来る~、きっと来る~(2)
「知りたい? たぶん言っても信じてはもらえないと思うけど」
「言ってみて。信じるか信じないかは私次第だから」
「あなたのお婆ちゃん」
……冗談がきつかった。
祖母は、二月の受験の日の翌日に病院で亡くなった。今のマンションを決めたのは合格通知が届いた当日。早い者勝ちの学生向けマンションの選定で、たまたまキャンセルが出て借りることが出来たのだ。その費用も学費も、お婆ちゃんが亡くなる前に送ってくれた現金でまかなった。どこか霊能力があるような不思議なお婆ちゃんだったけど、さすがに死ぬ前はボケていたし、さすがに住所までは予知できないよね。
「あ、今、オレオレ詐欺的な話と思ったでしょう。私はね、人じゃない『怪異』だから、霊の声も聞こえちゃったりするんだな、これが」
メリーさん、あっけらかんとしている。
「メリーさん、日本語上手だね」
「うん。日本生れ日本育ちだよ。でも、この二十年はアメリカで暮らしてた」
「ふーん。……て、二十年!?」
「元々は霧島マナさんの人形だったの。ま、信じるか信じないかはどうでもいいけど」
「うん。話半分にきいとくから、気ままに話して」
「あれは大正年間だったかな。日本で大きな震災があって、日本に私が贈られの、人形時代の。それを受け取ったのがあなたのひいお婆さんのウシさん。その後、戦争があって、疎開で田舎に行ったときにお米と引き換えにされて、その頃に意識が芽生えて…… て、人がまじめに話してるのに、スマホいじってないでちゃんと聴きなさいよ」
「はいはい。聴いてますよ」
私は、心の中で妄想症という診断名をつける。
……この子は可哀想な子なんだ、だから話につきあってあげよう。
「で、万国博覧会の年にアメリカのウィンチェスター一族の一人が骨董屋で見つけて持って帰ったってわけ。あ、吹田のエキスポ博の時ね。で、ミスカトニック大学で魔法学の修士をとって、魔界探偵のライセンスもとって、日本に留学したというわけよ」
「あー、ミスカトニック大学、マサチューセッツ州アーカム市にあるっていう、あの……」
「そうそう、知ってる?」
マジで嬉しそうだ。でも、あれはクトゥルフ神話の中で作り上げられた架空の大学なんだよね。
「アーカム市は、とってもいい所だよ。昔のヨーロッパみたいな石造りの町で。あ、そこだね」
気がつくと、私が住むマンションの真ん前についていた。
こんな真夜中に、大きなトラックが横付けされている。可愛いクマのマークがついたトラックだ。
そのトラックからクマの着ぐるみを着た運転手が降りてきた。
「おそれいります。メリー・ウィンチェスターさんですね」
なんかなまりのある日本語だ。そして、かなりケモノくさい。
「ハーイ! ドブリィ・ヴェーチェル!」
「こんばんは。ご依頼の件が片付きました。作業完了の確認をお願いできますか」
手にはクリップボードを持っている。
「OKだよ!」
……私の部屋なんだけどなー
エレベーターで四回にのぼる。
……そういえば、部屋を出るとき無意識に鍵をかけていたけど、よく中に入れたわね。
見慣れた我が家である。
中に入るとやたらときついアルコール臭がした。そして、ベッドとふとんが別物になっていた。ファンシーな飾り板がついた大きめのベッドだ。
「おっと失礼。下をご確認下さい」
クマの従業員は、ベッドを斜めに持ち上げる。
床はきれいに磨かれていて、血の惨劇の痕跡は微塵もなかった。ただ、日本刀の切っ先がつけた床の鋭角三角形の傷跡はしっかりと残っていた。
「これはちょっと修復が難しくて…… 退去の際にお知らせいただければアフターサービスいたします」
クマさんは、メリーさんに名刺を差し出す。
「実は、家主はこちらの方なのよね。私は始末しただけで」
「これは失礼しました」
クマの人は私に名刺を差し出す。
「で、お掃除の代金はどのようになりました」
「えっと、新鮮なお肉をいただきましたので、これをさし引きまして……」
……そうか。クマは肉食だものね。
「よろしければ、あの日本刀と引き換えで差し引きゼロということでいかがでしょう。今時、魔物殺しの刀というのはなかなかの貴重品なのです」
「うーん…… そうね。あれ持ってると警官にからまれるのよね。わかったわ。それで手を打ちます!」
……勝手に商談が進んでいた。
「ではこちらにサインをお願いします」
クマは何かを筆記体で書き付けると、私にクリップボードとボールペンを差し出してきた。
どう見てもクマだった。
立派な紅焼熊掌が作れそうなクマの掌だった。
私はよくわからないキリル文字の書類にサインした。これが自白調書だったりしたら完璧に冤罪におとしいれられるパターンだ。
「スパシーバ、ベストルーチン!」
「ベストルーチン!」
クマの引越センター(?)の人(?)はケースに入った刀を手にすると礼儀正しく一礼して去って行った。
「ふう。一件落着。……さーて。ここで寝ますか」
メリーさんは真新しいベッドをぽんぽんと叩いた。
「はわわわ」
「まさか、命の恩人をこの寒空に放り出したりはしないわよね」
「もちろんです」
私は涙目になりつつ、このヤバい怪異に返事した。