ミステリーには二種類ある(3)
「何をバカなことを!」
範子さんは、顔面蒼白だ。怪異を見たときよりも泡を喰っている。
「助けて、ください」
範子さんは、私とアマリ氏に救いを求めてきた。
私は首を横に振った。
「残念ながら、私も幽霊さんの言うことが事実だと思います。なぜなら、あなたは一向に彼氏の心配をしていなかったからです」
「そうだね。冴島さんはここに来るまで一言も彼氏の心配をしなかった。病院はすぐそこだというのに、気にするそぶりすらなかった。僕もおかしいとは思ったんだ」
メリーさんが言い訳をする範子さんをおしとどめて話を続ける。
「あなたの興味は謎の言葉『すみれさん』にしかなかった。だから、幽霊のすみれさんが現れたとき、納得が行って心が落ち着いたのでしょう。普通の人なら、会長みたいに仰天してひっくりかえるところなのに。そこで、私は理解しました。あなたがサイコパスだと」
「そ、そんな……」
「演技しても無駄です。範子さん、あなたはゾンビパウダーの実験台に宏隆さんを使いましたね」
びしっ、と指を突きつける。
「それってタダの当て推量じゃないですか。誰が大切な彼氏を実験台に使うの?」
「彼氏、ならね。あなたにとっては、ただの他人。ただ、あなたの色仕掛けにうまく釣られてくれた実験材料にすぎなかったのです」
「そんな、ひどい……」
そう言ったのは、すみれさんだった。涙を流している。
「ほらね。普通の人の反応はこうです。でも、あなたは頭の中でどう言い逃れようか必死で考えている。論理的すぎて、感情が働くすきがないんです。……ところで、会長はゾンビパウダーについて知っていますか?」
「あ、ああ。確かテトロドトキシンとアルカリ毒を主成分とした、他人をゾンビ化すると言われているブードゥーの秘薬だ」
「そうです。範子さん、あなたの実家はフグ料理を出していますね。フグの毒がありそうな内臓は、鍵つきのフグ毒処理容器に捨てられます。あなたにならこっそり取り出せるでしょう。そして、アルカリ毒ですが、植物の……」
「チョウセンアサガオとかイヌホオズキかな」とアマリ氏。
「そう、それです。たぶん、京大の植物園で手に入るでしょう」
「いや、そこらへんに生えているよ。僕もありかは知っている」
「……だそうです。ですが、あなたが調合したゾンビパウダーは効きすぎた。どうしてだと思います?」
「どうして?」
口走ってから、範子さんはまずったという顔をする。
「サツキさん、冷蔵庫の中を見て下さい」
「うん、さっき見たけど何もなかったよ。防疫局がすべて押収したんじゃないかな」
「ありがとう。……えーと、あたしの記憶が正しければ、範子さんが記録した中に、冷蔵庫の中身もあったと思います」
「あった!」
「その中に、ミモレットというチーズがありました。これは、原産国でダニを使って熟成させるチーズです。もちろん、輸入する際には表面からチーズダニを徹底的に取り除きます。が、何事にも完璧ということはありません。ヒロタカさんの表皮はミモレットにそっくりでした。おそらく、ゾンビパウダーによって体力が弱ったヒロタカさんは、そのダニに浸食されたのでしょう」
「あううっ、わてが宏隆さんの命を縮めてしまったのね」とすみれさん。
「ところで、さきほどヒロタカが亡くなったと言いましたが、あれは嘘です。ヒロタカさんは半分生きていて半分死んでいるというシュレーディンガーの猫状態です。ノリコの様子を見るためにちょっとシックゥをかけてみました」
「鎌をかけたと言いたいのね」
「そうそれ。ですから、彼氏の生死は不明です、スミレさん」
すみれさんは、ほっとした表情を浮かべる。
「あとは、本人の生命力と、現代医学の治療にまかせるとしましょう。あたしの忠告としては、お二人とももうヒロタカさんにかかわるのはよした方がいいと思います。ノリコは、もうバカな実験からは足を洗って、普通の生き方をしたほうがいいと思います」