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mare e drago 〜ドラゴンに泳ぎ方を教えましょう。ただし交際は契約外です〜  作者: しま


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11. 忘却した檻と涙(彼の視点)

他者視点

残酷な表現、ヒロイン以外との表現があります。

「あなたはなんて美しいのでしょう」


 と。人間の女が恍惚としながら言った。

 動きづらそうなドレスを身につけ、髪を結い上げ、宝飾品で飾りつけた女。

 血色がわからないほど化粧を塗りたくり、真っ赤な口紅をつけて。

 どれも匂いが異なり、混ざり合って異臭となっていた。

 それでも、この女にこびりついた血の匂いを消すには、まだ足りない。


 使用人の手で磨き上げられた青白い指が、己の髪を一房をもつ。


「本当に綺麗な色の髪。宝石みたいだわ」


 反対の手で持ったハサミで、髪の毛を刈り取られた。

 自分はただ立ったまま微動だにしない。

 ハサミの使い方が乱暴で少しだけ耳介の角が切れた。


「あなたの血も、きっと特別な力があるのでしょう」


 刃先についた血液に身を震わせながらうっとりする女。

 自分を高額な金銭で買い、豪奢な屋敷に閉じ込めた存在。

 笑顔で残虐なことを当たり前にする人間。


 赤いビロードの敷かれた小さな台座に、切断された髪が乗せられて、使用人が退室する。

 また宝石の代わりにどこかの店に売りつけるのだろう。売られて買われて、削られる。


 今日は鱗を剥がされないだけマシだろうか。

 以前は鋭利すぎて女の指を切ってしまい、泣き喚かれて辟易とした。

 使用人が道具を使わないと、非力な人間では引き剥がせなかった。

 鱗は女でも売ることは躊躇するらしい。よほど欲しい宝石や大きな金銭が必要な時にしか使われない。


 装飾の多い豪華な部屋。窓はない。音の反響を聞くに、外とも面していない。

 屋敷、と言うより、ここは城か。押し込められた奥深くなのだろう。

 厳重な鍵のついた扉、分厚い壁。ここは、飾り立てられた牢獄だ。


「ねえ、私の宝物(テゾーロ)


 寝台に横になった女がこちらに手を差し伸べる。

 女のそばには同じ性別の使用人達がいて、女の衣服を丁寧に剥ぎ取っていく。

 自分で脱げない服を着るとは、つくづく妙な生き物だ。


「もっとよく、あなたを見せて」


 これは、自分にも服を脱げという命令だ。人形のような女の使用人がこちらを見てくる。

 拒否すれば首輪から針が飛び出て痛めつけることは、経験済みだ。


 過去、何度も拒否をした。

 あの時は死なない程度の損傷と喉の痛みに、苦しめられた。咳き込みながら血を吐くのは辛い。

 息をするたびに液体の混じった嫌な音がして、喉が焼け付くように痛む。

 死ななくても、死を意識して心が苛まれる。


 女は苦しむ自分を見て、息を荒くし興奮しているようだった。

 女より遥かに力が強い、人とは違う種族が、女によって悶え苦しむ様は嗜好を刺激したらしい。

 何度も繰り返せば、言われるがまま従った方が被害が少ないと覚えた。


 女の部屋はいつでも薬と香と化粧品の匂いで鼻が麻痺した。

 そして部屋から消えない、自分の血臭。女自身にも染み付いていて、嫌悪しか感じない。


 逆らえば痛みを与えられる。従えば痛みはない。ただし、心が削られる。

 まるで芸を覚えこまされているような、躾であった。


「さあ、ちょうだいな。あなたと交わるようになって、肌が綺麗になったのよ。

 あなたの体液全てが、とても貴重な秘薬」


 秘薬、と女は自分を言う。

 竜の体液は寿命を伸ばし、美しさを保つのだと女は言った。


 なんと無駄なことを。女の体には何の影響もないのだ。

 竜の力は竜のためのもの。人間が得たところで、意味がない。


 言ったところで、無駄だと知っている。

 喉を刺し、爪を剥がれ、血を搾り取られ、それでも生きている生き物。

 女にとっては否定されたところで、その謎を解き明かし、自分のものにしたいのだろう。


「私の宝物(テゾーロ)


 そして、女は強者を従わせることに喜びを感じるようだ。

 薬を飲まされる。いつもの流れだ。


 だから、どうすれば薬を使われないか考えた。


「えぇ、私の親愛なる人(カーラ)


 女に擦り寄り、女に笑みを返し、女が満足するように従って見せた。

 己の美しさを、研いで、磨いて、鋭利な武器とした。


 女はさらに興奮して、溺れて、堕落して、油断した。


 薬を使わなくなった。首輪を外すようになった。

 私が女の使用人を気にするそぶりをすれば癇癪を起こして、使用人を遠ざけた。

 監視が薄くなる。制限がゆるまる。ずっとずっと、様子を窺っていた。


 そして、ある時、屋敷が騒がしくなった。


 女の叫び声、物が壊される音、男の怒鳴り声。


 部屋の扉が、開け放たれた。

 扉の向こうは、ここに連れられた時には頑強な土壁と装飾品に囲まれていたはずなのに。

 見るも無惨に壊されている。

 隙間から差し込んだ光が、眩しかった。

 久しく見ていなかった陽の光だった。


「何と、言うことを」


 自分を見て顔色を失くす男たち。どういう立場のものかは知らない。

 ただ、髪を振り乱して叫ぶ女がいたから、女の敵ではあるようだ。


「どうか、我々に贖罪をさせてください」


 ひざまづいて礼をとる姿をじっくりと観察した。


「だめ、だめよ!」


 女が半狂乱になって嫌がるのなら、ついて行こうと思った。

 その先でさらに酷い目にあったとしても。


「お別れのようですね」


 にこやかに別れを告げて。背中を向けた後は一瞥もしなかった。

 後ろから慟哭が響いたが気にならなかった。


 なぜ、見放されて、絶望するのだろう。

 人間とは不思議だ。

 己を痛めつけた生き物に、どうして懐くと考えたのだろう。


 あの女の涙には一片たりとも心は動かなかった。

 見捨てられる自分が憐れで、自分のために流す涙に、どんな意味があるのだろう。


 あの女の顔など、さっさと忘却に捨てることにした。



 ***



 領主の館とやらで保護された後、また移動させられた。

 どうやら、館の外で騒動があったらしい。竜を祭りたいもの、竜を使いたいもの。

 騒動は館の中まで聞こえてきた。

 好きにすればいい、と自虐的に思った。


 そして、この小さな町で、小さな人間の女と会わされた。


 いつ命令されるだろうと待っていた。

 この小さな女はどんな手段で自分の意思を縛るのだろう。

 どんな方法で欲を満たすのだろうと。


 だから、感想を言うなら、やはり人間とはわからない種族だ。


 懐かない生き物を、どうして助けようとするのだろう。

 煩わしさから解放されてせいせいするだろうに。


 どうせ死ぬのなら海がいい。

 その気持ちがなかったとは言えない。


 海水に濡れながら、この人間はどうして、自分に縋りながら泣いているのだろう。

 こんなに近い距離で、この人間が自分に意図して触れたことは今までなかったはずだ。

 そんなに、海で溺れた生き物が怖かったのだろうか。


 放っておけばよかったのだ。面倒な生き物の世話など。

 教会で、最初の会話は聞いていた。

 この小さな人間が自分の世話をすすんで引き受けたわけではないことは知っていた。

 ただ、悩みながら、自分の反応を伺い、様子を探りながら、自分が少しでも静かに快適に過ごせる環境を作ることに苦慮していた。


 何も響かなかった、わけではない。


 ただ、海に飛び込んでくるほどの行動力を、相手が示したことに驚いた。


 そして、自分でも自分に落胆した。

 海の王と称された自分が、まさか、溺れるとは。

 あそこまで泳げないとは思わなかった。


 我ながらショックだった。


 海を出てから、こんなにも打ちひしがれたことはないかもしれない。

 それほど、海で溺れたことは衝撃だった。


 それに、疑念がある。

 この身を削り取った人間たちと、同じはずの小さな人間が、なぜ、己のために泣いたのか。

 わからない。けれど。


 あの涙の温度が、海よりあたたかかったことだけは、覚えている。

 あの涙の理由を、もう少しだけ知ってみたくなった。

 

 ***


 美しさは、鎖になった。

 欲望は、檻になった。

 声を出せば痛みが返り、沈黙すれば心が削れる。

 息をするたび、己がどういう存在なのか忘れていった。


 だが


 もし、誰かが、涙まじりに必死に自分を呼んでいたのだとしたら。

 相手に名を教えていないことを、少しもったいなく思った。


 まだ、その感情の意味を知らないけれど。

 まだ、心許せるわけではないけれど。


 この小さな人間に名を呼ばれるのも、いいのかもしれない、と少しだけ彼は思った。

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