魔王降臨(1)
「さて。そろそろ季候もよくなってきたので、恒例の京都魔界めぐりをしたいと思う」
アマリ氏が、集まったミステリー研のメンバーを前に宣言した。
集まったのは、私とメリーさんと、あと数名。大半は上級生だ。
「で。どこか行きたい所はあるかな」
「はいはい! 鞍馬山に行って金星人の碑が見たいでーす!」
メリーさん、くいつきがすごい。
「鞍馬山か。ここ数年、行ってないな。あと、希望はないかな」
上級生たちは「めぼしい場所は大体行きつくしたよなあ」などと言っている。
「一回生の君はどうだ?」
私の方に視線が向く。
「えっと、淡島神社、でしたっけ」
「君が言いたいのはたぶん粟嶋堂のことだろう。あそこは宗徳寺というお寺なんだ」
「そこ、有名なんですか」と上級生から質問が出る。
「人形供養の寺なんだ」
メリーさんが、ぎょっとしたように私の方を見た。
「あたし、供養されちゃうの?」
「大丈夫。まだしないから」
周りは、アメリカン・ジョークと思ったのだろう。軽い笑いが起こる。
そう、今日のマリーさんはいつにもまして人形味が強い。赤いミニスカートに真っ白で形のいい脚が伸びていて、赤い靴を履いている。いつものロングスカートもいいが、この季節感を先取りした装いもまたいい感じだ。
「そうだな。鞍馬山に行く前に、魔王尊の予習をしておくか」
アマリ氏が謎の発言をした。
土曜日の午前九時。ミステリー研の活動は早い。
集合場所は京都駅の大階段すぐ前にある三匹のペンギン像前だ。モニュメントとしては小さいが、位置的にわかりやすい。
集合時間ちょっきし。アマリ氏が解説をはじめた。
「これが京都タワーだ。昭和三九年、つまり一九六四年に完成した。通称、ロウソクタワー。風水的には、京都の運気を燃やし尽くす縁起の悪い塔として知られている。ちなみに、建築には鉄骨を使わず、モノコック構造という円筒型の鋼板でできている。構造設計は京都大学工学部の棚橋諒氏だ。京都の都市伝説では、最初の計画では西本願寺の南側にも同じ形のロウソクタワーを建てて、真ん中に大仏を建てる予定だったと言われている。ここの展望台には。京都一高い場所にある神社『たわわちゃん神社』というものがある。日本五大がっかり名所に入るという説もある場所だ」
「日本五大がっかり名所って、何?」とメリーさん。
「諸説あるが、ミステリー研の口伝では、札幌の時計台、高知のはりまや橋、鹿児島のザビエル公園、渋谷のハチ公、そして、京都タワーのたわわちゃん神社、だ」
……たわわ、と聞いて貧乳女子の間に期待の気配が広がる。そして、スマホで画像検索をしてすぐにがっかりムードが広がる。私も、がっかりした一人だ。
「では、粟嶋堂まで歩こう」
かかった時間はほんの少しだった。
境内に、ガラス製の展示ケースがあって、種々雑多な人形が供えられている。
ただ、和歌山の淡島神社の圧倒的なスケールに比べると、どうしても見劣りがした。
「京都では安産安産の祈願をする寺『あわしまさん』として親しまれている」
メリーさんが手を上げる。
「質問でーす。『女性の守り神』って書いてありますが、ここはお寺ですよね」
「神仏習合なんだ。伝統的に日本人は、神も仏もあまり区別しなかった。厳しく区別するようになったのは、明治元年の神仏分離令以降だ。……さあ、見学はすんだかな? 次に行こう」
道をどんどん進む。
「ここが京都水族館だ。楽しいので、ぜひ行ってみてほしい」「ここが京都鉄道博物館だ。元の梅小路機関車庫で、SL試乗が人気だ」「この梅林寺は、安倍晴明の子孫である土御門家の菩提寺だ。観光客が増えすぎて、拝観は予約制になっている。昔はジジバイ講という謎の儀式があったが、現在は休止中だ」「ここが稲住神社で、安倍晴明を祀っている。土御門家の邸宅跡だ。ここに魔王尊のほこらがある。代々の天皇の長寿を祈る天曹地府祭が行われた場所でもある」
空き地に小さな社が建っていた。「魔王尊」と書かれた大きな提灯がふたつ、金網で囲まれた建物内にある。本尊の姿は、外からだとよく見えない。
「このように、魔王と言っても、神として祀られていた存在なのだ。ゲームや小説のイメージにひきずられてはならない」
メリーさんが手を上げる。
「質問でーす。オダノブナガの第六天魔王とは関係ありますか?」
「いい質問だ。おそらくは、同じ物を指している。第六天というのは、仏教の世界観で欲界という現実世界で最高の位置にある神々の世界だ。そこは他化自在天とも言って、色んな楽しみが居ながらにして楽しめる世界なのだ。そこの支配者が魔王波旬、サンスクリット語ではパーピーヤスという。織田信長は、この世の全ての楽しみを享受した、という意味で、自らを第六天魔王と称したのだろう。人々は、この世の楽しみを実現してくれる神として魔王を祀った。なお、『第六天神社』は今では関東にしか分布していない」
「つまり、オダノブナガは、自分はカウチポテト族の王だと言ったわけですね!」
メリーさんは、身も蓋もない一言でまとめた。




