呪われた団地(1)
ミステリー研の例会。
といっても、大した活動をしているわけではない。それぞれが勝手に拾ってきたネタを披露したり、テレビのオカルト番組に突っ込みを入れたり、といった具合だ。今日の大ネタを投下したのは、文学部二回生の天王寺澪さんだった。
「私の友達の話なんですけど。その子が住んでいる団地が、どうやら呪われているらしいんです」
いきなりアレな発言である。私はメリーさんと顔を見あわせた。
「どういう現象が起きているのだね」
アマリ会長が、メガネの奥から鋭いまなざしをなげかけて先をうながす。澪さんは、それだけで萎縮している。蛇に睨まれたカエル状態だ。
……可哀想に。
私は、つとめて明るい声でフォローしてみた。
「聞きたいです。話してみて!」
澪さんは、おそるおそる切り出す。
「多くの人が『壁から声が聞えてくる』と言ったり、『影が壁を通り抜けていった』とか言うんです。ノイローゼになる人も多くて。どんどん住人が減っているんです」
「そこは、築何年くらいなんだね」とアマリ氏。
「えっと、今、調べます。……昭和三十八年、一九六三年に一号棟が完成して、五年後に十五号棟が完成しました」
澪さんは、スマホを操作しながら答える。
「その全域で、怪奇現象が起きているのかな」
「はい。ただ、少数ですが、何も起きてない棟もあるんです。自治会長さんも困っていて……」
「それは、君自身の話かね」
「いいえ。友達の、宮城さんの話なんです」
「そうか。ならば、本人に来てもらった方が早いな。又聞きではろくな推理も出来ないからね。それに、うちにはプロの探偵もいる」
「はい! 頑張りまーす!」とメリーさん。
そして、急遽、宮城さん本人が呼び出されることになった。
テニスウェアに身を包んだ、深窓の令嬢っぽい女子だった。汗のにおいが甘酸っぱい。
「こんな格好で失礼します。急いで来いということだったので、走ってきました」
おそらくはテニスサークルの活動を中抜けしてきたのだろう。澪さんとは真逆のタイプだ。
「宮城すずね、法学部二回生です」
すずねさんは、天王寺さんの幼なじみで高校が一緒、京都の出身なのだそうだ。
「君の住んでいる団地で、怪奇現象が起きているんだってね」
「はい」
「どこの団地なんだね」
「はい。……巽合同宿舎です」
「巽合同宿舎?」
「はい。公務員宿舎です」
きけば、国家公務員が住む団地なのだそうだ。その歴史は、戦前の兵舎に始まるという。その後、GHQの接収を経て、同時に鉄筋コンクリートの立派な建物になったらしい。
今でもその頃の建物は残っていて、そこだけ床下が高くこっそり地下倉庫に改造している人もいるという。その後、建て増しされた三号棟以降、だんだんとスリム化されていった。それでも、しっかりした建築なので、隣の物音が聞えるなどということはない。
そして、最大の魅力が家賃の安さなのだそうだ。その値段を聞いて私は仰天した。
「うちの毎月の家賃の十分の一!」
「ええ。ですから、不便でも住みたい人は多かったんです。五年前までは」
「五年前からねえ。では、兵舎やGHQの因縁はなさそうだ」と会長。
「これは、現場を見に行かなくてはならないですね。だいじょーぶ、私がくるっとまるっと解決します!」
メリーさんが立ち上がった。
というわけで、私とメリーさん、澪さん、そして会長の四人は、週末に巽合同宿舎に向かった。
私鉄の駅前ですずねさんの出迎えを待つことにした。
駅前のデパートが面白かった。スキップフロアになっていて、駅と直結しているのだ。その中二階に名物のシューアイス屋があって、待ち合わせ場所はそこなのだ。会長は一階で向かいの本屋に寄って時間をつぶすと言ってデパートを出ていった。女子三人に囲まれたら絶対におごらされると思ったらしい。
……その推理は正しい!
そして、すずねさんが到着。ハーフパンツのジーンズに白いTシャツというラフな格好だ。
「お待たせしました!」
「いえいえ。あと一人、会長がそこの本屋に逃亡しているので、拾ってから行きます」と私。
デパートを出る。左手を見ると大きな商店街になっていて、たくさんの人が歩いている。
「すごく賑わってますね」
「ええ。うちはいつもここで買い物をしています。おいしいお店もいっぱいあるし、まっすぐ行くとすごくいい感じの居酒屋があるんですよ」
本屋の前で会長をひろって、大通りをまっすぐに進む。途中には、古い京町家や和菓子店、料亭がある。中層のマンションも多くて、新しさと古さが混在する街だ。
「ここで曲がります」
大きな公園や運動場を右手に、左手には新しいマンション群を見つつ目的の団地に行き着く。
そこには、門とか石碑はなかったが、明らかに外周からの侵入をこばむ車止めが二重に設置されていた。