天使宮の宴(3)
数日後、「例の病院」に行く日が決まった。
集合場所は立華女子大近くのまん丸鯛焼きのお店だ。古民家を改造した、オシャレな造りになっている。
私とメリーさん、澪さんがほぼ同時につく。
もちろんお財布役の会長にも集合場所と時間は知らせてある。
少し遅れて登場したのは寧々さんだった。
「ごめんなさい、遅くなりました」
現代でも「紙一重遅れてくる」という京都の風習を守っているのだろう。
あ、会長からのメールだ……
「遅刻しそうなので、病院の前で落ち合いましょう」
……あ、やっぱり。
というわけで、女子チームはおいしいまん丸鯛焼きを挽きたてコーヒーと共にいただいたのでした。
鯛焼きのお店から歩いて約十五分。
五条通りに沿った目立つ場所に目的の病院はあった。
「拈華会病院…… こりゃまた仏教的な病院名だなあ」
先についていた会長が、ビルを見上げつつつぶやく。
「どうして?」とメリーさん。
「仏教に『拈華微笑』という言葉があってだな。お説法の壇についたお釈迦さんが花を持って示したんだ。それを見て唯一理解したのが弟子の摩訶迦葉で、にっこりと笑った、という故事があるんだ。まあ、以心伝心のたとえなんだが」
「それはおかしいの。お釈迦さんの古くからの弟子はみんな神通力があったから、テレパシーでわかったはずなの」
メリーさんは辛辣である。
「子猫を示した方がわかりやすかったのかもしれませんね」と寧々さん。
……想像すると、ほっこりした。
「さて、中に入りますか」と会長。
玄関の案内板の前に立ち止まり、そこに記されたマークを見る。
大天使教のロゴとは少し変えてあった。十字架の先が丸まっていてトランプのクラブのようにも見える。いや、これは蓮の華の形だ。鐘の形も、お寺の梵鐘のように見える。
「Misericordia est pax aeterna」という標語も旗になって描かれている。
「ミゼリコルディア・エスト・パックス・エテルナ」
「エターナ」
メリーさんがアマリ氏の発音を訂正する。
「どういう意味?」と私。
「慈悲心は涅槃寂静、といった意味でーす」
「う、うむ。さすがは文学部生だな」感心する会長。
「えっへん」鼻高々のメリーさんだ。
ロビーに入る。ごく普通の総合病院のようだ。ホテルのロビーのように、天井が高い。カテドラルの内部を模しているのだろうか。
メリーさんは、つかつかと「面会」のカウンターに進む。
そして、受付の女性に言った。
「あまつか・みねさんに面会したいのでーす」
「はい。あまつかみねさんですね。あまつかみねさん? え? ちょっとお待ちください」
受付の女性は、慌てて奥に駆け込んでいった。
「病院長の倉田と申します。どのようなご用件なのでしょう」
応接室に通された私たちは、直々に院長と話すことになった。院長は、警戒心丸出しだ。
そりゃそうだろう。いきなり教祖の居場所へわけのわからない連中が面会に来たのだから、怪しまないわけがない。
「主目的は人捜しでーす。でも、みねお婆ちゃんともお話したいのでーす」
メリーさん、怖いものなしだ。
「というと、あまつかさんのご親戚の方でしょうか」
「いいえ。でも、今日の面会は予約されていると思うの。ずっとずっと昔から」
「え?」と医院長。
しかし、もっと驚いたのは私たちだった。面会予約がとれるとは思わなかったからだ
「今、お調べします」
医院長は席をはずすと、横の院長室に入り、古い和綴じ本を手にして戻ってきた。しきりにスマホとつきあわせている。暦のデータか何かを見ているのだろう。
「今日の干支は…… たっ、確かにっ、今日の日付です。予言されていました。これは失礼しまた」
メリーさん、にっこりする。
「でも、みねお婆ちゃんとの面会の前に、山口周三さんという人が入院しているかどうかを教えてほしいの。ホスピスも含めて」
「ははっ」
院長は、ぶるぶると震えると、隅に控えた事務員の女性に指示を出した。
残念ながら、山口周三さんの入院は確認できなかった。
落ち込む寧々さん。
私たちは、院長直々の案内で、事務室の奥にある職員用エレベーターに向かった。
「予約、とってたんだ」
「うん。ちょっとチート。神様にお願いしたの」
「神様?」
「自称十六歳の小生意気な金星人」
……あ、なるほどね。
屋上には、パルテノン神殿のような建物が建っていた。周囲は天使像を適当にあしらった庭園になっている。
「みね様は、ご高齢なので、すぐにお疲れになるかもしれません。ご心労をおかけするような話は、お控えいただくと助かります」
「うん、わかったのー」
院長は、メリーさんを天界からの使者か何かと思っているようだ。低姿勢でお願いする。
……あー、違うんです。さっきまん丸鯛焼きをほおばってた、ただの怪異なんですー。
神殿の内部に入ると、奥から嗅ぎ慣れた匂いがしてきた。
飲食店街でよく嗅ぐあのにおいだ。
「焼き鳥じゃないか!」
会長がつぶやいた。
そう、それはまさしく焼き鳥の香りだった。