カンパリ入道(1)
部室での例会。アマリ会長が唐突に切り出した。
「うちの先輩が木屋町でバーをやっているらしいんだ。そこに行ってみないか」
「うちの、という事はミステリー研究会ですか?」私。
「ああ。工学部出身のエリートだ」
「で、バーをやってるんですか?」
「うん。卒業後何年かは京都の電機メーカーで働いていたらしいんだが、早期リタイアしてバーのマスターをしている」
「その人とはあまり親しくない、ということ?」メリーさんが推理する。
「そして、そこからの葉書に誘われた、という事ですね」
澪さんが、会長の机に置かれた葉書を指で示した。
「さすがだ。二人とも、陸軍中野学校に入ってくれ」
会長のギャグはよくわからない。
「軍帽、カバン、湯飲み茶碗、煙草」とメリーさんが返す。
高度にマニアックでオタッキーな会話がなされているに違いない。
「よし、今から行こう。軍資金は残り少ないが、まあ、この葉書があれば五十パーセント引きだ。何とかなるだろう」
会長が金庫から例の封筒を取り出した。
そこは、古い木造建築の四階にあった。階段の傾斜はさほどきつくないものの、二軒目、三軒目をめざすサラリーマンにはきつそうな店だ。
「カンパリ入道…… ここか」
古びた看板には、禿げ上がったマスターがシェイカーを振っている絵が描いてあった。
扉を開けると、そこは映画に出てくるようなオーセンティックバーだった。壁に並んだボトルの数が半端ない。
「いらっしゃいませ」
蝶ネクタイをしたマスターがカウンターの中から挨拶した。看板の似顔絵にそっくりた。
「こんばんは。ミステリー研究会の者です」
会長が葉書を見せる。
「おおっ、それは嬉しい! ようこそ、後輩諸君!」
マスターは、カウンター席をすすめる。
開店時間直後で、他に客はいない。カウンター席に横一列に並ぶ。
「さて、クイズです。正解したら、チャージオフになります。……この店では卵料理や卵を使ったカクテルを出すことがあります。しかし、卵はある鳥にあずけているのです。さて、何と言う鳥でしょう」
唐突にクイズが始まった。
「うぐいす?」と澪さん。
「ほとんど正解です。回答権はあと三回です」
「ナイチンゲール?」と会長。
「うーん、それは国が違います」
「うしにょろ!」とメリーさん。
「は?」とマスター。
「イタリア語でうぐいす。ここの看板にはカンパリとあったから、正解はイタリア語なの。だからうしにょろ~」
「……正解です。初来店のお客様で当てたのはあなた方がはじめてですよ! さすがはミステリー研だ」
マスターは、注文をとりはじめる。
私は無難にシンデレラを頼む。ノンアルのカクテルだ。これがシャーリーテンプルだったりすると、解釈違いでアルコール入のカクテルが出てくるかもしれない。
マスターが酒をつくっている間に、私は澪さんにたずねた。
「どうして『うぐいす』って言ったんです?」
「だって、『がんばり入道ほととぎす』って言うでしょ。ほととぎすが卵をあずけるのはうぐいす、よね」
……どうやら、高度にマニアックな店に入ってしまったらしい。
「で、がんばり入道ほととぎす、て何です?」
「うん、それは僕も聞きたいな」と会長。
「えっと、正確には覚えていないので、そのあたりはマスターに説明していただいたらいかがいでしょう」
澪さんは、赤面して口ごもった。
「ええ。仰せの通り、うちの店名はがんばり入道という妖怪からとっています。江戸時代にいたとされる妖怪の名前なんですよ。厠に出るという妖怪でしてね。大晦日に厠で『がんばりにゅうどうほととぎす』と三回唱えると、人間の生首が落ちてくる、これを拾って灯りにかざして見ると、なんと! 金塊に変っていたっていうのですね」
マスターは、声をひそめる。
「でね、私、実際にその頑張り入道に会ったことあるんですよ」