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mare e drago 〜ドラゴンに泳ぎ方を教えましょう。ただし交際は契約外です〜  作者: しま


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16. アペリティーヴォでの相談

 数日たった。


 水に慣れて。顔をつけて。息の止め方呼吸の仕方を知って。

 そのあとは、泳ぎ方。まずは体を浮かんだ状態で、足をバタバタと動かす。

 水を蹴り上げる泳ぎ方なんだけど、慣れないとバランスを崩す。

 イストは体制を崩して鼻に水が入ってしまったみたいで、むせていた。


「こんなに、苦しいとは」


 泳ぎはじめには良くあることなのだけど。

 イストにとってはショックだったらしく、落ち込んでいる。

 泳げていた、と言う過去の記憶で、無理に体を動かしている気がする。


「イスト、休憩をしましょう」


 30分に一度は挟むようにしている休憩。

 リヴィアの予定ではこの間に軽食を食べたり飲み物を飲んだり、体を温めるために水着着替えたりする時間。

 そのための準備もしてきた。


「リヴィア、こちらへ」


 イストに引き寄せられて、彼の膝に抱えられる。

 ぺたり、とお互いに濡れた体が貼り付く。

 その上からイストは2人を覆うように大判のバスタオルで囲った。


 最初は逃げようとした。

 そうしたら、また威圧感のある笑顔で追いかけてくる。

 嫌でないことは匂いで知られているって卑怯だと思う。

 嫌悪でなければ、羞恥だけの問題であればイストは止まってくれない。


 すり、と頭の上にイストの顎が乗る。

 最近イストのお気に入りの態勢だ。


「なんて、情けない」


 せめて少しでも距離を保とうと踏ん張っていた手から、力が抜ける。

 貴重な貴重な、イストの弱音だ。


「当たり前の、ことですよ?」


 それに、こうなってしまった原因は彼ではない。


「私たちも、赤ん坊の頃から二本足で歩けるわけではないんです。

 何度も転んで、痛い目をして、できるようになるんです」


 できるだけゆっくり、はっきり、分かりやすいように伝える。

 それでも、頭上にいるイストは不服そうだ。


「イスト、少し力を抜いてください」


 返事はぎゅっと力のこもった腕。逆、逆。


「いやです」


 子どものように不貞腐れた声がした。かわいいなあ、もう。


「…離れませんから」

「それなら」


 素直か。

 緩められた腕の中で、膝立ちの状態になる。

 そのまま、彼の頭を抱え込むように腕を回した。

 本当はこんなこと、リヴィアの方からするつもりはなかったのに。


「私は、アンナにこうしてもらうと落ち着きます」


 絶望してほしくない。己を否定してほしくない。

 あなたが生きていることで喜んでいる存在がある。

 あなたが健やかでいてくれるだけで満たされる存在がいる。

 これは押し付け。

 自己満足。

 だから言わない。

 言っては負担になってしまう。


 イストには、ありのまま、自由に過ごしてほしい。


「それは、不思議な、習慣ですね」


 嫌がらなかった。

 突然の距離の詰め方で固まっていたけど、強張っていた体から力が抜けてきたのがわかる。


 しばらくして。


 日差しが2人の背中に当たって、冷えた体温を温める。

 これからどうやって離れよう、とタイミングを測っていると、イストがグッと腕に力を込めた。


 すとん、とリヴィアの体がイストに乗り上げる。今度は逆に抱え込まれた。


「あの、イスト?」

「煽っていると、気づいているんですか」

「煽っているつもりは」

「私は煽られました。あなたから抱きしめられるのは、初めてです」


 すい、と彼の顔が近づく。

 寸前で止まって、嫌かどうかを、問うてくる。

 この瞬間がいつも、どうしていいのか分からない。

 リヴィアには否定も肯定もする勇気はないから、目を閉じて固まる。

 そうすると、イストはさらに近づく。


 お互いの唇が触れ合う。

 最初は軽く啄むようで。だんだん深くなって。

 促されて口が開く。唇の隙間から、ぬるり、と舌が差し込まれる。


 逃げ惑う自分の舌もあっという間に絡め取られて、嬲られる。


 腰に腕を回され、後頭部にも手が回って、逃げられない。

 嫌がってないことを学んだ彼の、拘束。


 熱が、唇を伝って流れ込んでくるようだった。

 まるで、彼の中に押し留めていた何かが、触れた瞬間に溢れ出してしまったかのように。


 くすぐったくて、恥ずかしくて、熱くて、苦しくて。

 彼の早くなる鼓動まで感じて、自分の鼓動も早くなる。

 息が、続かない。海にいるよりも、苦しい。


「も、無理」


 ぜぇ、はぁ、と息が続かなくなって。

 思いっきりイストから顔を逸らした。


「おや、残念」


 ゆったりと、満足そうな海竜に腹がたつ。

 獲物を平らげた後のような顔をして。


「ちゃんと休んでください、イスト」

「わかりました。あなたがそう言うなら」


 リヴィアの体が岩床に置かれた。

 そして、彼が岩の上で横になる。頭の位置は、膝の上。


 最初に枕を持ってこなくて、彼が硬い岩で横になるのが心苦しくて。

 臨時の対応として提案したのが、膝枕。


 その後は枕も持参するようになったのに、彼のご所望はなぜか彼女の膝。

 リヴィアはこの体制を回避したくてたまらないのに。


「この姿勢はあなたを見上げられて心地よいですね」


 そんなことを言う。こちらを見上げて、眩しそうに目を細めて。


「あなたの、日に当たると夕陽色になる髪は、本当に美しい」

「褒めすぎです」

「そうでしょうか?」

「そうです」


 くすくす、とおかしそうに彼が笑う。

 そのうち、イストは両目を閉じて、何度も瞬きをした。眠そうだ。

 しばらくして、静かな寝息が聞こえてきた。


 それまで私は息を潜めて、体を動かさないようにしていた。


 喝采を、海の中で叫びたくなる。


 彼が膝の上で、眠ったのは。

 いやむしろ、リヴィアの前で眠るのは、初めてなことだった。


 喜ばしいことであると同時に、恐ろしい事態になったと焦りも感じた。



 ***



「どうしたらいいですか、ジルヴァードさん」


 前と同様、ジルヴァードさんはくたびれた格好でやってきた。

 忙しいと分かって申し訳なく思う。

 ただし、当事者ではあるので巻き込ませてもらう。


「飲みながら言うことか」

「飲まないとこんな話できません」


 だから、ジルヴァードを事務所に呼び出したのだ。ゲイルとアンナは席を外してくれた。

 海竜がどうのこうの、という話はある程度事情を知っている2人にも、あまり聞かせたくない。

 聞かれたら、巻き込んでしまう。

 その判断を、ジルヴァードは否定しなかった。


「結局、何を悩んでいるんだ?あの方のこと、嫌いではないんだろう?」


 夕食前の軽い食前酒(アペリティーヴォ)として、数種類のお酒とオリーブやハム、フォカッチャ等のつまみも準備した。

 もてなす心つもりはあるのだ。


「可愛いと思いますし情もありますけど」

「可愛いのかよ」

「可愛いです。最近は特に」


 警戒心むき出しであったイストが明らかに気の抜けた姿を見せてくれるのはうれしい。

 膝の上で寝てくれた時なんて悲鳴を噛み殺すくらいに可愛かったし嬉しかった。


 相手が私でなければ。


「何が不満だ」


 エールをぐい、と飲み干しながら、ジルヴァードが腑に落ちない顔で質問する。

 聞いてくれるつもりではあるらしい。


「業務外のことで、私がイストに関わっていること自体です」


 スキンシップが、ある意味、人との関係作りの回復訓練であれば、まだ、わかる。

 受け入れられる。

 そのうち、ジルヴァードに頼んで妙齢な女性を紹介するので、是非関係性を築き上げてほしいと思う。


「リヴィア、それあの方に言ってないだろうな?」


 エールを飲んでいた手が止まった。

 恐ろしいことを聞いた、と言わんばかりの顔。なんならちょっと、顔色も悪い。

 そこまでか、そこまでのことなのか。


「言ってませんけど、考えていることに気付かれて、怒られました」

「だろうな」


 あからさまに彼は、リヴィアだけを求めている、らしい。自分で言いたくもないけど。

 そんなに執着されるような原因、は、何個か心当たりはある。

 あるにはあるけど、人命救助と、生活のお世話という、あくまで業務の一環と言い訳のできる範囲のことしかしていない。


 していない、はずなのに。


「いやか?」

「嫌じゃありませんけども。止めないんですか?」


 1番、聞きたかったこと。

 ジルヴァードは止めないのだろうか。怒られることを覚悟しての報告なのに。


「別に、止めねぇよ。っていうか、そうなったらいいな、って言う思惑はこっち側にもある」


 こっち側、というのは。領主様方の思惑。


「彼が、手頃なところにいる女性で簡単に欲を発散させようとしている、可能性は」


 ピタリ、とまた彼が石のように動きを止めた。


「お前、あの方に監禁されたいのか?」

「されたくありません」


 違うらしい。むしろそうであれば気が楽だったのに。


「リヴィア」


 ジルヴァードがグラスを置き、静かに言った。


「勘違いするな。あの方は欲を満たすために女を選ぶなんて真似はできない。

 むしろ、簡単に人を欲しがれないからこそ、お前に縋ってるんだ」


 その声音は、叱るでもなく、慰めるでもない。

 リヴィアの気持ちやおそれを否定するわけでもない。

 ただ事実を伝えるだけなのに、重たく響いた。


「長い間、孤独と誇りだけで生き延びてきた方だ。

 望まない相手に心を向けるくらいなら、何年でもひとりでいる。

 そういうお方なんだ。…だからこそ、今はお前だけを見てる」


 それがどれほど切実でかけがえのないものなのかを、リヴィアに訴えかけてくる。

 その言葉は、リヴィアの胸に突き刺さり、同時に逃げ場を奪う。

 どれほど切実で、かけがえのないものかを痛感させられる。

 ジルヴァードはしばらく黙ってリヴィアを見ていたが、やがて小さく息を吐き、ふ、と表情を緩めた。


「泣きそうな顔をするな。誰かにそんなふうに求められるのは、悪いことじゃねぇ。お前にとってもな」

「…」

「変わったな、リヴィア」

「変わりました、か?」

「おう。あの方を見る目が。

 前は海馬に対する時と同じ目で見てたぞ。

 愛情もあるけど、あれは恋ではないな、と俺たちは思っていたんだ」


 リヴィアも変わった、のか。

 たしかに、イストを海の生き物というより、同世代の男性として見るようになった、と思う。

 だからこそ、とても、困っているのに。


「そんな、迷子のような顔をするな」


 途方に暮れた顔をしていたのだろう。


「そうだなぁ。リヴィアが嫌じゃないなら俺はいいと思うが」

「でも、あの、彼の立場とか、今後の状況とか」

「あー、それは確かにな」


 ジルヴァードさんが、難しい顔をする。


「お前、そこまで考えてたのか」

「あの司祭の思惑に合うようで、心底、その部分だけ、抵抗感はあります」

「あー」


 だって、あの司祭は私に彼との子作りを望んでいた。

 何某かの思惑があって、それに当てはまった状況は、よくないと思う。

 特に未だ解決していない派閥のことで。

 彼が私に信頼を寄せ、執着心を見せるにつれ、このままではいけないと焦燥感を感じるようになった。


「実際、イストの今後はどうなるのですか」

「住みたいところでやりたいように暮らしてほしい、というのが領主様の意見。

 復讐心ゆえに関係のない街の殲滅や、無関係な人間の虐殺さえしなければどうぞご自由に、と言う感じだな」


 おかしい。関係ある街は殲滅してもいいし、虐殺していいような物言いである。

 内心引いていると、それが伝わったようで、ジルヴァードが肩をすくめる。


「お前のおかげで、その可能性はずいぶん下がった。

 なら、もう、止めるものは何もない。もともと人間側が縛り付けられるお方じゃないしな」

「それは、そう、です」


 ならば彼はいずれ、海に帰るのだろう。リヴィアを置いて、自由になる。

 それは、祝福すべきことだ。彼にとっては解放でもある。


「不安か?」

「いずれ海に帰る彼に、のめり込んだら、離れられる気がしません」


 彼は優しい。気遣いができる。

 強引なようで、常にこちらの意思を確認してくれる。

 その優しさが怖い。

 優しさに溺れて、欲にまみれば。

 それは、彼から搾取した人間とどう違う。どんな差がある。


「離すつもりがあるとは思えないけどなあ」

「私は、彼には相応しくありません」

「そうかあ?」

「ジルヴァードさんが1番、知っているでしょう」


 リヴィアの昔話を。このレンツァに来るまでの暮らしをジルヴァードと先生は知っている。


「知った上で、お互いがいいならいいんじゃないかと、おっさんは思うわけだが」


 リヴィアとイストは似ているところもあるけど、違うところもある。


「そこまで悩むならくっつけよ」

「現状私は依頼を受けている身です。料理もアンナに敵いません。

 私生活を見れば嫌われるかもしれません」


 私が、誰かに甘えることを許されるような存在じゃない。

 自分よりも優れている人を見て、安心することしかできない私に、誰かを包む資格なんてあるのだろうか。


「わかった、お前、めんどくせえループにハマってるな?」


 とんでもない。ただの事実でしかないのに。

 なぜかうげぇ、と顔を顰められた。ひどい。

 私の中での女性の理想像はいつだって、アンナなのだ。

 母性と愛情があって、しっかりしてて、家事も料理の腕もすごくて。

 考えてたら、落ち込んでしまうけど。


「でも、聞いてもらえてスッキリしました。お礼はいかほど?」

「おー、そういうときはハグして頬にキスしてチャラだ」

「分かりました。参ります」


 いざ、と椅子から立ち上がって向かおうとしたら必死に止められた。


「待て待て待て、本気にするな。俺が殺される」

「???」

「ほんとに酒が入るとめんどくせえな、お前は!」


 そう言われて、思わず笑ってしまった。

 泣いたり笑ったり、今夜のリヴィアは忙しい。


 明日もまた、イストに会うのだ。楽しみでもあり、怖くもあった。

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