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mare e drago 〜ドラゴンに泳ぎ方を教えましょう。ただし交際は契約外です〜  作者: しま


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11/18

10. 泳げない海竜


注意

水難事故の描写があります


 リヴィアは持ってきた堅パンをスープに浸しながらもそもそと食べていた。

 一応彼にも渡してみたけど手をつけない。

 日が沈みつつある。夕焼け色に海が染まる。

 いろんな種類のオレンジ色の中で、海藻で遊んだり、ふよふよ漂っている海馬達。


「(のどかだなぁ)」


 ヒッポカンポス達は海竜という存在に慣れてきたらしい。


 その間、彼はずっと黙って考え込んでいた。

 こちらからは、外套で隠された横顔しか見えない。

 何を思っているのだろう。

 かつていたはずの家族だろうか。

 仲間だろうか。

 伴侶もいたかもしれない。

 子どももいたかもしれない。

 

 雰囲気からは読み取れない。

 少なくとも、重い空気や刺々しい雰囲気はないし、ヒッポ達も怖がっていない。

 怒ってはいない、と思う。


「海に、」


 日が沈みかけた頃、長い沈黙の末に、彼はポツリと言葉をこぼした。

 言った後に言葉に出した自分に驚いたのか、目を丸くして口元を押さえている。

 言うつもりは、なかったのかもしれない。


「海に、帰りたいですか?」


 当たり前のことを聞いた。

 彼が心の中を吐き出せるように。

 彼の何を思って、何をしたいのかを知るために。


「海に、帰りたいのではなく…思い出したいんです」


 海を見つめる眼差しは、遠い誰かを見るようで切ない。

 リヴィアはそんな彼を見て、嬉しさと、戸惑いが胸の奥でせめぎあった。

 一度、飲み込む。

 まずは、彼が心を開いたことを何よりも大切にしたかった。


「よかったら、浅瀬で、少しだけ波に触れてみませんか?」


 止める理由なんて何もない。彼は本来は海に棲まう生き物だ。


 彼は肯定されるとは思わなかったのか、目を丸くしながら、こくり、と小さく頷いた。


 海馬といるとなんだかコミュニケーションをとっている様子。

 なので、このまま今いる入江で海水に浸ることにした。


「海に入る前には準備運動がいります」

「不要ですよ」


 そんなこと言って。

 深いところには行かせるつもりはない。

 どのぐらいの間かは知らないけど、海から離れて久しいのだ。

 体が覚えているかもしれないけど、海で油断してはいけない。


「体をほぐしてから、泳げるとわかるまで許可しません」

「以前は泳げていました」

「いつ頃ですか」

「…だいぶ、前です」


 喉に骨が刺さったような顔をさせてしまった。

 でも、彼の安全には変えられない。過去泳げたとしても、今も泳げるとは限らない。

 しかも波のある海。海流に呑まれれば海の生き物とて自由が効かなくなる。


「危険です」


 初めてリヴィアは自分の赤瑪瑙(カーネリアン)の腕輪を指差した。

 ある程度の強制力は効く、と聞いた。

 意思を奪うのではなく、ちょっと手首がびりびりするくらいらしい。

 彼は嫌がるどころか、呆れたように口元を緩めた。


「…そんなことに使うのですか」

「あなたの安全のためです。

 椅子にずっと座って、歩くだけだったあなたに、今、海へ入ることは許しません。

 危ない」


 いきなりは入らない。今日は手足を海水に浸すまで。

 不満を隠さない彼を宥めつつ、まずは波のない、潮溜りで。

 海馬も寄ってきて、リヴィアに絡みつく。遊びと勘違いしているらしい。


「ちょっと待って、遊ぶのは後で」


 戯れてくる海馬を一匹一匹引き剥がす。


「こら、缶詰を探そうとするんじゃない。今日の分は終わりです」


 彼の方を見たら、いなかった。

 ざばん、と水音がした。


「は?」


 ゆらゆらと、人影が沈んでいく。


「…は?」


 沈んでいった。泡だけ海面に残して。

 彼は浮かんでこない。


「……はぁあ?」


 ちょっと待って。彼は、服を、着たままだ。

 上着もつけたまま。ゆったりめの服はよく水を吸うし、動きを阻むだろう。


「嘘!?」


 なんのために、浅瀬を選んだというのだ。

 わざわざリヴィアの意識が逸れた瞬間に、深い方に飛び込んだ。

 腹立たしさすら感じる。でも今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 後で絶対何か報復する!そのためには、助けないといけない。


「なんてこと、なんてこと。なんてことを、してるの!」


 海馬達も異変を感じてパニックを起こしてる。

 ダメだ。リヴィアが慌てていては、何もできない。

 大きく息を吐いて、頭から飛び込んだ。

 

 体が覚えていて泳げているならいい。

 潜った先にいた彼は、水底でもがいていた。

 海竜だからとて、鰓呼吸できるわけではないらしい。


「(だめじゃん!)」


 そしてやっぱり、外套が体に絡まっているし、まともに動けていない。

 泳ぐならば泳ぐための格好をするものだ。


 彼は知らない。

 海竜だからこそ知らない。

 海の怖さを。水を吸った衣服の脅威を。


 状況は確認した。

 呼吸のために、一度浮上する。

 海馬達が慌てながら私をみてくれる。

 仕事の時と同じ。指示を待ってくれている。協力してくれる。


「あなたはアンナかゲイルさんを連れてきて」


 溺れていても、助かっても。どんな状況になっても人手はいる。


「私と何匹かは彼を引き上げる。暴れているから爪とか気をつけて」


 水の中で暴れる相手は引き上げられない。

 しかも自分より体の大きな人だ。

 大人しくしてほしいけど、海の中で彼はもがいてパニック状態だ。

 あの腕が頭にあたれば私は気絶するだろう。

 確か爪も鋭かったはず。


「網で囲んで、浅瀬に引っ張り上げる。手伝って」


 事務所が近くてよかった。岩場に投網用の網がある。


 腕にかかえてもう一度潜った。ヒッポたちも勢いよく海底に向けて、背中が泡をまきながら進む。

 ヒッポたちも焦っていた。何度もこちらを振り返ってくる。

 上位種を見るのも初めてだろうに。怖いだろうに、でも心配が先に勝っている。

 

 彼を中心に網で囲って、海馬達に引っ張ってもらう。

 網が海藻に絡みつきそうになり、私は素手で剥がす。


 彼は、あらゆるものを敵と認識し、暴れていた。

 ぎちぎちと網が軋む。力がつよい。

 あの爪で網が引き裂かれそうだ。

 こちらが助けたいと動いていても、冷静を失っている彼には届かない。


 暴れたせいで、彼の口元からは泡が途切れる。

 彼の動きが、止まる。


 紺碧の髪が水にゆらめいて、まるで人形のよう。

 海底に沈む彼はこのままでは、海に溶けてしまそうなほど、ゾッとするほど美しい光景だった。


 だめだ。まだ彼は、そちらには行かない。

 私は彼をここに、戻さなければならない。


 ヒッポたちと目を合わせる。彼らもこちらを見た。準備万端。

 

 いくよ!


 時間との勝負。


「(多少、岩とか珊瑚に体をぶつけても文句は言わないでよ!)」


 ずりずりと引っ張って、浅瀬についた。

 彼の頭が水面に出た。でも、上を向かない。空気を求めていない。

 顔面が沈んだまま。反応がない。意識がない。息をしていない。


「起きて!吐いて!」


 体をひっくり返して、顔を上向にする。

 こんなところで。こんな簡単に、命を奪われてしまうのが海だ。

 海竜という、海の王様が、海の神様が、身動き取れずに溺れてしまうのが海だ。


 そうさせたのは人間だ。


 彼から海を遠ざけた人間だ。


 だから、負けるな。あなたは王だ。

 今まで負けずに生きてきたのなら、海に負けるな。

 人間に負けるな。海に命を奪われるな。


 腕を引っ張って、体を岩場に上げる。

 ヒッポ達も下から押し上げて手伝ってくれた。


「生きて。帰ってきて。起きろ!」


 支離滅裂なことを言って、両手で胸の真ん中を体重かけて押す。

 何度も押す。押して、戻してからまた押して。

 この町に来て先生から教えてもらったことを必死に思い起こす。


「だめ、だめ、このままなんて、だめ」


 どうしよう。まだ、反応がない。手も腕もぐったりと動かない。

 血の色がない、生気を感じられない。

 怖い。ぐったりしている体が怖い。

 怖い。戻ってこなかったらどうしよう。


 でも、まだ、死んでない。

 すぐに引き上げた。

 まだ、まだ、帰ってこれる。

 間に合う、はずだ。

 間に合って。


「帰ってこい!ばか!」


 あんなに注意したのに、守らずに勝手をして死にかけるあんたなんか、ばかでいい。


「ばかが嫌なら起きて!起きろ!起きないとずっとばかって呼ぶから!」


 全力で、思いっきり、胸を押しつぶしたかと思うくらい、押した。



 げほ、と彼が海水を吐き出す。



 何度も咳き込んで、海水を吐き出す。

 すぐに、顔を横に向けて背中をさする。

 虚だった彼の視線が定まり、リヴィアと目が合った。


「ばかとは、なん、です」


 生きてる。戻ってきた。生きてる。間に合った。帰ってきた。生きてる。

 その瞬間、胸の奥で何かが爆ぜた。

 

 こ の や ろ う


「ばっかー!!!!」


 怒髪天をつく、火山の大噴火、そんな例えがつくくらい、リヴィアは叫んだ。

 遠くから、アンナとゲイルの呼び声がする。ジルヴァードの仰天した声も。


「ばか、ばか、ほんとばか。

 信じられない、ほんとにばか!

 言ったのに、ダメって言ったのに!」


 そんなことを、涙と嗚咽でぐしゃぐしゃになりながら、リヴィアは言った。


「帰ってこなかったら、どうしようって。

 名前も知らないから、呼べなくて」


 彼が目を丸くしてリヴィアをまじまじと見てくる。

 必死になるリヴィアがまるでおかしいように。不思議そうに、奇妙な生き物を見るような顔で。

 おかしいか。彼を必死に助けようとするのはおかしいことか。

 諸々の怒りが込み上げてきて、ぎ、とリヴィアは彼を睨み上げる。


「もう、もう!」


 海は怖いのだ。海は命を簡単に奪うのだ。

 そのことを、リヴィアはこの街に来てから、最初に学んだ。

 でも、彼は帰ってきた。

 声が涙に詰まって震える。


「…生きていてくれて、よかった」


 わんわんと泣きながら、リヴィアが彼に抱きつく。

 みんなが駆けつけてくるまで、リヴィアはそのままセミのように彼に抱きついて泣きじゃくっていたらしい。

 


「(できればあの場にいた人たちの記憶を、全部消してほしい)」


 

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