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mare e drago 〜ドラゴンに泳ぎ方を教えましょう。ただし交際は契約外です〜  作者: しま


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9. イワシのポルペッティーナ


 あれから。何が彼に響いたのか、彼の警戒した態度は緩和された。 


 最初は、部屋に置いてあった乾燥イチジクや干しブドウをつまんでいた。

 果物単体であれば拒絶感も少ない様子。

 その後、レモンの砂糖漬けを複雑そうな顔で食べ、柘榴のシロップは氷水で薄めれば飲んでいた。


 貴重な水分を取れる手段として、柘榴のシロップやレモン水を毎日持参した。


 ただ、ある日、彼はレモンをそのまま齧ってしまったような顔で、言った。


「普通の水もください」


 心の中で飛び上がった。決して、言わせたかったわけじゃない。

 飲んでくれるのが嬉しくて、ついつい同じものを持参してしまったのだ。

 流石に毎日柘榴のシロップとレモン水は辛かったらしい。


 リヴィアが持ってきた普通の水を飲むようになった。

 少しずつ料理にも手をつけるようになった。

 量は少ないし、食べる前は必ず調理風景を確認して、食べる直前に香りも確認している様子だけど。

 あっさりとした味付けが好きなようで、魚介の方が食べる量が多い。


 少しずつ、人の手が込んだものでも食べるようになっていく。


 彼は、食事に何か混ぜ物をされたことがあるのかもしれない。

 それも、体に害のあるもの。彼の意思を損なうようなもの。

 だから、匂いの解りにくい香辛料や香りの強い料理は好まないし、調理過程を確認する。

 外で調理した持ち込みのものには手をつけなかった。


 食べれるだけでもだいぶ進歩だと思う。


 最終手段、喉に強制的に栄養剤を突っ込む準備もしていたんだけど、出番がなくてよかった。


 あと、大きく変わったことが一つ。


「あの生き物は愉快ですね」


 ヒッポカンポスには興味があるみたい。教会に同行してくれた子とお互いを見つめ合っていることがある。


「(そう、なんと、彼は、外に出るようになった!)」


 初めて彼と対面するヒッポは毎回飛び上がって怖がっていたけど、害がないと思ったのか近づいてくるようになった。

 おそらく、同じ海の生き物として通じ合うものがあるのだと思う。

 内心、ヒッポを食べ物と認識しなくてよかったと安堵した。

 あと、気になることがあれば彼から話しかけられることも増えた。


 警戒心を解いたと言うより、こいつは何もできないぞ、と認識されている気がする。

 事実だけど。

 えぇ、えぇ、大きな氷も噛み砕けない非力な私ですよ。

 根に持ってなんかいませんよ。元気そうで何よりです 


 敷地内の庭も歩くようになった。外が嫌いなわけではないらしい。

 ただ、先生が出歩いている時は引きこもっていると聞いた。

 町の人に合わせるのはまだハードルが高いようだ。


 ***


「一度、川下りをしてみませんか?」


 食事を摂るようになって、外を歩くようになって、2週間が過ぎた。

 少し季節が進んで、夏の暑さが緩やかになった頃。彼は時々、ヒッポを見送る仕草をするようになった。


 ヒッポ達も彼が自分を見ていることには気づいているようで、チラチラと振り返ったり、尻尾を振ったり。

 中にはどうしたの?と川を逆に登っていく子もいて、大変落ち着きがない。

 

 一度アピールがしたかったのか、リヴィアがタライに乗っているのに川の中をぐるぐる回る子もいた。

 リヴィアだけが目を回して悲惨なことになった。結局川に落ちて、元凶であるヒッポに拾い上げられた。

 流石に申し訳ないと思ったのか、そのあとヒッポは少し気まずそうであった。怒りはしなかったけど。

 その頃、彼は顔を横に背けて変な咳をしていた。誤魔化すくらいなら笑って欲しかった。

 

 何頭かは帰ろうとなっても、なかなか川を下らないからとても困った。

 基本的にヒッポの意思に任せているから、リヴィアの方から強くは命令しない。

 あの時は見かねたらしい彼がヒッポを宥めて帰るように説得した。

 そんな姿も、前までは考えられなかった。


 川を下っていくリヴィアたちを眺めて、何を思っているのかはわからない。

 明らかに、ヒッポには興味がある。

 その興味を、大事にしてほしい。彼がしたいことは、できるだけ叶えたい。


「私はここから出られないのでは?」

「町を歩くのはまだダメですけど、川を伝って海辺に行くことなら。海辺の外には出られませんけど」


 これは、ジルヴァードに教えてもらった。

 もし、彼が海に興味を持った時に、海と触れられるように。

 彼はもともと海の生き物だから、と。


「…ならば、お願いします」


 そして、タライに二人で乗り込んだ。張り切った黄褐色のヒッポがスイスイと川を下っていく。

 川沿いでも、いまは昼休みの時間帯。みんな家の中に引きこもっているから人通りもなく閑散としている。

 彼には大きな白い外套を被ってもらった。日除けでもあるし目立ちすぎる彼の姿を隠す意味もある。


「ここは雑貨屋さん。在庫がないものはお願いすると仕入れてもくれます」


 興味はないだろうけど、無言なのも辛いので、勝手に町の説明をする。

 川沿いに見える家には、エルダーフラワーやマリーゴールド、ザクロの花が咲いている。


「あの花は、ここから来たのですね」

「この町では比較的よく見られる花です」


 覚えられていたことに驚いた。白い花も朱色の花も、教会においてあった分は枯れてしまった。

 町の花は住民達が手入れをしていて色鮮やかに咲き誇っている。


 そうして、海沿いに移動して、会社の事務所の前を通る。


「ここが、私が所属する海運会社 カヴァルッチョ・マリーノの事務所です」

「あなた、働いていたんですか?」

「働いています」


 どうやら、毎日教会に来るから仕事はしていないと思われていたらしい。

 あなたのところに通うのも仕事であることは、教会での会話を聞いていた彼は知っているはずだ。

 あぁ、専属だと思ったのだろうか。それとも、ただの町娘が仕事していないことが普通と思っていたとか?

 彼の価値観はいまだにわからない。


「この先がヒッポたちがいる入江です。私の会社は彼らと契約して、荷物や人の運搬をしてもらっています」

「不思議な仕事ですね。それを受け入れる彼らも、そんな関係を築き上げているあなたもです」

「たまたま、だと思います。彼らが受け入れてくれた、それだけです」


 興味は持って、いるらしい。海の生き物同士、気になる部分でもあるのだろうか。

 彼を入江に案内すると、海藻に絡まって休んでいたヒッポたちが一瞬で岩陰や海底に隠れた。


「あれま」


 残っているのは、もともと彼と顔を合わせたことのある何匹か。


「嫌われましたか」


 思いの外落ち込んでいる声音に、笑わないように気をつけないといけなかった。


「恐れ多すぎて、でも興味津々って感じですね」


 ほら、と指をさす。岩陰に隠れながらのぞいてくる。目の位置より口が飛び出ているから隠れきれていない。

 さて、せっかく彼も来てくれたことだし、ぜひお互い顔を合わせてほしい。


 波打ち際に近づく。


「明日、舟を引っ張ってくれる子ー?」


 何頭かこちらを向いてくれた。


「舟と、荷物だけ。2つ。エットレさんのところと、ジョルジュさんのところ」


 2本指を立てるとお互い顔を見合わせて、そろそろと2頭が近づいてきた。

 どうやらそれぞれ行ってくれるらしい。


「よろしくねー」


 仕事の了承を得たので、後でゲイルに伝えておかないと。

 どの子がどの仕事に就くのかは前日か当日の朝に報告することになっている。

 そんなやりとりを、彼は不思議そうな顔で見ていた。


「命令をしないのですか?」


 気になったのは、私と彼らとの関係性らしい。


「やりたい子にやってもらっています。やりたくない子に無理に従わせると荷物をひっくり返したりわざと人を落としたりするので」

「…それは、よいのですか?」

「荷物は会社負担で防水しますし、人がひっくり返った場合は謝罪してワインを一本お渡しします。

 あと、うちの町の人たちはたまに、おとなしめな子を指名してきたりします。

 相性がいいと比較的おとなしくなりますし。あと、おやつをくれるお客様のことは覚えているみたいで。

 魚卵をくれる人が好きな人とか、貝をくれる人が好きなことが、いろいろ。

 まあ、自由ですね」


 “自由”という言葉に一瞬まぶたが震える。でも、見ていない、気づいていないことにした。


「自由、ですか」

「もっと大規模になると難しいんでしょうけど。うちは小規模ですし、ゆるゆると、できる範囲しかしません。 ちなみに、あの子は嫌いなお客様には近づきもしません。でも、1番泳ぐのは早いんですよねぇ」

「黄色い果実をとりにきてくれた子ですね」

「そうです」


 ゲイルは色以外の見分けが難しいと言うけど。

 よく見ると少し違うんだけどなあ。色味とか、顔の幅とか、尻尾の長さとか。


「彼らはなぜ、働くのですか?命じられるわけでもないのに」 

「知ってしまったんですよ、人間がくれる美味しいやつを」

「はい?」


 リヴィアのポケットには、常に缶詰入っている。中身はイワシの肉団子、ポルペッティーナ。

 ここまで二人を乗せてくれたヒッポに見せたらすいすい、と泳いで近づいてきた。

 周りの子達もじーっと見てくる。

 ただ、これは仕事をした子にしか渡さない、ということは理解しているみたい。

 無理に奪おうとはしない。


「自然では食べられない、イワシの肉団子です」


 彼らは本来、小さな魚や魚卵、稚魚を食べる。

 イワシのような早く泳ぐ魚は捕まえられないし、甲殻類を噛み砕く牙もない。


「本来ならあの子達、イワシは食べれないんです、口の構造上。歯を持ちませんから。

 でも、ある日お客様であげちゃった方がいて…その後は、頑張る子だけのご褒美です。

 ちなみに、魚卵の醤油漬けがクセになっちゃった子もいます。

 この町、というか南都の名産品でして。

 なんなら缶詰といえばこのメーカーさん一社というほど、好まれて浸透しています」

「…」

「一応、あの子達用に、ハーブとかトマトソースは入れずに、本当にただのイワシの肉団子なんですけど」


 彼の顔は、初めてみたくらい、虚を突かれたというか、未知の生き物を見る顔つきだった。


「柔らかくて、噛まなくてもしっかり味がするということで…あの、美味しいらしい、です」


 必死に言い訳のように訴えるリヴィアの姿をどう捉えたのか、彼の瞳がほんの少しだけ、柔らかく揺れた。

 人と馴れ合う海の生き物を、どう思ったのだろう。

 彼はそれ以上、言葉はなかった。でも、怒りも嘲もなく、海馬を穏やかな目で見ていた。

 それで充分だった。


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