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魔王降臨(2)

「さて。日本で『大魔王』と呼ばれた人物を君たちは知っているかな」

 沈黙が続く。

 二回生の天王寺(みお)さんが胸のあたりで遠慮がちに手を上げた。

崇徳(すとく)上皇ですね」

「そうだ。後白河天皇によって追放されて亡くなった崇徳上皇は、大魔王となって日本国に祟ったと言われている。大火事、洪水、飢饉などが発生したんだ。そして、平治の乱だ。明治天皇は即位の直前に白峯(しらみね)神宮を建てて、崇徳院を祀らせた。蹴鞠の本所――家元である飛鳥井家の邸跡に建てられて、そこの神もあわせて祀ったため、今ではスポーツの神様として知られている。しかし、元をただせば崇徳上皇の慰霊のための神社なんだ」

「つまり、魔王尊にはそのイメージも重なっていると?」

 上回生のサバエ氏が声をあげる。やや不満そうだ。

「そうだ。横死した天皇や上皇の霊が魔王となって魔界で日本転覆を企てる――日本にはそういう闇の歴史観があった。そうそう、今の民主主義の世の中は『後醍醐天皇の呪い』の結果だ、という話もある。後醍醐天皇は密教僧としても学識が深く、自ら北朝への呪詛の儀式も行った。その最後にして最大の呪いが『人皇百代、民が帝となり帝が民となる』というものだ。まあ、これは後代の作り話だろうと言われているが」

「で、その後醍醐天皇が魔王尊とどう関係するんだね」とサバエ氏。

「仏教の教えに『六道輪廻』というものがある。元々は五道輪廻で、『地獄、餓鬼、畜生、人、天』の世界を輪廻するという教えだ。のちに阿修羅道が加わった。大乗仏教からだと言われている。さらに日本独自の物に天狗道がある。学識に優れた僧が悟りを得られずに亡くなると転生すると言われている魔界だ。世界を恨みながらなくなった後醍醐天皇が行くとすればどこだろう。天狗道だ」

「ふむ。興味深い話だ。人々は、恨みを抱いて転生した天狗道の魔王たちに、自らの繁栄と加護を願ったというわけか」

「そうだ」

「その説、どこかで発表はしたのか」

「レポートに書いて()()()教授に見せたら『君はラノベ作家になれそうだな』と言われたよ」

 自嘲気味の会長だった。


「『京都魔界めぐり』午前の部はここまでだ。このあとの鞍馬山はハイキングみたいなものだが…… 靴、大丈夫?」

 アマリ氏は、メリーさんの靴を心配している。確かに、見るからに山道向きではないからだ。

「これだときついですか?」

「かなりきつい。できるならスニーカーにした方がいい。ここで一度解散にして、昼食は各自でとることにしよう。ちなみに、鞍馬山には食事処がほぼないからそのつもりで。集合は出町柳の駅前、十二時半だ」

 というわけで、私とメリーさんはバスを使うことにした。

 メリーさんは、買い物に行ってから着替えていくと言う。

「遅刻しないでね」

「遅刻しそうになったら、例の手を使うからOK!」

 怪異はテレポートができるのがいい。

 私は軽い食事をとってからしばらく休み、出町柳の駅へと向かった。

 出町柳駅。鴨川のすぐそばにある、田舎の繁華街感がある駅だ。前には小さな公園があって、タクシー乗り場もある。おにぎり屋、ケーキ屋、カレー屋、居酒屋。すごしそすそうな場所だ。

 周囲を散策してみると、いい感じの外国料理の店があったりした。ただし、学生の財布にはちょっとつらい。

 電話がかかってきた。

「もしもし、あたしメリーさん。今、四条河原町にいるの」

「はいはい。早く来てね」

 通話を切る。

「もしもし、あたしメリーさん。今、南座の前にいるの」

「はい、了解」

 通話を切る。

「あたし、メリーさん、今あなたの真後ろにいるの」

「はいはい」

 振り返ると、誰もいなかった。

 いや、白人の女性が少し離れたところに…… 迷彩服を着て立っていた。


「いやー、驚いたわ」

「いい感じにハイキング向きの服があったので買ってきたよ!」

 確かに、新品の服のようだ。布地のにおいがする。

 髪の毛はポニーテイルにして、背中には背嚢を――リュックサックという感じではなく、まさしく背嚢なのだ――を背負い、足元はしっかりした編み上げブーツを履いていた。

……サバゲーマーか!?


 アマリ氏は腕時計を見つつ周囲を見回した。

「午後の参加者は、さすがに減ったな」

 ミオさん、サバエ氏。そして午後から合流した宮越すずねちゃん。すずねちゃんは経済学部の一回生だ。午前中は、家庭教師のバイトがあったのだとか。

 叡山電鉄に乗って鞍馬駅へ向かう。観光客がけっこう乗っていて混んでいる。車両にはイメージしたレトロ感はない。景色は、住宅街からだんだんと自然の多い風景へとかわる。車窓の片側が住宅街で反対側が森、という対比が面白い。

 終点の鞍馬駅につく。

 駅の改札を出ると大天狗の面が出迎えてくれる。

「これ、これだよ!」

 メリーさんが興奮する。

「テング。『日葡辞書』でdiaboと説明されていたテングだよ!」

 私は、そこまで感動はしなかった。いまいちマンガっぽい顔立ちだからだ。

「……あっ、あそこに昔の電車がある!」

 そう。昔、アニメで見た記憶がある叡山電鉄の形をした車両……の頭の部分が展示されていた。デナ21という車両だそうだ。今の現代的なデザインの車両と並んでいるので、違いがよくわかる。

 ひとしきり駅前で写真をとったあと、鞍馬寺に向かう。

 徒歩五分ほど。

 拝観券ぽいものを買って山門をくぐる。

 そこにさらにミニケーブルカーの駅舎があった。階段で二階にあがると、乗車待ちの観光客がたくさんいた。

 アマリ氏が解説する。

「ケーブルカーだと山上まで二分。歩くと三十分はかかる。日本一短くて、唯一、宗教法人が経営するケーブルだ」

 サバエ氏がくやしがる。

「こんなところにあったのか! 前回来たときは、わからずに山道を歩いて大変だったんだぞ」

 確かに、ここは一見、駅舎という感じの建物ではない。参集殿と間違えてしまいそうだ。

 ケーブルカーが多宝塔駅につく。そこからしばらく歩いて本殿におまいりするのだ。

 澪さんがふるえていた。

「これが『枕草子』にも書かれている『くらまのつづらをりといふ道』なんですね!」

 感動しているらしい。

「ケーブルカーでだいぶショートカットしちゃったけどね」とサバエ氏。

 下から歩いてきた観光客と合流して、山道を歩く。

 やがて、見晴らしのいい高台につく。清水の舞台にならって「舞台」と呼ぶべきなんだろうか。見渡す限り山また山だ。

「ここがパワースポットと言われている『金剛床』だ。見ての通り六芒星形をしている。そして新しい。鞍馬寺の本堂は昭和二十年に焼けて再建されているから、その後にできたと考えられている。本来はそこに出っ張っている岩がパワースポットだったんじゃないかと思うのだが、確証はない」

 また歩く。

「僧正ガ谷不動堂だ。ここの前にも『金剛床』に似た感じのパワースポットがある。ただし、ここは蓮華座だ。そして、瓦を埋めてできている」

 また歩く。だんだんふくらはぎが痛くなってきた。

「そして、ここが奥の院、魔王殿だ。六百五十万年の昔、金星から来たサナート・クマラ、つまり魔王尊が降臨した。今も十六歳の若々しい姿をしている、と鞍馬寺の公式文書にも書かれている」

「鞍馬寺って新興宗教だったんですか!?」

 私もこれには驚いた。『枕草子』にも出てくる、とさっき聞いたばかりだったからだ。

「鞍馬弘教という独立した宗派だ。ただ、今の管長は比叡山で修行した人らしい。過去の管長が神智学協会という団体からの影響を受けて、天台宗から独立したという。神智学協会はヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキーという女性を中心にアメリカで設立された、仏教やヒンドゥー教の知識を基盤とする思想団体だ。明治以降、西洋から入ってきた開明的神秘主義が、日本の宗教に影響を与えた一例と言っていい」

「金星人とどう関係するの?」とメリーさん。

「正直なところ、わからない。サナト・クマーラという神は確かにヒンドゥー教にもいる。ブラフマーの四人の息子の一人で、千八百五十万年前に地上に降り立ったとされている。金星から、というのは、仏陀の悟りが明けの明星の頃だった、という伝説と関係しているのかも知れない」

「海外の神秘主義が日本に影響を与えた影響って、他にもあるんですか?」

 澪がたずねた。

「そうだな。浄土真宗大谷派は有名だ。あそこはキリスト教のようにオルガンを弾いて歌を歌う。そして、『絶対無限』といった概念を持ち込んでいたりする。清沢満之というぼんさんがいて、西洋哲学を導入したんだ。今はもうあまり言わないみたいだが」

「で。金星人の碑はどこー?」

 メリーさんは、切れていた。



後醍醐天皇は文観から両部伝法灌頂を授けられたとされる。その肖像画も、唐の皇帝の冠をかぶり、袈裟を身につけて、三鈷杵を手にしている。今上天皇は百二十六代目。呪いは脱したということか。


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