大裏に遊ぶ(4)
タオルを巻いたメリーさんがベッドにすわった。
私も、そちらにイスの向きを変える。
「メリーさんが帰って来れて本当によかったわ。あのあとちょっと心配してたんだから」
「私も、まさかあんな事態になるとは思ってなかったもの。ちょっと中庭で遊ぼうって思っただけなんだから。でも、あの原っぱって何だったのかしら」
「うん、私もあのあと調べてみたんだけど、『おーうら』って呼ばれる場所みたい」
私は、京都学の教科書を引っ張り出した。
「京都って、条坊制っていう真四角の区画になってるんだけど、その最小単位が一辺百二十メートルくらい。端っこから家が建って行って、真ん中は共有地として残されたんだって。で、そこに井戸があった」
「ふむふむ。都市計画、すごいね」
「で、昭和頃まではその空き地が残っていたらしいんだけど、今はみんな建物で埋もれている、てわけ」
「で、その昔の世界に行ってしまった、と?」
「うん。昔の京都は割と洪水があったらしいの。ほら、今出川通りなんかは、そこから突然湧き水で川ができたからついた名前だって」
「ひゃー!」
「昔はね、京都盆地の下には湖がある、なんて話もあってね、まあ含水層――地下水の層のことなんだけど、それをまともに取って小説にした人もいたらしいわ」
「ペルシダーか!?」
メリーさんの突っ込みは時々わからない。
「で、推理するに、あの光景は、地下鉄が走る前の京都ね。地下鉄が走ってからずいぶん地下水が減って、昔からある豆腐屋さんが井戸を掘り直したり移転した、なんて話もあるから」
「つまりノスタルジーである、と」
「それそれ。土地神か何かの霊が逢魔が時に見ていた夢みたいな物なんじゃないかな」
「なるほど。だから日本語の呪文が効いた、てわけなのね」
メリーさん、ちょっと悔しそうだ。
「で、あの呪文は何?」
「調べてみたら、四国のお遍路の笠に書いてある偈――漢詩が元みたい。お婆ちゃんが『女の子はよく道に迷うから、そういう時はこれを唱えるといい』って教えてくれたんだ」
そう。東西南北がしっかりしているはずの京都ですら私は道に迷う。北に向かっているつもりが東に向かっていたこともある。そして、地図が圧倒的に読めない。これはつらい。
「ふむふむ。後でメモにして見せてよ」
「いいよ。あ、そうそう、メリーさんの部屋、ガス通ってないでしょう」
「ガス? オー! ガス・カンパニー!」
「よかったら手続きしといてあげるよ!」
「サツキ、だーい好き!」
抱きつかれてしまった。