大裏に遊ぶ(1)
京都広域大学。その事務局は四条河原町上ルのビルの中にある。
うちからは徒歩十分くらい。信号が邪魔をしても十五分くらいだ。
ハンバーガーチェーンで朝ご飯(というのもよく考えてみれば変な表現だ)にした後、私はメリーさんを事務局に連れてきた。ここなら、メリーさんの身元確認ができると思ったからだ。
「こんにちは。アメリカからの留学生、メリー・ウィンチェスターでぇす」
「こんにちは。どういうご用件かしら」
「転入の書類をモテキタでーす」
ちょっとなまっている。完璧に外国人アドバンテージを理解してやがる!
「身分証を見せて下さい。推薦状とパスポートね。メリー・ウィンチェスターさん、確認できました。今、学生証をお作りしますね」
……え? ミスカトニック大学からの推薦状? それでいいの?
チラ見した書類でずっこける。
日本の学制ってガバガバじゃん!
「そちらの方は?」
「あ、付き添いできました。一回生です」
「ご苦労様。困ったことがあったら、何でも言ってね」
にっこりする受付のおねえさん。
渡りに船だ。私はその言葉に甘えることにした。
「この子、日本に来たばかりで、住むところがないんです。なんとかしてあげられませんか?」
「そうねえ。……ちょっと学生証を見せて。あなたの」
窓口のお姉さんは、私の学生証をリーダーの上に置く。そして、パソコンをちょっちょっと操作する。
「あなたの家のお隣りがちょうど空いてますね。そこでいいですか?」
「はい!」
メリーさんが食いつきぎみに答える。
「では、予約入れておきますね。一階の不動産屋さんで手続きして下さいね」
……厄介払いしようと思ったのに、やぶ蛇だった! これなら、自分の脚で京都中を探させた方がましだ!
と、いうわけで、メリーさんはうちのお隣りさんになりました。
「とんとんとんがらりんの隣り組~♪ 格子をあければ顔なじみ~。まわしてあげましょ回覧板♪ ららーらららら、ららららら♪」
変な歌を歌いながらマンションの廊下を歩く。
「はーい、それじゃまた後でね」
完璧なお友達ムーブである。
「うん、また後でね」
ノーと言えない日本人の私だった。
さて、今日の授業は……
語学だ。これはネット受講でいいか。
ノックの音がした。
「どなた?」
「私、メリーさん。今、扉の前にいるの」
「はいはい。勝手に入って」
「入りましたー」
怪異に鍵がきかないことは昨日のクマさん引っ越し社(?)の件でわかっている。まして、相手は「自称
・メリーさん」だ。入れない家などあるはずもない。
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
私は振り返らずに勘だけで後ろに手を伸ばした。
柔らかい――ブラの堅さのない柔らかい丘がてのひらにフィットする。
……このとっぷりとした脂肪の塊に版下の絵の具をつけて皿に下ろしたら印刷ができそう。
「きゃん♡ えっちー」
可愛い悲鳴が上がる。
「黙って人の背後をとらないの。暗殺屋なら撃たれるよ」
「だって、これは仕様だもの。しょうがないよ」
疲れたSEのようなギャグが返ってきた。
そしてご自慢の双丘を頭に乗せてくる。なんかうざい。
ネットの授業が始まった。
「あ、出席したかったら学生証をスキャナーに置いてね」
大学から貸与されたスキャナーに後ろからカードが重なる。
このスキャナーさえパソコンにつなげば、どこでも授業はうけらる。ネットがつながれば、旅行先のどこかでも、出席数はかせげるのだ。ただ、背景からどこにいるのかはバレバレだけど。ちなみに、スマホでも接続がは可能だが、板書や電子データのレジメが読みにくいのでおすすめはしない。
「で、何の授業?」
「中国語」
「オー・マイ・ガッ! ワタシ中国語シャベレマース!」
「いや、テキスト見てわからんのかーい!」
「ワタシ漢字ヨメマセーン!」
というわけで、「マーマーマーマー」の四声から始まる初級中文の授業が始まった。
「初出席、おめでとう」
「オーウ! 単位とれましたー!」
「いや、それ違うし。単位は一年間頑張って試験も通ればやっととれるの」
「アイヤー!」
扇子があればおでこを叩いているところだ。
「で、履修する科目は決まった?」
「?」
「自分が受けたい授業のこと。……資料、もらったでしょ。教科書も買わなくちゃならないし、今週で授業紹介みたいなのは終るから、早く決めないと留年しちゃうよ」
「そうなんよ。それで相談に来たのよ。日本語よくわからない。靴の修理かと思った」
……漢字、読めとるやないかーい!
というわけで、履修相談もしてあげる。
「あ、次の授業の時間だ!」
「次は何?」
「日本文学。『御伽草子』とかやるみたいよ」
「オトギバナシ、イイネ!」
……いちじるしく勘違いしていたらしいメリーさんは、いきなりの古文書読解に涙を流すのだった。
昼ご飯の時間になった。
「メリーさん、買い物に行こうか」
「はい! 行くー!」
「メリーさんは、自炊とか……自分で料理する?」
「はい。ジャッカロープのシチューは得意だよ!」
「?」
「ジャッカロープの狩猟免許はちゃんと持ってるよ!」
……アメリカでは、自分で獲って調理するものらしい。まあ、ウィンチェスター一族だから、銃の扱いは慣れているのだろうが。
近くのスーパーマーケットへと案内する。
「オーマイガッ! きれいな果物がいっぱい。傷一つない!」
「肉が細切れ! なんで大きな塊がないの! 値段、高い!」
「鹿肉は? 日本人、鹿食べないの?」
「魚が細切れ! 元の形がわからない! 撒き餌か!」
「ロブスター、どこ? ねえロブスターは?」
……いろいろと騒がしい。みんな一度は振り返るが、「あ、外国人か」と思うとじろじろと見たりはしない。
「今日の所は、寿司にしとく?」
「はいはい、了解です。寿司、好き!」
パック寿司にテンションがあがる。
……なんと安上がりな!
メリーさんは、家族用の丸くて大きな寿司パックに手をのばした。
高くつきました。
昼食後の授業は英語とコンピューター概論だった。メリーさんはこれはパス。英語はもちろんペラペラだし、コンピューター関係もミスカトニック大学で履修済みなのだそうだ。
「もっと面白い授業はないのかなぁ。心理学とか、魔術とか」
「えっと、魔法学の修士をとって、魔界探偵のライセンスも持ってるって言ってたよね」
「うん、趣味と実益を兼ねて。でも、日本の魔術についてはさっぱりわからない。オンミョードーとかシュゲンドーとか学んでみたい!」
……マニアか!
そして。
英語の授業は前回の再放送でした。
……この先生、絶対、去年の録画使い回してるわ。
二時間弱の時間が空いた。
「そうだ、メリーさんの部屋って今どうなってるの?」
「何もないよ、空っぽ」
「荷物は?」
「コインロッカーにあずけてる」
「というと、家具が必要ね。クマさん引っ越し社に頼む、となんか呪われた家具とか持ってきそうだし…… 夷川通りって家具屋の通りがあるけど、行ってみる?」
「行く、行く!」
……予算が合わずに爆沈しました。
というわけで、部屋に戻る。
ちょっと目を離していると、メリーさんが勝手にパソコンをいじっていた。
「見て見て! ここ、リサイクルショップ!」
『リサイクルショップもものき』。京都市伏見区にあるお店だ。「夜間配送、大歓迎! 市内配送無料!」と書いてある。
「いいんじゃない? あ、めちゃ安! デスクとイスで五百円!? ベッドも五百円!? 何これ!」
量販店で安い家具を買った自分がバカみたいだ。
「新古品の洗濯機に乾燥機、安っっっ! 九十八年の中国製、なら仕方ないわ。倒産品のお布団に……」
ご一緒にソバ殻入り枕もいかがですか、とか炊飯器もいかがですか、なんて表示も出てくる。買わせる気まんまんだ。
「ここ、いいわね」
メリーさんも、どんどんポチって行く。
「で、住所と名前を入力して……」
そして、ヤツらが来ました。
『隣組』の歌詞はもちろんメリーさんのうろ覚えです。著作権切れの歌曲です。