5. 竜の青年
そして、冒頭の海竜様との初対面を振り返ってみる。
***
教会の一室。牧師様を訪れたお客様が待機する、客間でもある。
ノックをして、入室すると、一人の青年が部屋の中央で椅子に座っていた。
ぴんと伸びた背筋は高くて、姿勢がすごくいい。
整った顔立ちで髪は紺碧。レンツァの晴れた海の色だ。
でも、リヴィアの主観でいえば、せっかくの髪の色味が濁り、くすんでいる印象を受ける。
肌の露出のないかっちりとした服装を着ていて、暑そうだ。
彼は入室したリヴィアを見て、椅子に座ったままにこやかな笑みを形作った。
「おや。あなたが私の相手をしてくださる方、ですか」
第一声の時点で、この人がリヴィアを、他者を、一切歓迎していないことがわかる。
それほど整いすぎた、業務的な物言いだと感じた。
「…初めまして、リヴィアといいます」
他の人達は別室で待機している。
彼は張り付いた笑みをさらに深めた。
まるで歓迎するように。身を委ねますと言わんばかりに。
「どうぞ、いかようにでもお使いください」
あぁ。嫌だ、とリヴィアは根拠もなく思ってしまった。
彼の目の奥は冷ややかで、一言話すたびに彼の何かがひび割れて、傷だらけになるような気がする。
自身に爪を立てるようなら、いっそ何も言わなければいいのに。
耳をふさぎたくなるほどに、彼から苦痛の気配しか感じない。
この人に言葉を教えた人間は、とことん従うことを、身に染み込ませたのだろう。
上流階級が使うような滑らかな発音で、へりくだる物言いをさせて。
まるで奴隷のように。
道具として、閉じ込めて搾り取ったのだろう。
あぁ、そうか。
彼を所有していた連中は、美術品のように彼を扱ったのかもしれない。
手入れをして飾り立てて、自分勝手に所有欲を満たされるために愛でた。
時には色欲のままに使われることもあったと聞いている。
気高いプライドも本能も粉々に砕いてすり潰すように生かした。生かされた。
そんな彼に、ただの、田舎町の会社員でしかないリヴィアに、何ができるというのだろう。
すでに先が思いやられるし、うまく関係性を築ける気がしない。
「(だって、この人はもう人間全部が嫌いなんだ)」
「まずは何から致しましょう」
首をほんの少し傾けて、誘惑するように、彼は言う。
致しましょう、の言い方は吐息を含んで、やたらと色気と湿度を感じる。
夜を感じさせるしっとりとした物言いに、今までの彼の生活を思う。
そんな声音で彼に話しかけられた人たちはみんな、彼の肉体に溺れたのだろうか。
一度浸って仕舞えば窒息しそうな密度なのに。
リヴィアは、だんだんと、恐怖を感じた。
彼はにこりと涼やかな笑みを浮かべたままだけど。
まるで、首筋にナイフを突きつけられているような気分。
ギリギリと、両手で首を絞められているような気持ちでもある。
今まで彼と対面してきた人間は、この殺意に気づかなかったのだろうか。
一歩でもリヴィアが近づけばすぐに喉笛を噛みちぎられそうな警戒と嫌悪。
そんな空気を、彼は醸し出していた。
ごくり、と唾を飲み込む。喉が渇いているようで唾液が張り付く。
息を吐いて、吸った。落ち着け。
「何も、何も、しません」
「そうですか?」
彼に対してどのような態度をしたらいいのか、ずっと考えていた。
親しみやすいような友人のように気安く?
それとも、彼を上位者として持ち上げて?
それともただただ真綿に包むように大事に優しく囲い込むように?
どれも正しいとは思えなかった。
偽れば彼は気づく。飾れば彼は嫌悪する。
もうすでに泣きそう。このあと絶対にアンナに泣きつこう。
何が正解なんて、全然わからない!
「(そもそも、私は自分と同年代の男の人とまともに会話したことないんだよ!)」




