牛鬼記念館(2)
石園神社。
そこは鉄の門扉が固く閉ざされた聖域だった。
古びたコンクリート製の門柱に大理石の碑が埋め込まれていて「せきおんじんじゃ」とひらがなで彫ってある。
「あたしの勘では、ここに牛鬼の髑髏があると思うの」
……基本、誰でも呼び捨てのメリーさんなので、「牛鬼の髑髏」という妖怪がいそうな感じになっている。
「うん。強風の日だったらそういうこともあったかもしれないね」と私。
警察も私有地には勝手に踏み込めない。まして、あいては神社だ。京都には「社寺と大学には逆らったらあかん」という口承がある。まあ、最近は大学の権威がだだ下がりなのだけど。
「そうだ、寧々さんに聞いてみようか。色々とつてがありそうだし、うまく行けば中に入れるかも」
「グッド・アイディア!」
というわけで、門扉の写真とともにメールしてみた。即座に折り返しの電話がかかってきた。
「石園神社!? ようもまあそないな危ないところを見つけはったねえ」
「え? 何? そんなに危ないところなの!?」
「危ない、というか、えてのわからんとこやね」
「えて?」
「得体が知れん、性がしれんこと。確か儒教系の神社やったと思うけど…… そや、やっぱりあそこや。祀られてるのは林石園。林羅山の弟子筋の人で、二十八宿を祀った儒学者やね。本来の儒教いうんは髑髏かぶるんや、言うて変な儀式はじめて、まあ奇人変人の類やと思うわ」
「初めて聞きました」
「そやろね。とっときの裏京都情報やから」
横からメリーさんが割り込む。
「ねえねえ、裏京都情報、他には?」
「鰓の寺、とか、梅雨の井とか。……話もどすけど、『五星二十八宿神形図』の壺に入った 人が林石園にそっくりやって言われてるんよ。虚星の人、通称つぼおじ」
メールで画像が送られてくる。篆書は読めないけど絵はすぐにわかった。この人だけ酒を飲んでいるようだ。頭に髑髏を載せていたり、虎頭や牛頭だったり。女神もいる。「怪力乱神を語らず」と言われた儒教にしては怪しいことこの上ない。『西遊記』に出てきたら、みんな敵役になりそうな姿だ。そして、全員分には絵の数が足りない。
「ありがと。ついでだけど、寧々さん、石園神社の門をあけてもらうツテってないかなあ」と私。
「そやね。文化庁の知り合いにきいてみよか」
えらいところに話が飛び火しました。
翌々日の電話では、新たな裏情報が入ってきた。
石園神社は休眠宗教法人ではない。けど、本部が岐阜県に移っている。長谷川牛鬼氏の事件の時は、許可を受けた警察が鍵を開けて警察犬を連れて中に入った。けど、首は見つからなかった。固定資産税はかからないので、石園神社は昭和の末期からずっと放置してある。神社発祥の地なので売るつもりはない。年に一度、石園祭のときは扉をあけて儀式をしている。そのあとで除草剤を撒いて雑草の処理はしている。元々は今の敷地の十倍くらいはあったが、明治維新のお召し上げで大半の土地を失い今のような小さな敷地になった。などなど。
「で。ミステリー研による調査は壁にぶち当たりました」
私が話している相手は支倉かがみ。お向かいに住むネット配信者だ。今はマジカルメイルのコスプレはやめて、「瑞之波姫」のコスプレをしている。魍魎を狩る魔物ハンター的なアニメで、和装の腿の付け根まで入ったスリットが目の毒なお姉さんキャラだ。ただし、かがみさんの痩せがちな脚ではいささか色気に欠けているのだが。
「で、四年前の事件についての情報が知りたい、というのね」
「ええ」
演じるキャラがかわるとしゃべり方までかわるらしい。ちなみに、個人的には「下っ端っす~」的なしゃべり方のほうがショタっぽくて性癖にささるのだが。
「いいでしょう。支倉かがみのミスティックムーンナイト、今夜のネタは四年前のホラーマンガ家殺人事件についての謎をさぐる、で行きましょう。……で、もちろんさつきさんも出演してくれるわよね」
「……はいー!?」
出演が決定しました。
ひとしきりキャラ付けを打ち合わせする。
如月駅近くの「如月神社の巫女」という謎設定。『五星二十八宿神形図』について解説するのがメイン。
これがまた準備が大変だった。
篆書の文字を読み解いて、ネットで論文を拾って頭に刻み込み、プリンターでパネルを作る。まるで演習の発表の前日みたいだ。そして、念のために牛鬼伝説についても調べる。宇和島近辺の泳ぐアルパカ型、顔が鬼の人間型、蜘蛛のような鳥山石燕型。
午前二時半。衣装は、かがみさんの衣装部屋で借りて、髪も整えて化粧をし、謎の巫女装束になる。
午前三時の放送直前にスタジオ入りする。顔バレはいやなので、適当なベールで隠した。
例のビタースイートテイストでトロピカルな曲がかかり、生配信がはじまる。話は石園神社の謎の鉄扉から始まり、創建の由来について。ネットの地図から取ってきた上空からの写真。私が府立資料館で見つけてきた昔のお祭りの写真――これはとても面白くて、まるで百鬼夜行の風景だった。そしてメインとなる『五星二十八宿神形図』の解説。色んな人が描いていて、江戸時代にブームになったという話。二十四宿までは画像がみつけたが、残りは調査中とのお詫びも入れた。
熱が入りすぎた。いやはや、突っ込みどころ満載の図像なのだ。鬼宿と女宿の絵が入れ替わっているようだったり、半分竜みたいな神さんがいたり。半裸のハリセンおじさんまでいる。
時間がなさそうなので、話を牛鬼記念館の探訪記へと持って行く。
「現地に行ってみたら、マンガ家さんの記念館だったんです。私も驚いたのですが、その方が四年前に亡くなっていて、その首がいまだに見つかっていないって言うんですよ」
「ひえー、首が、ですか」
「ええ。事件当日は暴風雨だったそうで、目撃者もなし。ただ、首が刎ねられたとしても、室内でなかったのは、絶対に確実だそうです。つまり、マンションのどこかから地面に落下するまでの間に、首が胴から離れたわけです。警察は、途中のワイヤーが原因だろうと判断しています」
タイマーでセットされたテーマ曲が流れ始めた。
「おっと、時間です。こよいはこれまでにいたしとうございます。巫女様、今日はわざわざおこしいただき、ありがとうございました」
いえーい! とハイタッチしてくる。
「あ、はい!」
タイミングがずれてかがみさんが抱きついてきた。
……えと、あの、私そっちの気は、ない、んですけど。
二人でもつれあっている内に配信はおわった。
「はあはあ……」
かがみさんの息が荒い。
と、思ったら寝息だった。緊張の糸が切れたらしい。
私はその黒髪をしばしなでると、そっとソファーに寝かしたのだった。
最後の最後で、いけない世界に入りかけた私でした。
鰓の寺……中島らもの『今夜、すべてのバーで』より。




