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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
9/13

9羽目

翌日。

石の街に荷を卸して欲しいと頼まれていた、小柄な老人のいる金物屋へ向かうと、

「あぁ、ちょうどいい」

ついでに店のあれやこれやを手伝わされ。

「ほとんど石の街に卸すものだから、この店の名前を出してくれれば通じる」

「はい」

「これはお前さんの分だよ、車輪も予備は多めにな」

と丈夫そうな鍋やら、荷台の金具なども箱に積めて貰えた。

「ありがとうございます、……」

道を、子供たちが賑やかに走って通り過ぎて行く。

「……」

「子供が好きか?」

「えっ?……あぁ、いや、そうですね」

つい目で追ってしまう。

小さければ尚更。

皆が皆、あの娘の様に物わかりが良く、聞き分けがいい子でないこと位は解っているつもりだけれど。

「まぁ子供が出来たら、やっぱり旅をやめる奴は多いからな」

「金物屋さんもですか?」

「そうだよ、どうにもな、文字通り冒険出来なくなる」

そういうものか。

「稀に悪い奴は、無責任に子供を作っては逃げ回っているとか聞くな」

それは。

「んん、あまり、褒められたものではないですね……」

「あぁ、でも本当に稀だよ、そんな奴は」

信用もなくなるからなと、煙草に火を吐ける。

「肉やら何やら塊で買うなら、この通りの端の店がいいさ」

「はい」

「まぁでも、息子もでかくなったからなぁ」

久しぶりに、広い空でも見るかと、金物屋は、独り言のように呟く。


午後。

馬車を置いて女の店へ向かうと、夜のドレスではなく、薄手のシンプルなワンピースに身を包み、

「昼は済ませた?」

と聞かれ、まだだと答えると、

「お客様からたくさん頂いてしまったのよ」

カウンターで出されたのは、豆を煮込んだスープと、ステーキ。

「豪華だな」

「情報料込み、あなたのいた国の話とか教えて欲しくて」

「……んんっ」

肉が喉に詰まる。

「どうしたの?」

自分は、ほとんど山にいて、始めての旅であり情報などほとんど出せないと答えると、

「あぁ、そうなのね」

女はカラカラと笑い、

「旅慣れていない理由もよく解ったわ」

気にした様子もない。

辛うじて持っている、姫や、執事から聞いた花の国の話、もう間も無く花の国に飲み込まれるであろう、布の国や小麦の国の話を聞かせると、うんうんと熱心に頷いてくれる。

「ここでのお客様との話題に出来るから、とっても有り難いわ」

そう世辞でもなさそうに、新鮮な瞳の色を向け、頭に叩き込んでいるのが解る。

旅をするに当たり、

(そうか「情報」か……)

あの行商人の男の様に、自分は人当たりも良くなく、パッと見からして心を開かせられる外見や性格ではないけれど。

旅をしていても、親切な人間がほとんどで、自分も助けられることには手を差し伸べながら、情報を集めればいい。

「予想以上に大した食べっぷりね」

「美味しかった」

腹に溜まる豆もいいなと思う。

(買い足しておこうか)

「ね、明日、出発よね」

「あぁ」

「うちのお店、旅人さんが多いから、夜は閉まるのは、案外早いのよ」

「あぁ……?」

女はカウンターの内側で頬杖を付き、クスクス笑う。

「私の部屋は、この真上なの」

「あ、あぁ……?」

そうなのか。

「もう、意地悪ね」

拗ねた様に眉を寄せられる。

意地悪?

「私、気に入ったのよ、貴方の事」

とウインクされて、送り出された。

「???」

今はまだまだ静かな、夜が本番になる通りを抜けながら。

「……あぁっ」

思わず声を上げてしまい、通り過ぎる周りの人間に驚かれる。

(そういう、事か……)

なんだ、しかし、そういう、子を成す行為は。

その場で立ち止まり。

『稀に悪い奴は、無責任に子供を作っては逃げ回っているとか聞くな』

「……」

(いやいやいや……)

そんな無責任な男にはならない。

「……」

旅に必要な細々したものを買い込み、荷台に向かい、ついでに馬の預け先に行き、放牧されている馬の様子を見に行けば。

馬たちは自分の事を認識しているらしく、放牧場を駆け回っていた2頭が、たたっとこちらにやってきた。

「明日から、また頼む」

フンフンと鼻を鳴らされ、あの狸を思い出す。

昼間から自由に街を散策していた小鳥が、肩に戻った来た。

どうやら、茶の時間だと察したらしい。

「勘がいいな」

白い壁のマスターのいる店へ向かうと、丁度、客が捌けた所でもあり。

恥を忍んで、子作りの事情を訊ねると、マスターは笑いもせずに、

「あぁ、避妊具がある」

避妊具。

簡単には子が成せない代物だと。

基本は男が用意するものだけれど、夜の女は当然忍ばせているとも。

「行くも自由、行かぬも自由だ」

ここだけの話だ、相手だけでも教えろと耳を寄せられ、店の番地を伝えると、

「行っとけ!」

ガッツポーズをされた。

「……」

小鳥は我関せずと、今日もオレンジのタルトに夢中になっている。

そして、食べ終えれば。

「ピチチッ」

何か訴えてくる。

「ん?もう1個か?」

「ピーチッ」

違う。

「???」

「この小鳥は、出発に向けて、旅のおやつが欲しいんじゃないのか?」

「ピチチッ♪」

その場でホバリングしている。

「よく解ったな……」

「前にも、似た客が居たんだよ。……この季節だったかなぁ」

少し遠い目をしている。

「その客も甘党だったのか?」

「甘党って言うか、まぁ小さい小さい嬢ちゃんだ、あと狸」

なぜか可笑しそうに笑う。

「兄さんにしがみついてはいたけど、小さな嬢ちゃんが、俺にも物怖じしなかったのは、少し驚いたな」

あぁ。

そう言えば、自分にもだ。

例えどんなに大男だろう熊だろうと、あの娘の、それを遥かに凌ぐ強さがあれば、熊と対峙しても、いや、的が大きい分、狙いやすさで言えば、脅威にもならないのだろう。

「嬢ちゃんたちは、ケーキをホールで荷台に積んで行ったよ」

想像に容易く、身体を揺らして笑ってしまうと、

「……なんだ、知り合いか?」

「最近だけど」

「おおっ、元気だったか?」

カウンター越しにぐいと詰められた。

「新しい甘味を求めて遠くへ行ってる」

「はっはぁ!嬢ちゃんの甘味巡りの旅をしてんのか」

いいな、楽しそうだと、またカウンターの内側に戻ると、焼き菓子を詰めてくれながら、タルトはどうすると聞いてくる。

「ピチチッ♪」

桃鳥は寄越せと小さく跳ねるけれど。

「いや、焼き菓子をいつくかだけで。飛べなくなると困る」

「ピチーッ!?」

そんなことはない!

と訴えているらしいけれど、人様の大事な、そして高価な鳥だ。

勝手に丸くさせるわけには行かない。

「……」

鳥もぶんむくれるのだなと、肩に留まりムスッとした空気を醸し出す小鳥を宥めつつ、荷台へ菓子を置きに向かう。


夜は出発の早さを理由に、宿からは出なかった。

「……」

無論、後悔がないわけではないけれど。


岩の街は朝。

またも、崖っぷちの道を進み、途中で後ろからやってきた馬車に、待避場所で道を譲ると、

「もしダメそうなら鳥を飛ばせばいいぞ、助けが来るからな」

とアドバイスを貰い。

「ふー……」

何とか岩が端にゴロゴロとした平面に着いた時は、また心からの大きな溜め息が漏れた。

むしろ馬たちの方がけろりとしている。

しばらく進むと、岩肌もなくなり、そのまま山道に入る。

(確か……この先の山であっていたはず)

山の半ばで

「おーい、君の仲間から、君に焼き菓子を届けてくれと頼まれた!」

声を張り上げてみる。

鳥がバサバサ飛び立ち。

しばらく待つと、カサカサと茂みが揺れ、

『……』

「お……っ?」

あの狸とそっくりな狸が現れた。

静かに見上げてくる。

「君の同胞から、

『まだしばらく来られそうにないから、土産だけ託す』

と言伝てを預かっている」

買った焼き菓子のうちの1つを見せ。

袋ごと狸の前に置くと、尻尾をゆらりゆらりと揺らし、喜んでいるしい。

「君はここの主なのか?」

ゆらりと一振り。

「大変だな」

そうでもないと一振り。

馬車を見て、焼き菓子を見る。

どうやら、先導してやりたいけれど、焼き菓子を穴蔵に隠したい気持ちも強いと思われる。

「いや、地図もある、道は分かるから大丈夫だ」

人が入るようになると山に主は不必要となると聞いたけれど、それも通り道程度だと、まだまだ獣の縄張りらしい。

(……花の国の兎は、姿を見掛けなかったな)

「また機会があれば、帰り道にでも挨拶に来る」

『……』

ゆらりと尻尾を揺らした狸が、口に焼き菓子の袋を咥え、カサカサ茂みに消えて行く。

こう、とても獣らしい獣だ。

山を降りて、進める所まで進む。

人がいない方が、あの狸も安心して菓子を摘まめるだろう。

「ピチチッ」

自分にも寄越せと訴えてくる。

「この先に、組合があると言うからそこまで待ってくれ」

一本道で迷うことはなく、

「組合は、顔を覚えてもらうためにも、なるべく寄付をした方がいい」

男のアドバイスを思い出し。

渡されたメモを見返すと、

「次に行く所は、……コインと、気持ち多めの物資か」

確かに見回しても、遠くに山と森が見えるだけ。

たまに見掛ける森も寄り道しても、小物程度しかいなさそうな、小さな森。

途中で雨が降り出し、雨具を羽織り馬にも羽織らせるも。

鳥は胸許に忍び込み、顔だけ出している。

しかし。

「結構、降るな……」

視界が悪く、途中でしばらく足留めをくらい、動けないため荷台で昼寝をし、小さな建物が見えてきたのは、もう夕暮れが眩しい時間だった。

組合から細面の、腹の大きな女が現れ、

「あら?」

と笑みを浮かべて歓迎してくれる。

組合の人間らしい。

「すまないが、ここで何が喜ばれるか分からない。組合で必要なものを見繕って欲しい」

岩の街で個人的に買ってきたものなどを荷台に広げて見せると、

「とても助かります、……あなた、来てくださいな」

少し訛りがある。

向かいの店から出てきた、ニコニコした若者が、

「はじめまして、ですよね」

と挨拶しつつ、心遣いありがとうございますと、礼を伝えてくる。

(姉さん女房か)

「これとこれを、あと、これは個人的に買わせてもらえませんか?」

岩の街で買った花柄のスカーフ。

男の方は訛りはなく、別の場所から来たのだろう。

「勿論」

男が嫁の首に巻き、嫁も頬を赤らめて喜んでいるから、自分はそうそう間違ったものを、買い込んではいないらしい。

「もう夜になりますから、組合は明日にして、今夜は先に休んでください」

と奥にある四角い宿を勧められ、2軒あるうちの小さな1軒が1人用の宿だと教えてもらう。

「あぁ、はじめましての方かしらね」

小柄な、老婆と言うにはだいぶ早すぎる、チャキチャキとした動きの宿の女将が、部屋ではなく食事の時間だからと食堂に案内してくれ、けれど。

「悪いわね、うちは食事は滅法ダメなの」

と、何か小麦粉を固めた用な硬い携帯食料とスープを出された。

「いえ、……ん?……あぁ」

(ここにも寄付が必要なのか)

ポケットを探ったが、

「あぁ違う違う、これが宿で出す普通のご飯なのよ」

と片手を振られる。

「……これが?」

失礼ながら女将とテーブルの食事を見比べてしまうと、

「長居されないようにね、わざとこうしてるんですよ」

あなたは大丈夫そうだけどね、と肩に乗った鳥を見て小さく笑う。

それは。

「ここは小さな村だからね」

「そういう、ものなのか……?」

いまいちピンと来ず、桃鳥が見向きもしない、固形食料を薬草の様な汁で流し込むと。

「そうなんですよ。……ここは旅人さんたちが、居心地いいのか、変に留まりやすい場所みたいで、ふらっと来て、そのままいるのはいいんだけど、暇してね、大概、お酒を飲み始めるから……」

なるほど。

ろくなことにならないと。

女将が黙って苦笑いしている所を見ると、予想より厄介なのは察する。

「俺は明日には出ていくので大丈夫だ」

「あははっ、心配してないですよ。あなたはどうせ、どっかの御抱えの行商人さんか旅人さんでしょうから」

その通りだけれど。

なぜ分かるのか。

「組合で何とか所有している小鳥を、1人で1匹、連れ歩いてるんだから解りやすいわよ」

珍しいのだろうか。

「たまにいますよ。皆さん、大事な仕事のある御抱え人だから、こっちも安心して迎えられる上客です」

そう言われる程に、そんなにここに留まろうとする人間が多いのか。

「そうね、ここは、特に田舎だからねぇ」

大きな溜め息。

山の中のあの山小屋こそ田舎だと思っていたけれど、街に住む人間には、ここでも十分な田舎に値するらしい。

「どこかしらに帰りたくない人間が、どうにもここに留まりやすいみたい」

と、その居心地のいい、この小さな村に馴染んでいる目の前の女将は。

「その、女将」

「んん?」

「あなた自身は、どこかへ行きたいと思わないのか?」

ただ、純粋に気になった。

パチリと小さな目を瞬かせる女将は。

「私?私はね、もう散々旅してきた後なんだよ」

「おぉ……」

そうなのか。

そういえば、岩の街の老人や、あの見た目にそぐわない垢抜けた喫茶店のマスターも、行商人だったり冒険者だった。

自分は積極的には吸わないけれど、煙草はポケットに忍ばせてある。

人から貰ったけれど自分は吸わないからと渡すと、

「あらら、いいのかしら?」

嬉しそうに受け取り、火を点ける。

「女将は、どの辺にまで行ったんだ?」

「んん?西へが多かったわよ」

「西?」

「浮島に乗ってみたくてさ、西によく出るなんて話を聞いたんですよ。女2人、無茶もしたわねぇ」

浮島。

あの娘から、ちらと聞いた。

「そうそう、まぁ、結局乗ることはおろか、見ることも出来なかったんですけど」

西は、何があっただろうか。

「大きくないけれど国や街がいくつもあるし、山も多いけどね、水が多いよ、川や湖がね。どこも長閑で、いい国や街ばかりだった」

少し寄り道したい気はするけれど。

それよりも。

「浮島にはそれだけ、夢中になれるなにかがあるのか?」

「なんだ?浮き島の話か?」

不意に食堂の奥から、女将の夫と思われる、こちらは人のよさそうな男がお茶を淹れて出してくれた。

頭を下げると、

「え、浮き島を本当に知らないのかい?」

女将と主人にも驚かれ、頷けば。

「自分の望む夢が叶うんだよ」

と立派な歯を剥き出して、主人がしたり顔をする。

「夢が……?」

到底簡単には信じられない話だけれど。

「帰って来なかった人もいると聞いたよ」

それは。

「別の世界に行きたいと願ったんだろうねぇ」

「……」

別の、世界。

何か、一瞬、チラリと脳裏をよぎるのは長い黒髪。

「ああ、何だか、懐かしいねぇ……」

しゃがれてはいるけれど、その柔らかい声は、主人のもの。

「本当にね」

(……んん?)

「冒険者に依頼して、浮島を探している者もいると聞いたよ」

そうなのか。

「そうそう、でも見付かっても、遠かったらどうするんだろうね」

「私たちなら、言わずに乗ってしまうよね」

「ふふ、そうだよね」

(おっと……)

危うく、とんだ失礼をするところだった。

主人の髪は短く刈られ、肩幅もあるけれど、宿の主人ではなく、もう1人の女将だった。

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