牛鬼記念館(4)
「どうぞ」
彼女が差し出したのは、白いレース付きのハンカチだった。そして、思いもかけない一言を口にした。
「あなたは長谷川牛鬼の関係者の方ですか」
「え?」
それは本来、私が口にすべき言葉だったのに。
「売り子をしていると、お客さんの動きがよくわかるんです。外国の方でピンクのドレス。目をひかれました」
……あいつ、目立ってたか!
後悔先に立たずだ。同人誌即売会だとまぎれるかと思ったのだが、もっと凡庸な服に着替えさせるべきだったか。
「そして、あなたがまっすぐ私のブースに来られたことで確信しました。長谷川牛鬼の関係者なのだと」
……私もミスった。カモフラージュにあちこち見て回ればよかったのだ。ただ、振り返った瞬間、方向がわからなくなっている、という危険性はあったが。
私は正直に白状した。
「関係者ではなく、ただの一ファンです。マンガで興味を持って、牛鬼記念館で話をうかがいました。新たな小説が出版社に送られてきて本になったという話もそこで聞いたのです」
「ああ、それで」
黒衣の女性は納得したようだった。
女性は、私の横に腰掛けた。
「買っていただいた本に書いてあることは、半分は創作です。まあ、どこまでが創作かはご想像におまかせしますが。牛鬼さんの彼女だったことは事実です。……ただ、どうしても納得が行かないことがあるのです。牛鬼さんがあの日、どうして自殺してしまったのか」
たぶん事故だった、とは言いにくい雰囲気だ。
「彼は私とのことを真剣に考えてくれていました。海外での結婚も視野に入れて、日本での事例もいろいろと調べてくれていたんです。マンガ家としての将来も明るいって言っていました。なのに、どうして……」
どう答えていいのかわからない質問だった。
私の横にメリーさんがすっと立った。
「それは、たずねても解答が出ない問題だと思うのです。私たちは日々、答えのない日常を送っています。理不尽だとしか思えない不幸におそわれたら、なぜあたしがこんな目に、と問う。でも、そこには答なんてないのです。そして、ただ、時間だけがそのつらさを癒してくれます」
今日の怪異は、いつになくまじめだった。それは、おそらく一世紀以上生きてきたメリーさんが得た結論なのだろう。
「ええ。そうかもしれませんね」黒衣の女性は涙を手でぬぐいながら立ち上がった。「ありがとうございます。こんな話まで聞いてもらって」
「いえ。……ハンカチ、ありがとうございます」
私は、借りていたハンカチを、使った面を内側にして返した。
そのあと私とメリーさんで即売会の会場をぶらついた。犬も歩けば棒にあたる、とはよく言ったもので、魔除けのお札の本とか、海外旅行の本、暗号の歴史なんて本を手に入れられた。ちなみにメリーさんは、編み図と魔法陣の比較研究本、ピザ占いの本、変な漢字の本、なんてのを買っていた。会長は…… 何を買っていたかは触れないでおいてあげよう。
昼食のピークをすぎた頃、私たちは勧業館のすぐそばのピザ屋に集合した。一階はジェラートショップで、二階がイタリアンのレストランになっている。かがみさんは、コスプレから普通の服に着替えていた。瑞之波姫のコスプレ衣装とウィッグはカートの中にしまってあるのだろう。
「いやー、今日も今日も収穫でしたわー」
たくさんのコスプレイヤーの名刺を名刺入れにしまっている。どうやら、こうやってネットワークを広げているらしい。
「ちょっとごめん。寧々さんからのメールだ」
題は「石園神社に入れるよ!」だった。
「今年は石園神社創立から十二巡目に入るそうで、広く一般公開をするそうです。その時に、百鬼夜行の参加者も募集するって。文化庁の肝いりだよ!」
……は? それって仮装行列!? コスプレ~!?
いやまあ、戦前の写真はそんな感じだったけど、そこまではじけちゃっていいの? 文化庁、馬鹿なの!?
さっそく貼られたリンクを開く。
そのサイトに写っていたのは、もはや儒教の影も形もないただの妖怪神社でした。
「あー、実は僕はその幹事にさせられた。京都の同人誌界ぐるみの陰謀だ。ミステリー研が事務局になる」
会長が頭を掻く。
「え、じゃ、今朝の幹事って……」
「ああ。『ワッケーロの小屋』の情報とバーターだ。もう泣くしかない。僕の平和な大学生活が……」
「事務局? というと参加者の管理とか?」
「ああ。イベントの企画までまかされている。僕にそんな企画力を求めないでほしい。しかもあと三ヶ月だぞ」
「なんでそんなことに……」と私。
「休眠文化資源の発掘とかなんとかいう公的事業だそうだ。石園神社は場所を貸すだけで、宗教行事とは別。神社側は、本殿に触れない限りはどんな造作もOK、なんなら石の撤去もOK、だそうだ。実質、体のいい丸投げじゃないか」
「面白いじゃないですか!」とかがみさん。
……いや、あんたは参加するだけでしょ。サークル外の人なんだから。
「あたしも面白いと思いまーす。不安なら、占ってあげますよ!」
メリーさんが『ピザ占い』の同人誌をアニメ柄の紙袋から取り出す。
「ああっ、そうだ、こういう時のサバエ氏だ。彼に事務局長をまかせよう!」
「ちょ、可哀想ですよ」
「普段暇な会長が適任だと思うの~」
「その企画、絶対に潰さないで下さいね。私はレイヤー仲間に情報を流しますから。てか、もう流しちゃいました」
ここに新たな祭りが始まったのだった。




