13. 食事会と酔っ払い(彼視点)
「あんた最近うちのごはん食べてないだろう!」
と、呼びに来たアンナにリヴィアが引っ張られていく。
「アンナ、アンナ、食事はちょっと!」
ちらちらこちらを見ながら止めようとしている。
自分が人間の作った食事に拒否することを気にしている。
「どんなメニューを好むかは、牧師様が教えてくれたさ。あっさり系が好きなんだろ?」
「そ、それだけじゃなくてね」
本人を目の前にして言いづらいのだろう。
引っ張られるがまま、おそらく調理場と思えるところに着いた。
すでにいくつか色鮮やかな料理が並んでいる。
教会の男やこの家の男は事情を聞いているようで、こちらの反応を静かに伺っている。
ここで拒否しても、おそらく受け入れられるだろう。
リヴィアもその可能性が高いと判断しているから、必死に止めようとしている。
すん、と部屋の空気を吸う。
嗅覚が土の香り、服の香り、それぞれの香りを認識する。
料理の香りも。混ぜられた材料、調味料に至るまで、判別し、分析する。
全て知っている香り。リヴィアが今まで使ってきた材料のみで作られている。
わからないニオイは、ない。
教会の男を見た。少し気まずそうに視線が逸れた。
どの料理を食べ、どの料理を受け付けなかったのか。
調味料に至るまで、記録されていることは気付いていた。
あの男もそれを隠さなかった。
それも、誠意の一つなのだろう。
「食べます」
「嘘お!?」
リヴィアが飛び上がってひっくり返りそうになっている。
おそらく自分がここで食事ができる、一番の立役者であるのは彼女なのに。
何より、彼女がこんなに信頼を寄せている人間であるならば。
彼女が信じているのなら、自分も信じてみる。それがどれほど異質でも。
短時間ではあるが、アンナという人物個人であれば、さほどこちらに害を与えないだろう。
ただし、部屋の隅でで静かにしているゲイルと教会の男は別だ。
「じゃ、まずは食前酒からだよ。リヴィア、あんたも手伝いな」
「手伝う、けども!」
本当に大丈夫だろうか、無理していないだろうか、とこちらを気にする視線がくすぐったい。
「あなたが信じるものを、私も信じることにしました」
「急に・・・」
「それほどのことを、あなたは私にしてくれていたのですよ」
首を捻っている彼女に自覚はなさそうだ。だけど、彼女の周りの人間たちはやっぱりか、と言わんばかりだ。
「でも、あの、多分、大変なことになると思うんです」
「大変なこと、とは」
こちらを気遣っているというより、急にそわそわと落ち着きがなく、不安そうになっている。
彼女が懸念していることはなんであろうか。
「多分、果てがありません。覚悟していてください」
「どういう…」
「無理のないように。食べれる分だけ、食べてください。
あと、断りたいときははっきり言わないと、伝わりません」
助言の内容が曖昧でよくわからない。
はて、と考え込んでいると彼女はアンナに呼ばれて配膳の手伝いに向かってしまった。
「うーん、あなたにはこの町の文化は、なかなか厳しいかもしれません」
教会の男が笑い含みに話しかけてきた。さらに曖昧な表現だ。
この男はあえて、明言していない気がする。
「どういうことです?」
「私もこの町に来たばかりのころ、経験しましたので。事前にお伝えすると楽しくないので。
少なくとも、悪意はありません。ただただ、歓迎の気持ちなだけです」
それからは、準備は素早く行われた。
庭にテーブルと椅子が置かれて。太い幹の庭木に模様のついたランタンが吊るされる。
テーブルに次から次へと料理が運ばれる。
大皿でくる料理は混ぜ物の心配もなく食べやすい。
一応、こちらの好みも配慮されている様子。
くるくると動き続けているリヴィア曰く、これでもだいぶ量が少ない方なのだとか。
食事をしていたら。ドヤドヤと人間が集まってきたので驚いた。
「お、なんだなんだ、宴か?」
「見慣れないにいちゃんがいるな。リヴィア、お前とうとう結婚か!」
「違います!勝手によらないでよ、もう!今日は少人数制です!」
人が集まる前に、騒ぎになるからと、自分は外套を羽織って顔を隠している。
さらに、口元もベールで覆った。
目元以外は全て布で覆って、リヴィアが渡してくれる食べ物や飲み物を少しずつ摘む。
人間から見れば随分怪しげで、正体不明の不審者であるはず。
「そんな細かいこと言うなよ、人数が多い方が楽しいじゃないか」
なのに、彼らは気にしないらしい。
「ほらほら、今日水揚げした魚あげるから」
「私は、ヒッポじゃ、ない!」
「そう言いながら受け取るんだから、あんたもヒッポみたいなもんだよ」
「もー!」
「あんたたち、参加するなら手伝いな!」
「はいはい」
何故か知らない人間が増えてくる。男も女も。
リヴィア曰く、近くの港で仕事をしている人間たちらしい。
大概何かしらの手土産を持ちながら飛び入り参加をするようだ。
おそらく、よくある光景なのだろう。
今夜に限っては自分がいるからリヴィアも最初は断ろうとしていた。
しかし、続々と集まってくる人間たちの勢いに敗北したらしい。
リヴィアも咄嗟に手土産を受け取った後頭を抱えていた。
つい、受け取ってしまったらしい。
今では自分の横に定位置を決めたようで。
あれやこれやと話しかけてくる住民たちの応対をしている。
正体は言わずに、町に最近住み始めたことや少食であることを繰り返し説明していた。
最初は、自分が町の住民に害をもたらさないよう、見張る役目だと思っていた。
そのために腕輪をしているし、そういう作用が込められているはずだ。
ただ、しばらくしてわかった。
リヴィアは、嵐のように訪れる町の住民たちから、自分を守る心づもりであるらしい。
防波堤のように、壁となり、盾となり、それでも勢いに押されて涙目になっていた。
何度も謝られた。リヴィアが力を尽くしても、住民の勢いが強すぎるのだ。
「こっちは食べるかい?」
「これなら食えるだろう!」
「グラスが空いてるぜ、にいちゃん!」
次から次へと、酒類や食事類を勧められる。
断っても断っても止まらない。
断っても、豪快に笑われて、気にしたそぶりがない。
「少食だなあ、にいちゃん!」
「腕が細いねえ。そんなんじゃ網引けないじゃないか。漁のできない男はモテないわよお」
「絡まないの!」
ほとんどの返答はリヴィアがしている。
自分は話さずに過ごしているのに、相手は気にしない。
人見知りか!と笑われた。笑われた理由がわからない。
人間たちはそれぞれ椅子を引っ張り出してきて、勝手に座っていく。
あっという間に酔っ払いに囲まれる。こんな状況、初めてだ。
目を白黒させているうちに帰るタイミングを逃したと察する。
これは確かに、終わりが見えない。
「本当、この町の人たち、これが普通なので。歓迎の意を表しているだけで。
あの、ほんと、嫌がらせとかじゃないんです」
リヴィアが横から小さな声で補足している。
悪意はない。確かに、そうだ。最初は相手側も警戒をしていた。
見知らぬ自分の仕草、態度を探られている気配はあった。
「ほーら、次、ドルチェいるかーい。あんたも、小さいドルチェなら食べられるだろう」
「いる!」
挙手をしたリヴィアの頭を、アンナが持っていた盆で軽く小突いた。
「リヴィア、あんたちょっとは手伝いな」
「無理!私ここから動きません!」
推測するに、たとえ見慣れない人間であっても、リヴィアが隣にいることが大きい。
そして、アンナが受け入れているのなら悪い人間ではないだろうと話している声も聞こえてきた。
ならば、久しぶりの客人だからもてなそうぜ!と誰かが笑っていた。
全くもって意味がわからない。
リヴィアも慌てていた。
人間全ての文化ではなく、この町特有の習慣、なのだと思う。
賑やかさに海馬たちも寄ってきて、海辺に寄ってきた人間から時々何かをもらっている。
港で獲れた魚介類を貢がれているのだろう。思うに、ここの海馬は人慣れしすぎではないか。
「エールいる奴ー」
「こっち」
「こっちも!」
「私はさっぱりしたものが欲しいわ」
「はい、白ワイン」
「わあ、ありがとう!」
騒々しい。
騒々しいが、灯りで照らされる人間たちの表情は明るい。
誰かが冗談を言って、笑い声がして。誰かが家族の文句を言って。また笑って。
誰かが家族への愛を叫んで、また笑う。
大丈夫と判断したのか、リヴィアが離れる時間も増えた。
アンナの手伝いに行っているらしい。
自分が黙って、ひたすら飲み物を飲むだけであっても誰も気にしない。
話しかけてくる言葉にたまに興味を惹かれたら耳を傾ける。
ある程度時間が経ったころ。
「もー、だれ、ヒッポに貝の酒蒸し食べさせたの!」
「ちゃんと火は通してアルコールは飛ばしたぞ」
「飛びきれてないからこんなことになってんの!」
ぷかー、と海馬達が腹を海面に出して浮かんでいた。
海の眷属のあまりにも情けない姿に空を仰ぎたくなる。
警戒心をなくしすぎだ。何故受け付けない食べ物を食べた。
酒精なら匂いで判断できるだろう。
それよりも食欲が勝ったのか。勝ったんだろうな。
なんとも満足そうな顔をしながら浮かんでいる。
「この子はここに来た時はすましたお馬鹿さんでねぇ。
海祭りをどうしてするのかわからない、って拗ねてねぇ」
そして、アンナが話の輪に加わると、自然と話題はリヴィアの過去になった。
容赦無く晒される昔の姿に先程からリヴィアは顔を真っ赤にしている。
「や、やめて、アンナ」
「そんなもの、やりたいからやってるに決まってるのにねぇ?
ほーんと、お馬鹿さんなんだよ、この子は。
やったほうが気分がいいから、あたしらはしてるっていうのに」
それもまた、考え方の一つだろう、と頷く。
「やだ、そんな時だけ反応しないで!」
リヴィアの悲鳴が聞こえたが。
自分は聞きたい話を聞いているだけであって、止められる理由はない。
「もうやだ、いろいろ忘れたい」
「どうしたどうした」
「リヴィアが昔を忘れたいってさ」
「なんだ、これ飲むときゅっと忘れられるぞ!」
赤ら顔でスキンヘッドの大柄な男が、リヴィアに氷の入ったグラスを差し出した。
離れていても感じる酒精の香り。相当濃度が高いと思われる。
「おい、エットレ、待て」
ゲイルが止めようとして、止めきれずに、リヴィアがキュ、と飲んだ。飲み切った。
「レモンだ!冷たくておいしー」
「だろう」
レモンのリキュール、らしい。酸っぱそうな顔をしつつ、上機嫌に笑っている。
ある程度アルコールは飲めるらしい。
アルコールは好きではなかったが、こんな明るい場を作る飲み物だったのか。
「飲ませすぎるなよ」
「リキュールでそんなに酔うかよ、こんなのジュースだぞ」
「お前のところは自家製で、濃すぎるんだ」
「うまいだろうが!」
「うまいけどな」
「喧嘩はダメですよー」
「…リヴィア?」
様子がおかしい。顔を赤く染めながらえへえへ、と笑っている。
こんな顔、みたことがない。なんで無防備な。こんな顔を男達に見せるわけにはいかない。
「リヴィア、こちらへ」
「うんー?」
酔ってふらふらと歩く彼女を抱き上げ、そっと膝にのせる。
羽のように軽く、小さな体。
温かくて、柔らかくて、儚い。
力を込めたら簡単に潰れてしまう。比喩ではなく事実としてそうなのだ。
それでも今、確かに、自分の腕の中にいる。
この感触を、忘れてはいけない。
そんな自分の葛藤に気づかず、不思議そうに首を傾ける彼女。
「まぁ、乗せてくれるの?」
海馬に乗せられた時と同じような顔だ。
彼女はおそらく、自分を認識していない。
賑やかな宴がまたどっと騒がしくなった。
「あっはっは」
アンナまで手を叩いて笑っている。
ゲイルと教会の男はあんぐりと口を開けていた。
「にいちゃん、やるなあ」
「意外と力持ちなのねえ」
やんややんやと周りが騒ぐ。
酔っ払いたちからすれば余興のようなものか。
だいぶ自分の立場がわかってきた。客人という名の、新しい娯楽か。
笑い声で騒がしい男や女たちを放っておいて、リヴィアの耳元に口を寄せる。
「あまり、離れないでください」
こんなおぼつかない足取りで、転けたらどうする。
そんな無防備な顔を、周りに見せてどうする。
男の膝に乗って。逃げるそぶりをせずに、身を委ねてくる。
リヴィアの感覚では、海馬に乗せてもらっている状態なのだろう。
「あら。寂しくなったの?」
砕けた口調は、リヴィアが酔っている証拠だろう。
まだ少し腫れぼったい目が、はちみつのように溶けている。
「私はここにいるよー。でも、寂しいと言えることは大事よ。
いい子、いい子」
心底大事だと、愛しいという目で、頭を撫でられた。
驚きすぎて固まる。海の王である自分にこんなことをする存在は同種でもいない。
嫌ではない。不快ではない。
なんなら、もっと、と体を擦り寄せたくなる。
発情期でもないのに絡まり合いたくなる。
なんとか理性で抑えて、つい、恨めしげな声が出た。
「あなたは、他のものにもこのようにするのですか」
男に体を預けて、触れて、笑って。
「ん?…あぁ!」
不思議そうに私を見た後、彼女が閃いた、という顔をした。
キラキラと、灯りに照らされた彼女の目が喜びと愛情に溢れた。
「わかったわ!」
「待て、リヴィア、待て、多分違うから言うな、やめてやれ」
ゲイルの静止は酔っ払いのリヴィアには届かなかった。
「ヤキモチね!」
意味がわからない。文脈がつながらない。
けれど、否定できない。
さざなみのように、心の奥が波打つ。
その言葉が、どこか心地よかった。
たとえ、それが誤解だったとしても。
その後、かわいい!と続いて、はしゃいだ彼女に頭をぐしゃぐしゃにされる。
何をされているのだ、自分は。
逃げればいいのに、その手から逃げたいとは不思議と思えなかった。
あぁ、と周りの人間が頭を抱えている。
「どうすんだよ、完全に態度が海馬と同じじゃねぇか」
「と言いますか、彼を海馬と認識していますね」
海で暮らす海竜はあまり視界はよくない。その反面、耳と鼻は鋭くなった。
つまり、部屋の隅っこでこそこそ話し合う人間達の会話は筒抜けなのだ。
そうか。
私を私と認識していないからこんなにも触れさせてくれて。
オスと認識していないから、こんなにも無防備だと。
それはとても、不愉快である。
「おい、めちゃくちゃ怒ってるぞ、俺でもわかる」
「あーあー、いいことなんですかねえ、これ」
「あの子ったら、もう、色気がないんだから」
だが、彼女が自分を笑って撫でるその手を、拒みたくもなかった。




