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来る~、きっと来る~(1)

「もしもし、あたしメリーさん。今、京都駅にいるの」

 ちょっと舌ったらずな声がスマホから聞こえてきた。酔っているのかもしれない。

「はいはい。待ってるから来てね」

 私は、半笑いの声でその番号非通知電話に答えてから通話を切った。

 大学に入ってから私の携帯番号を教えたのは、大学の事務局とミステリー研究会の入会申し込みの時のみ。住所にいたってはミステリー研究会のみだ。そして、こういうベタないたずらを仕掛けてくるのといえば、ミステリー研究会の学生くらいのものだろう。きっと、こうやって新入部員の「洗礼」をすませるのだ。

 私は、荷ほどきを続けながら、実家から持ってきた本やDVDを棚に並べる。

 私の名は霧島彩月(さつき)。京都広域大学・文学部の一回生だ。

 京都広域大学は、単位互換性のある地域大学で、同じ学部なら府内のどこの大学でも授業が受けられる。部活も食堂も選びたい放題だ。そして、学費が安い。いわばモグリ学生を合法化したような制度なのだ。少子化と国際競争力向上政策の恩恵を受けた制度である。

 というわけで、私は京都市内のワンルームマンションを拠点に、いくつかの大学をかけもちしている。語学系の教室は一番近くの大学に通い、その他の勉強は京都大学に通っている。そして、民族学と民俗学といった授業は、先生を目当てに私学に通ったりもしている。ちなみに、この二つは全く違った学科なのでお間違えのないように。

 電話が鳴る。電話代は向こう持ちなので、非通知でも気にはならない。

「もしもし、あたしメリーさん。今、百万遍の角にいるの」

「はいはい。あと少しね」

 はあはあと息を切らしているのがかわいい。この調子だと、汗だくでなだれ込んできそうだ。

……えっと、夏物の衣類はどこに入れようかな。どうせすぐに夏になるだろうし。ていうか、今年の四月は寒すぎるわ。

 また電話がかかってきた。

「もしもし、あたしメリーさん。今、角のたばこ屋さんの前にいるの。お巡りさんにつかまってるの」

「はいはい。そういうこともあるでしょうね」

「友達の家に行くとこだ、て言ったら電話で話して、て言われたの」

「はいはい。いいわよ、友達で」

「うん、助かった。……聴こえたでしょ。女子大生の友達だから、お巡りさんはついてきちゃダメなの!」

 プチッと電話が切れる。

 大丈夫だろうか。酒でも持ってなきゃいいのだけど。あいかわらず未成年の義務と権利にずれがあるのはなんとかしてほしいものよね。

 また着信だ。

「もしもし、あたしメリーさん。今、マンションの前にいるの。あ、誰か入って行った。玄関扉はあけてくれなくていいよ」

 そして、しばらくしてノックの音がした。

「はいはい」

 一応、携帯を片手に、ドアののぞき穴から外を確認する。

 真っ赤なゴスロリを来た金髪の女の子がいた。見た目は中学生か高校生くらいだ。肌が白く、眼も青色――おそらくは純血のコーカソイド。

「あたしメリーさん。今、扉の向こうにいるの」

 扉越しでもスタイルを保っている。

「はいはい。こんばんは。はじめまして……」

 扉を開いた瞬間、私は腕をつかまれて強い力で外に引きずり出された。

「ちょっと、何?」

「しっ、黙って!」

 メリーさんは、私を制する。もう一方には、抜き身の日本刀をたずさえていた。そして、ずかずかと中に入り込むと――もちろん、靴を履いたままだ――ぶすり、とベッドに刀を突き刺した。

「がっ!」

 短い叫び声がした。

 床に血が流れる。

 ザクッ、ザクッ!

 メリーさんは、二度三度とベッドに刃を突き下ろすと、凄惨な笑みを浮かべながらこちらをふり向いた。

「やったわ! ベッドの下の殺人鬼よ!」


「あの、何? 何?」

 私は呆然として口をぱくぱくさせることしかできなかった。

「自分の目で確認して。さっきまで自分がどんなに危険な状況にあったかが理解できるから」

 メリーさんは、刀をシーツでぬぐうと、片手で布団とその下のクッションをばっと跳ね上げた。

 スプリングの隙間から、ベッドの下が丸見えになる。

 そこには、斧とカメラを抱えた初老の親爺が血まみれになって息絶えていた。

「殺しちゃったの?」

「ええ。ここで殺しておかないと、あなたが殺されちゃうでしょ」

「警察にはどう言えば……」

「大丈夫。すぐに跡形もなく消えるもの」

 ……消えない。

「おかしいわね。こりゃ、やっちゃったかな。てへっ」

 小首をかしげて見せる。

「やっちゃった、て何を?」

「いえ、何でもない。ドンワーリー」

 ポリポリと頭を掻いている。

 そして、スマホでどこかに電話をはじめた。

「ヤ・メリー。メニュージュナ、シトーブィ・ヴイ・アトニェスリ・モイ・バガージュ・イ・ウブラーリス」

 ロシア語のようだ。なんか住所のことを話している。

 そして、メリーは電話を切った。

「片付けを頼んだわ。今夜のことは忘れましょ。カラオケでも行って」

 なんか陽気な人だった。


「あーおい眼をしたオニンギョは、アメリカ生まれのセールロイド♪」

 メリーの歌声がカラオケボックスに響く。さすがは学生の町だ。田舎とは違って、歩いて五分の所にカラオケがある。

 私は歌う気にはなれなかった。つい数分前、明らかにメリーは人を殺した。たぶん相手は殺人鬼。そして、メリーは命の恩人。だけど、ここまであっけらかんと歌に興じられると、なんとも複雑な気分になる。

「さあ、サツキも歌って。歌は人生を豊かにする。悩みがあってもふっとばす。さあ、さあ」

 私は仕方なく、流行りの曲を入れる。

「おっと、次も私ね。『紅もゆる』、いきまーす!」

 なんか昔の軍歌っぽい曲だ。

「知らない? 京大生なのに。サンコーの寮歌だよ! 『我はウミノコ』の方が好き?」

「うん。たぶん昔すぎる。歌詞も難しいし……」

 メリーさんは残念そうだ。京大と京都広域大学を混同しているのだろう。

 そのうち私もくだけて来て、好きな電波系ソングなども歌い出した。メリーさんは、英語以外にドイツ語やロシア語の歌も歌い始めた。一体、何ヶ国語を使いこなせるのだろう。

「メリーさんって、大学生?」

「そだよ。同じ京都大学」

 やっぱり勘違いしているようだ。

「身分証とかは?」

「明日、手続きするよ。今はただのニート。……さーて、そろそろお掃除もおわってる頃だろうし、家に帰るとしますか」

「えっと、おうち、どこ?」

「そんなの無理よ。今日、関空から来たばかりだもの」

「あの刀は?」

「大阪で買った。居合するって言ったら売ってくれたよ。ガイジンには優しい」

「そうなんだ」

 で。

 私は肝心なことを聞いてなかったことを思い出した。

「じゃあ、どこで私の電話番号と住所を知ったの?」

メリーの謎の電話。

Я - Мэри. Мне нужно, чтобы вы отнесли мой багаж и убрались.

「私はメリーです。荷物の運搬と清掃をお願いします」とロシア語で言ってます。DeepL翻訳を使用。

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