数式の閃光
放課後の教室に、静寂が降りた。
黒板の前には二人の少年少女が立ち、机には難解な数式が書かれた紙が散乱している。
「これが今日の勝負だね」
少年、神崎颯は微笑んだ。17歳。数学オリンピック全国大会に出場経験のある天才だ。相手は同じクラスの転校生、雪村凛。彼女もまた、数学の天才として名高い。
教師は教室の隅で見守るだけ。今日の勝負は“公式や定理ではなく、閃きの勝負”――つまり、数式の応用力と論理的ひらめきを競うものだった。
「条件は簡単。1時間以内に出せる最も美しい解答を出した方が勝ち。制限はなし」
颯は深呼吸した。彼の頭の中には既に無数の公式が浮かんでいる。だが、今日はそれだけでは勝てない。凛は型破りな発想で有名だった。
紙にペンを走らせる音だけが響く。
「f(x)をこう置いて……積分変形して……」
颯は論理の迷路を組み立てる。方程式の向こう側に、勝利の光が見えるような気がした。
凛はゆっくりと紙を見つめ、ペンを持ったまま瞑想するように静止していた。
「……普通の方法じゃ面白くないでしょ」
凛の声は小さいが、教室に響く。颯はハッとした。直感的に、彼女は常識を壊す方法を考えている、と。
数分後、凛はペンを走らせた。
颯は目を見張った。彼女の解法は、定理をねじ伏せ、数列とグラフの性質を同時に利用した斬新なアプローチだった。
颯は瞬時に頭を切り替える。
「なるほど……その手があったか」
彼は今度は自分の解法を捨て、新たな閃きで勝負に挑む。黒板に数式を書き連ね、連立方程式と微分方程式を融合させた独自の手法を展開する。
教室の空気が熱を帯びる。紙の上の数式はまるで生き物のように動き、解の行方を予測できない迷宮を作り上げていた。
残り10分。颯と凛は互いの視線を交わす。
「もう時間はないね」
凛の声に緊張が走る。
最後の一手。
颯は微笑みながら、全ての変数を一つの関数に統合する大胆な手法を採用。紙の上で数式が一気に整理され、まるで光の粒が収束するように答えが導かれる。
凛も静かにペンを置いた。彼女の解法も美しい。二つの解答は異なる形だが、どちらも独自の輝きを持っている。
教師が歩み寄る。
「……どちらも素晴らしい。甲乙つけがたい」
颯と凛は目を見合わせ、思わず笑った。
「結局、勝敗はつかないか」
「数学って、勝ち負けだけじゃないもんね」
放課後の教室には、数式の閃光がまだ残っているようだった。互いの才能を認め合い、次なる挑戦を胸に秘める二人。彼らの数式バトルは、まだ始まったばかりだった。
その夜、颯は家で今日の戦いを思い返す。
「数学って……やっぱり、面白いな」
数式の世界には、勝敗だけでなく、無限の可能性が広がっている。
そして、天才たちの戦いは次の課題で再び火花を散らす――。