大裏に遊ぶ(2)
夕方。逢魔が時。
『リサイクルショップもものき』の連中が現れた。
先頭にいたベッドは、エレベーターに乗れなくて配達の鬼に押したり引いたりされて階段を使っての登場である。
その間に、手足のついた洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、といった連中は、エレベーターで先にメリーさんの部屋に行き、各自勝手に居場所へと鎮座する。
まさに百鬼夜行である。
「百の鬼、と書いて『もものき』、なのね」
器物が自分で歩いてくるのだから、そりゃ「配送無料」にもなりますよね。
ちなみに、今では百鬼夜行の正体は大集団の盗賊団だったのではないか、という説が有力である。
盗賊も、一心不乱に祈るような尊い坊さんからは物を盗まなかったのだろう。いや、そもそも盗めるような持ち物がなかったのか。
平安時代は、今のような街灯もなく、夜は月明かりと星明かりのみ、蔵を押し破って盗んだ品を頭上にかかげた大集団には、誰も出会いたくないだろう。そして、蔵にしまってある古器物を盗まれたところで、貴族たちは生活に困らないのだ。あるいは、本当のところは借金の形の差し押さえだったのかもしれない。
「がるるるるー!」
「落ち着いて。自分で買ったんでしょ。今壊したりしたら、リサイクル家電のゴミ代の方が高くつくよ!」
私は今にも噛みつきそうなメリーさんをはがいじめにして、廊下から搬入の様子をうかがう。
「ありがとうございましたー!」
鬼たちが帰ると、空っぽだったワンルームの部屋は、いい感じに整っていた。
壁には山羊の頭がついた五芒星形の飾りがつき、台所には漆塗りの角盥が……
「あんた、何買ったのよ。これ、何に使うの?」
「えっ? パンをこねるためだよ? 予想外に大きかったけど、まあ、二人分の生地を練るには十分かな」
「で、この石臼は?」
「小麦粉を引くためだよ」
「返品しましょう! 日本では、小麦粉は粉末でしか売ってない!」
「はわわわ。じゃ、あこがれの蕎麦打ちは?」
「あれは旅行先で体験するから楽しいの!」
私は慌てて廊下に出た。
鬼たちはいない。
遅刻したトースターと扇風機が恥ずかしそうに横を通っていく。デザインが完璧に七十年代だ。二つの器物は「なんせ私ら、年寄りでっから」とつぶやいていた。
「いいなあ、角部屋」
メリーさんの部屋はマンションの一番奥にあった。
京都は「鰻の寝床」と言われるとおり、建物が総じて通り側より奥が長い。
つまり必然的に静かな角部屋となるのは一番奥の部屋なのだ。
「ふーん、裏っ側はこうなってるんだ」
「え? そんな変わったとこないよ-」
「いいじゃん。草っ原があって、廃屋があって、井戸もある、って」
メリーさんが慌てて飛び出してきた。
「うっそー! ここ、ビルの壁だったのに!」
泡食ってるようだ、
「ほら、見てみ」
「まーことにー!」
昔のご当地アイドルみたいなくせのあるしゃべり方をしている。
余談だが、今日の服はカジュアルな白と黒のワンピースだ。
くんくん、と空気を嗅ぐ。
「違う、これ、怪異だ!」
「冗談。こんなにいい景色を見せてくれる怪異なんていないよ!」
「でも、だって、ほら、車の音がしないじゃない」
言われてみればそうだった。
姫路の田舎の実家と同じ空気感がする。あそこは死ぬほど車が通らないのだ。
「じゃ、あの井戸とかは?」
「多分…… 異世界?」
「じゃ、その向こうに見えるビルは?」
「うーん、現実世界?」
「つまり、そこの草っ原だけは異空間だってこと?」
「……おそらく」
私は、キツネ窓を作ってそこから外の景色をのぞく。
両手でコンコンさんを作ってキスさせてから、互い違いにして耳どうしを組み合わせて狭め、その間の四角形をのぞくのだ。諸説あるが、私はお婆ちゃんにならったこのやり方をしている。
「何、何? ジャパニーズマジック? シュイン?」
「ちょ、おま、何を…… あ、手印のことか」
何も見えない。そもそもキツネ窓にどれだけの効果があるのかを私は知らない。ただ、謎の拡大効果があるのは事実だ。ちなみに、ジャンケンの手が読めるという手の組み合わせ方もあるが、これでも謎の拡大効果は得られる。
「ねえ、あそこに行ってみようよ!」
メリーさんが、ワクワクが止まらないという感じだ。
「うーん。そうね。怪異のあなたがいたら大丈夫かな」
……盛大なる勘違いでした。
マンションの裏側に行くと、そこにはいつの物とも知れない蔵が建っていた。
大きな双頭の竜の錠前がついている。
横を見ると何ヶ国語かで警告の看板が書かれていた。
要約すると、「ここでバーベキューをするな、音楽かけるな、騒ぐな、隣りの敷地に入るな」という警告だ。
なるほど、奥のトタン塀には扉があって、そこにも南京錠がついている。
「天皇地皇、陰陽調順、五行旋転、万化霊錠、急急如律令!」
メリーさんが、何か唱えた。すると、南京錠が錆びた鉄の塊のようにぼとりと落ちた。
「……それ、陰陽道?」
「てへっ。猿真似が功を奏した、て感じです。さ、行こっ!」
メリーさんは警告には構わずトタン製の扉を開く。
……これが塗炭の苦しみの始まりであった、なんてことにならなきゃいいのだけど。
そこは、ただのだだっ広い草むらだった。
「春の草、踏み分け進めいざ進め~♪」
なんか歌っている。
しかし、足元の靴下はひっつき虫だらけだぞ!
そして、原っぱの中心に到着する。
廃屋と井戸。
これで幽霊が井戸から出てきたら完璧だよ……
と、思ったら、やっぱり何か出てきました。
「まーことにー!」と言えば加茂川マコト。
「春の草」の歌は、現世には存在しません。