばらく教会に滞在する。そして、リヴィアが会いに行く形になる。

 正直、すごく嫌だ。近づくのも怖すぎる。


「どんな奴だったんだい?」


 事務所でお留守番していたアンナが、レモン水を渡してくれながら聞いてきた。

 一口飲んだら自分がすごく喉が渇いていたことに気づく。染み渡る。冷たくて酸味が美味しい。

 

 彼の第一印象を落ち着いて思い浮かべてみる。背筋がゾクッとした。


「すごく、怖い人」

「怒ってるのかい?」

「怒っている。でも笑ってもいる。それが怖い。すごく怒っているのにすごく綺麗に笑っているの」

「おや、じゃあ昔のあんたじゃないか」

「…え」


 どう言うこと。この町に来たばかりの、自分?あまり、覚えていない。全部が怖くて全部が嫌で。


「あんなに、でしたか?」

「少なくとも怖がってたし警戒してたし拗ねてたろ」

「拗ね…」

「それなのに、ご飯は目をキラキラさせて食べるんだから」

「あんなに、美味しいものがあるなんて、知らなかったんですよ」


 親元にいた時はお肉は食べてはいけない決まりであった。

 お肉どころか動物が関わるものは食べてはいけなかった。

 穀物と、野菜と海藻ばかり。そんな生活をしていたから、味の濃い海鮮料理や肉料理が新鮮だった。

 あまりに美味しくて無理に食べすぎて、お腹を壊したのは覚えている。

 あんな風、だったかなあ?あそこまで怖い空気を醸し出してないと思うんだけど。

 非力だったし。痩せてたし。考え込んでいると、アンナが少し笑った。


「まぁ、のんびりやりな。あんたのやりたいようにやりゃあいいのさ」


 こうやってアンナが優しく笑う顔を見ると、なんだか大丈夫、って思えるから不思議だ。


「本当に?間違ってしまうかもしれないのに」

「正解なんてないのさ。あたしだって最初はそうだったよ。何をしても通じなくて、怖くてたまらなかった」


 アンナとゲイルはハリケーンのように色々あった結果、添い遂げたと聞いている。

 今では仲良し夫婦なのに、そんな難しい過去があったらしい。

 全く想像ができない。


「それでも、向こうがちょっと目を合わせてくれただけで、嬉しくなってね。少しずつでいいのさ」


 アンナが私を、少し眩しそうな優しい目で見る。違う。これは、ゲイルとの恋愛話をしているんじゃない。

 自分だ。リヴィアがここにきたばかりの頃の、アンナの心の中をわざと教えてくれているんだ。


「そう、かな」


 リヴィアが選ばれたのは、彼のお世話係だ。

 少しでも間違えれば、取り返しがつかなくなりそうで恐怖しか感じられない。

 それに、リヴィアには異性とまともに話した経験すらないのだ。


「この町はいつだってそうだろう?困った時は一緒に考えてやるから、とりあえずやってみな。

 どうやらあんたが1番、お相手さんの感情に鋭いみたいなんだからさ」

「でも、何をしていいのか分からないよ、アンナ」

「おやまあ、あんた、難しく考えすぎなんだよ」


 難しく?実際に難しい。何をどうしたらいいのか分からない。正解もない時た。

 でも、お世話は託された。この町の人に迷惑もかけたくない。


「できることなんて、お腹をいっぱいにして、ゆっくり休んでもらうよう整えるくらいじゃないかい?」

「そう?」


 確かに、そう、かも?


「トラウマ持ちの竜、って思うから難しいんだ。どうせ私らにそんな難しいことなんて求められちゃいないよ」

「本当に?」


 求められてもできない。じゃあ、リヴィアが選ばれた理由とはなんだろう。

 何ができるだろう。


「警戒心むき出しにしている相手に、無理に近づいたところで蹴り出されるだけだよ。ヒッポもそうだろう?」

「確かに」


 繊細な子は環境が変わるだけでご飯を食べなくなる。

 岩陰に隠れるくらいなら可愛いもので、痩せてしまうほど食事を拒否する子もいる。

 そんな時は、ひたすら食べてくれそうなものを与えつつ、あまり刺激しないように近づかない。

 相手が慣れてくれるまでひたすら待つ。今まで海馬たちにはそうしてきた。

 あれ、そう言うこと?


「あー、初めて対面した警戒心むき出しの繊細なヒッポ。

 うん、なんとなくイメージついたし、することもわかったかも」

「そう言うことだよ」


 頭がスッキリした。人と思うから難しい。竜と思うから難しい。相手は警戒心むき出しの海馬。

 うんうん、二本足で歩くし、喋るけれども、大した違いはない、はず。


「ありがとう、アンナ!」

「ならよかった」


 とりあえず、教会のあの質素な部屋の環境を整えよう。

 快適な寝床を整えて、食事の世話をして、あとは必要以上に関わらない。

 慣れてくれて、何かしら要望が出てきたらできるだけかなえる、求められれば応じる。

 それなら私にもできる、かも!



 リヴィアが事務所を出たあと。


「いいのか」


 ずっと黙っていたゲイルが口を開いた。


「何がだい?」

「ありゃ、完全にヒッポの世話をする時と同じ顔だぞ」

「いいんだよ。あの子だって、カウンセラーでも医師でもないんだ。できる範囲で無理のないようにするんだよ」

「しかしなあ、相手は若い男だろう」

「何、父親みたいなこと言ってるんだい」

「俺は父親の気分だよ。なんだか娘を取られたみたいだ」

「とっくにヒッポたちに奪われてるじゃないか」

「…まあ」

「難しいのは当然。悩むのも当然。時間がかかって当然。正解なんてない」

「おめえ、そんなだったか?」

「警戒心むき出しのおっさんを餌付けて口説き落としたの、誰だと思ってるんだい」

「…おう」

「そういう意味ではアタシの娘だからね。することは似るかもしれないね」


 ゲイルは黙ったまま、どこか遠くを見ていた。

 そして、ふっと、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。


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