ミステリーには二種類ある(2)
「全然ダメです。基本がなってません!」
メリーさん、お怒りだ。
「まず、会長。身分証の確認をしていません。探偵の基本は依頼者を疑うことです」
「は? 君は何を言ってるんだ」
メリーさんの迫力に気圧されている。
「私、こういう資格、持ってます。米国では本物の探偵です」
パカッ、と縦開きの身分証を示す。おそらく、魔界探偵の身分証だろう。
「というわけで、ここからは私が仕切らせてもらいまーす」
ノリノリである。
「まず、会長。クライアントの身分証を確認して下さい」
「はい」
範子さんが示した学生証を目視で確認する。
「声に出して!」
「理学部の冴島範子さん。確認したよ」
「では、次。スマホの操作をクライアントにまかせましたね。ひょっとしたら、その前後に重要なヒントが隠されているかもしれません。メールも含めて、全てのデータをコピーするのです!」
「いや! それはいくら何でもやめて!」
範子さんが慌てる。
「理由は?」
「彼氏と撮ったプライベートな写真もあるから……」
「では、その写真は見ないことにして。彼氏の元の顔写真が見たいのです」
範子さんは、サムネイルモードにすると、過去の写真を探る。
モニターでもはっきりと見えないが、流出したらまずそうな写真がたくさんあった。まさにバカップルである。
そして、範子さんがばっちりメイクした写真は、かなりイケていた。
「これが彼氏――宏隆さんの写真です」
学内で撮ったらしい、一人だけの写真を表示する。そんなに美形というわけではないが、そこそこ整った顔立ちの男性だった。
「会長、これを保存しておいて下さい。聞き込みで使います」
「は、はい」
「ノリコ。事件前後の写真ですが、これはあなたの家族ですね」
「はい」
「あなたは実家に帰っていた。日付を確認します」
例の危ない写真のあとの、ごく平和な家族写真を確認する。
日付は、三月末から四月初旬にかけてだ。場所は料亭だろうか。両親は調理人と仲居のようだ。フグ料理の看板も見える。
「故郷はどこです?」
「富山です」
メリーさんが、目で私に助けを求める。
「富山までだと、特急列車で二、三時間、てとこかな」
「立派なおうちですね。なぜ、彼氏を連れて行かなかったのです」
「宏隆さんが、いやがったから……」
「おかしいですね。彼氏の実家とは仲がいいのに、自分の家族には会わせない。理由は?」
「理由なんかないです。宏隆さんが、京都にいたいって言ったから、それだけのことです」
「あなた、彼氏のことは家族に言ってませんね」
「卒業してからどうなるかわからないし、まだ時期尚早だと思って」
家族のこととなると、何か歯切れが悪い。
「このあとは室内の写真ですね。彼氏の本棚には、専門書ばかりです。にもかかわらず、一ヶ所だけ違和感があります。押し入れの前のエロマンガです」
「それは私がいない間、寂しかったのだと思います。浮気されるよりはましじゃないですか」
「では、すみれというのは誰なんでしょう?」
「さあ…… 浮気相手?」
「でしょうね。でも、もし浮気相手がいたとしたら、エロマンガは隠すんじゃないでしょうか」
「隠す前に倒れた、あるいは、すでに分かれてたのかな。ははは」
範子さんは困っている。
「大体の状況はわかりました。彼氏の家に行って検証してみましょう」
「え? でも、鍵は持ってないですよ」
「だいじょーぶ。メリーはこれでもプロの探偵です!」
そこは、ごくありふれた木造モルタル塗りのアパートだった。
二階の扉には「KEEP OUT」と書かれた虎縞のテープが貼られ、京都府防疫局からの警告文が張ってある。
「えっと、何なに……」
アマリ氏が読もうとするが、メリーさんはさっさと鍵を開いてしまった。……ピッキングで。
「だいじょーぶ。ワタシ、ガイジンだから読めませーん」
……いや、読めるだろう。
扉を開くと、昔の病院のようなにおいがした。部屋の中を消毒をした残り香りだ。
「素早く確認しましょう。健康に悪そうな空気だわ」とメリーさん。勝手に換気をはじめる。
室内を見渡すが、布団がなくなっている以外は大した変化はなさそうな……
「エロマンガが、増えている!」
そこには、小山をなすエロマンガが積まれていた。
「ふっ、謎は全て解けた!」
メリーさんが勝ち誇ったように言った。
「すーみれさん、出ておいでー。こっち来たらいいことあーるよ!」
メリーさんが歌うように唱えはじめた。
唱えることみたび。
「出てこないと、ヒトガタに封じ込めて針でぶっ刺して火で炙るからね」
何も変化は起きない。
「こらワレ、なめとるとケツから手ぇ突っ込んで奥歯がたがた言わすど」
……ふすまがガタガタ揺れると、一センチほどの隙間が開いた。
「そないなおそろしいこと言わんといて。今出ていきますよって、堪忍え」
「ふぎゃっ!」
会長が尻餅をついてひっくり帰った。意外と妖異への耐性は低いようだ。
白衣姿の幽霊(?)が、ぬるっと隙間から出てきた。青白い肌をしていて、長い髪の毛で片方の目が隠れている。
「よう出てきたな、ワレ。そこ坐って、ちょっと話聞かせたれや」
メリーさん、すっかり言葉遣いが大阪のコワイ人になっている。
「はい」
しゅんとなる幽霊である。
「こほん。あなたの名前は?」
「すみれ、です」
「ではなくて、妖異としての通名は?」
「ワレメ姫です」
……それ、何かのアニメで聴いたことある。
「あなたが宏隆さんの浮気相手ですね」
「浮気…… かもしれません。私は本来、人と結ばれてはあかん身どすさかい。でも、うちは本気どした。宏隆さんに精一杯おつかえしました」
……それで精力吸われて痩せ衰えたのか。
「で、このエロマンガはその参考にするために見たの?」
「いえ。宏隆さんが買ってきてくれて読ませてくれはったんどす。うちが隙間からのぞいていたら目が合って、そんときに可愛いなあ、言うてくれはって。でもうち、恥ずかしうてよう出ていかへんかったんどす」
「そこで、エロマンガで釣られた、と」
こくり。
何のことはない、宏隆が怪異を隙間から連れ出したのだ。
「では、ここで肝心の質問です。あなたは宏隆さんを呪い殺そうとしましたか」
「そんな、うち、そんなことしてません。愛してる人には長生きしてほしいもんどす」
その言葉には、何かおびえているような雰囲気がある。
「では、ヒロタカさんが亡くなった真相を知っていますか」
……いや、亡くなったと確定したわけでは。
「そこの女がやってきて、毒をもったんどす」
すみれさんの細い指が範子さんを指さした。
われめ姫が出てきたのは『殺天使ドクロちゃん セカンド 01』ですヨ。