京都グルメガイド(1)
ミステリー研究会に行くと、アマリ会長がうれしそうに迎えてくれた。
「これでメンツがそろったな」
澪さんが部屋の隅で本を読んでいる。ということは、巽合同宿舎の関係者だけに話したいことがあるのだろう。
「さっき、本部構内で飛鳥井教授と会ってな。謝礼を渡された」
「かたじけない!」
メリーさんがどこかで覚えただろう微妙に間違えた言葉で返事する。
「それは、うれしいですね」と私。
「でだ。謝礼の件はミステリー研内部にもあまり広めないでほしい、できるなら今年中に、飲食にでも使って使い切ってほしい、とのことだ」
「というと、口止め料ということですか」
「まあ、そういうことだ」
確かに、公務員宿舎の脇の甘さが世間に知られることは望ましいことではない。
「はい、話はこれでおしまい。さて、どこに食べに行こう」
「謝礼はいくらなんですか?」
会長は、手元の封筒からお札の束を取り出し扇形に広げて見せた。
「豪儀ですねー!」とメリーさん。
「というわけで、あとはサバエ君にでもまかせて、我々は京都グルメツアーと行こうじゃないか」
会長が、にやりと笑った。
まず、私たちは行き先の検討からはじめることにした。
「はいはーい! こういうこともあろうかと、『京都グルメガイド』を入手しておきました~」
メリーさんが、カバンからB5サイズの本を取り出す。
「あ、さっき買ってた本だ!」
私たちはミステリー研に来る前に百万遍のお寺で古本市を見てきたところなのだ。
「でも、この本、ちょっと古すぎない?」
「だいじょーぶ。名店はなかなかつぶれないのでーす」
「……フーターズは潰れたけどね」
「あううっ。あそこは時代について行けなかったの。それに、日本にもまだあるの~」
「タワーレコードみたいになりそう」
「ドーナツ盤の時代は終ったの」
「ローソンとかミスタードーナツとか……」
「日本人は古い物を残すのが好きなの!」
と、いうわけで、初日はインカ料理の「森繁」に行くことにした。
四条木屋町下ル。風俗店なんかもあって、ちょっと女子だけでは入りにくい場所だ。そこに「森繁」はあった。
「インカ料理かあ。チチャ、飲めるかな。パチャマンカあるかな。リャンマラリャンマリャンマー♪」
メリーさんは、のりのりで変な歌を歌っている。
「少し早く来すぎてしまったな。そこのペコちゃんカフェにでも入ってみるか」
はい、ここの本業はレストランです。しかも、洋菓子店の二階です。女子三人にケーキを前に「おあずけ」という過酷な試練が課されました。こんなことなら新京極のカフェかどこかに……
「注文でーす。このパフェ一つお願いしまーす!」
……一人、場の空気を読めないアメリカンな女子がいました。
というわけで、時間を潰すはずがおやつタイムになった。
腹ごなしに四条河原町近辺を散策する。小路に入って「居酒屋たつみ」という有名居酒屋があるあたりに迷い込んだ。いろんな店があって、いくら歩いても見飽きることがない。これで、無限の胃袋と無限の資金があれば、いくらでもグルメ活動ができるのだが……
細かい通りをぬけようと、新京極に向かう。
「忍者レストランだってー。かっこいいー」
いかにも外国人受けしそうな店だ。
「ロンドン焼きだよ~ ショートブレッドとかスコーンじゃないんだ!」
メリーさんは目をきらめかせている。
腹ごなしの旅は続く。
「これが有名な、『鳥居が小道の両側の建物の二階に突き刺さった場所』だ。錦天満宮の鳥居で、明治時代の区画整備の際、鳥居の幅を考えずに道路幅を決めたのが原因だと言われている。ちなみに、二階の店ではよくお賽銭が鳥居に置かれているそうだ」
アマリ氏の解説が冴えわたる。
「ろっくん広場だ。昔はとても汚なかったらしい。昔はこの北側に『京都ピカデリー』、少し進むと『菊映』という映画館があったそうだ。今は映画館といっても『MOVIX 京都』があるくらいだな。あとは、京都文化博物館で昔の映画を上映していたり、新風館の地下にミニシアターがあったりするくらいだ」
少し歩く。
「ここが牛肉の『三嶋亭』だ。高級すきやき店で、僕も入ったことはない。今日の軍資金があってもちょっと無理だ。一生行くことがあるかどうかすら不安だ」
「ここを西に行くと『ギア専用劇場』がある。『劇団四季』みたいに専用劇場があるんだ」
「ここを北上すると本能寺がある。いい古本屋があったりする。書道をたしなむなら文房具店の鳩居堂は覚えておいた方がいいだろう。由緒正しい名店だ。……せっかくだ、本能寺も見ていこう」
本堂の前の巨大イチョウがきれいだった。天明の大火にも、幕末のどんどん焼けにも生き延びたイチョウだ。参拝を終えてから宝物館で刀や掛け軸を見る。マンションと見間違えるコンクリート製の建物なので、ちょっとびっくりした。
そろそろ歩き疲れてきた頃合い。スマホの時間を見ると、そろそろ『森繁』が開く時間だ。
「会長、そろそろ戻らないと……」
「うむ、そうだな。あー、霧島君、そっちじゃない。こっちだ」
「すみません」
私は方向音痴なのだ。スマホを見てすら方向を間違えるほどの。
かくして、私たちは一路、寺町通りを南下した。
「この角にサイゼリヤがある。ここのイタリアンは、イタリア人も感動する本場の味で、安くて庶民の味方だ。その上にある三高会館が、京大の元になった第三高等学校の同窓会事務所だ。京都の噂では、三高同窓生の最後の一人が莫大な遺産を引き継ぐらしい」
「今、同窓生は何人くらいいるんでしょうね」
澪さんが質問する。
「わからん。が、おそらく行方不明者もいるだろうから、その人が百二十歳くらいになったら自然解散になるんじゃないだろうか」
「ちょっと待った~ 三高同窓会は二千十二年に解散してまーす。財産は京都大学に移されていまーす」
スマホをいじっていたメリーさんが的確に突っ込む。
「そうか。そんな昔に……」
くやしそうなアマリ氏だった。
横断歩道をわたり、「御旅所」で古い建物と神像を拝見、左手に向かう。通りの先に山が見えるのが新鮮だ。
そのまま小川にかかった橋のあるところへつく。手前で右に曲がったところがインカ料理のお店だ。
「四人ですけど、行けますか?」
予約をしていない、のんきなアマリ氏である。
「はい、どうぞ」
女将さんに四人がけの席に案内される。
メニューを見る。
けっこうお高めの店だ。例の謝礼金がなければ学生には入りづらいお店だ。
「コンドル!? 絶滅危惧種なのに!?」とメリーさん。
「……をイメージした鶏料理だな。まあ、さすがにコンドルは喰えないだろう」
「アルパカとかないかな」とメリーさん。
「えっと、カパックがエビ、コンチータが貝柱、チチャロンが豚、ですね。カレーもあるみたい」と澪さん。
「えっと、セビチェもトルティーヤもエンパナーダもない……」
メリーさん、テンションがだだ下がりである。
「とにかく。コース料理を頼もう」
軍資金を握った会長が鶴の一声で決めた。
……セビチェとトルティーヤはコースにありました。インカコーラは、とてもおいしかったです。