8羽目
宝石店の並びにもやはり店が連なり、花の国で、
「我も行商人の端くれの」
と、小物や華やかで安価な装飾品を彼女は買っていた。
(狩りだけよりも、仕入れもした方がいいだろうか)
店の人間に尋ね、多めに買うならオマケするよと、女子供に受けのいい飾りや小物を選んでもらい買うと、
「……これは?」
1つ棚に飾られた、精巧な小鹿の彫り物。
「筋金入りの職人の一点ものだ、ペーパーウエイトにはならないかな」
安くはなさそうだからこそ、姫のお眼鏡にも叶う気がする。
世話になっているし、礼をしたい。
(金属の鳥の金包には入らなくても、組合で依頼して運んで貰おうか)
「ピチチッ」
馬舎から飛んできた小鳥が、これが欲しいと、多分石などを飾る小さなクッションをせがんできた。
寝る時用の布団か。
一緒に買うと、加工していない山で拾った石を売りに向かい、こちらの札と硬貨に替えて貰う。
岩の街を歩き、ピチチッと小鳥に止められたのは服屋。
「?」
「ピチッ」
「着替えか」
「ピチチッ」
言われるままに店に入ると、やはり体格的にあまり選べる余地はなく、それでも。
「見た目で多少信用も変わりますから、一見さんは特にね」
「なるほど……」
もう少しまめに洗濯と着替えをしようと決意し、途端に大荷物になり、一度、荷物を置きにと、しかし慣れない岩の街で、どうやら反対方向に歩いていると気づいた時。
「ピチチッピチチッ」
小鳥がまたうるさい。
「今度はなんだ……」
「ピーチチッ」
小鳥が飛んでいくのは、岩の街では珍しいと思われる、白い壁のガラス張りの喫茶店。
明るく開放的な店内には、女性客が数人。
凝った内装に、細い脚のテーブルに椅子。
「ぐ……」
明らかに場違い。
「ピチッ!!」
甘味が食べたいと訴えているのは解るけれど。
「……俺が座るだけで椅子が壊れる」
「いや、足も金属にしてあるんだ、床も石だから大丈夫だ」
と、袋を抱えて店の裏からぐるりと回って男がやってきた。
自分よりは一回り小柄だけれど、日頃から鍛練を欠かしていないその肉付きの男は、獣の足跡が刺繍されたエプロンを着けている。
「……オーナーさんか?」
「あぁ、小鳥は甘党だろう、珈琲もあるから、寄ってきな」
カウンターを勧められ、確かに椅子は丸くフォルムは愛らしいけれど、確かに頑丈だ。
「冒険者さんか」
「まだ駆け出しだ」
「お?身体見ると、ベテランに見えるけどな」
小鳥が、メニューを嘴でつつき、
「この、なんだ、タルト?と、冷たい紅茶と、チーズのクラッカーを」
「はいよっ!」
ノリが飲み屋だ。
マスターは狩りも好きだけれど、甘いものも好きで、冒険者で荒稼ぎして、甘味屋で修行してから店を開いたと。
「バイタリティーが凄いな……」
生まれた時から山に籠りっぱなしだった自分には想像も出来ない。
「酒が好きなら多分飲み屋だったな、でも一滴もダメでな、甘いものには目が無い!」
ガハハと笑う。
冷たい紅茶には輪切りの柑橘系の果物が添えられ、
「風味がいいな」
小鳥は、剥かれたオレンジと思われる果物が乗ったタルトを一心不乱に啄んでいる。
「クラッカーも手作りか?」
「あぁ、甘くないのも欲しいとリクエストされてな」
この店主と話したい客の要望なのだろう。
自分もその1人で、冒険者の心得などを伝授してもらい、随分と長居してしまったが。
「とても楽しかった」
「こちらこそだ、出発前にまた来てくれ」
手を上げて店を出ると。
「ピチィ……」
桃鳥が眠いと訴えてくる。
「こう、マイペースだな」
馬舎までの道も聞いたため、荷物を置きに向かい、宿に戻り棚にクッションを置いてやると、小鳥はご機嫌にクッションに埋まると、すやすや眠りだした。
「ふー……」
洗濯がしたいと部屋を出ると、宿の敷地の裏を貸してくれると言うため、狭い庭に出ると、物干し竿も設置されている。
(空が狭いな……)
上空を鳥が飛んで行く。
夜。
名物の川魚を勧められて食べた。
確かに美味しいけれど、腹には溜まらない。
昨夜、女に道を訊ね、
「お礼は店に来てくれればいいわ」
とウインクされ、渡された小さな厚手の紙に描かれた目印と同じ絵の描かれた看板のある店を、また街の人々に訊ねながら向かうと。
「いらっしゃいませ、約束を守ってくれる人は好きよ」
そう、昨夜道を訊ねた女は、店で働く人間ではなく、経営側、ママや女将の立場の人間だった。
しかしそう年を重ねている様には見えず、実際かなり若く、とてもやり手なのだろう。
カウンターから出てくると、ソファー席に案内してくれる。
「もっと若い時は女の子側だったけど、女の子たちの相談に乗ったり世話する方が向いてたみたいで」
知らぬ名前の街を出され、そこからの出身だと言う。
「ここからは少し遠いかしら、……あら、お酒ダメ?」
意外そうな顔をされる。
「あぁ。けどなんだ、良ければ、君が好きなものを遠慮くなく頼んで欲しい」
「あーら、お店のお作法はご存知なのね」
にんまりと笑みを浮かべられる。
「いや、ほとんど知らないから教えて欲しい」
座り心地のいいソファ。
低いテーブル。
とても香りのいい、しかし控えめな香料の匂い。
夜に働く女性たちの肌の露出具合は、姫やメイドなどしか知らなかった自分には、いまだに慣れない。
仕草、流し目、華やかさ。
「凄いな……」
「鑑賞用みたいな言い方するわね」
おかしそうに眉を寄せて笑われ、
「いや、尊敬している」
自分は、男とはいえ無骨さしかない。
「適材適所よ。知らないと言う割に、グラスの置き方が様になってるわねぇ?」
不思議そうに首を傾げられる。
「……?」
(あぁ……)
屋敷でたまに食事を振る舞われた賜物だ。
窮屈で理由を付けては断ることも多かったけれど、あの娘が来てからは、頻繁に世話になっていた。
それに。
あの屋敷の執事は、きっと、自分がいつか山を降りてもいい様に、あの娘が来る前から、立ち振舞いなどを、自分にさりげなく教えてくれていた。
「……」
誰に彼に。
(世話になってばかりだ……)
大きく息を吐いてしまうと、
「溜め息の理由をお訊ねしてもいいかしら?」
柔らかな微笑みは、作り物なのだろうけれど、どこか姫を思い出す。
「あぁ。……」
「なぁに?」
「いや。君は本来、客の隣に座る立場ではないのだろう?」
自分の席に着かせてもいいのだろうか。
女はすっと目を細めると、
「私がお誘いしたお客様ですから」
と、そのお洋服もとてもお似合い、と如才なく褒められる。
昼間買った服をそのまま着てきたけれど、あの桃鳥は、先読みの力でもあるのだろうか。
宿でまだ寝ていたからそのまま出てきたけれど。
店の中は、耳障りのいいざわめき。
旅慣れた人間の香り。
「……ここは、この街の人間は少ないのか?」
「そうね、少しだけお酒の値段が高いから、特別な時とか」
また上品に微笑まれ。
「おぉ……」
(換金しておいて良かった)
「この街から出たことは?」
「あるわよ、スカウトがてら、わりと頻繁に」
そうなのか。
自分より遥かに旅慣れしていそうだ。
女は、あぁそうだわ、と思い出した顔で、
「最近、お城の方が賑やかみたいで、何かご存知かしら?」
ふっと息を吐く。
その溜め息1つも、計算されているように感じる。
城。
あの城のことだろう。
あの城は。
「……人が戻り始めていると聞いた」
「……え?えぇっ!?」
出て行くんじゃなくて?
と女の思わずと言った少しばかり素の声に頷くと、女は、こちらをまじまじと見てから、こめかみに指を当てて、じっと押し黙ってしまった。
「……?」
(あの金物屋のじいさんが知っていたから、とうに噂は広まっていると思ったけれど)
そうでもないらしい。
「失礼、旅の方とお見受けされる、ほんの少々、私にもお時間を頂けませんか?」
隣のテーブルの、白髪に白髭の細身の、少しだけあの執事を思い出す老人が声を掛けてきた。
「ええと……」
こういう場合、どう答えるのが正解かと女を見ると、
「お客様なのですから、どうぞご自由に」
クスクス笑われ。
「あぁ。……どうぞ」
頷くと、老人は同じ席に付いていた若い女に頷いてから、こちらへやってきた。
「しばらく石の街と、先の大きな牧場の方まで行ってまして、これから向こうに戻る途中なんですよ」
城からはだいぶ離れた、小さな国に戻るのだと言う。
地図を広げると、
「ここですね」
「おぉ……」
城の裏手に当たる山を超えて、大きな川の向こう。
地図だと近く見えるけれど、馬車でも数日は余裕で掛かりそうだ。
「城が絶えずきな臭くて、辟易していたのですが……」
そのため、白髪の男は石の街などにも足を伸ばしていたと。
「その、自分は『峠は越えた』と言う話を、小耳に挟んだ程度です」
そんな曖昧な言葉にも、
「峠は、越えた……」
白髪の男はやはり整えられた白い眉を寄せ、じっと考えている。
顔を上げた女が、
「私も、あそこから出て行くとか、出て行きたいって子たちを見繕ってたから、やだ、少し考えなきゃ」
そうだったのか。
「何があったのかしら?」
「『峠は越えた』とは、誰か、何か見えていたのか」
「元から期限が設けられていたのかしら?」
「……」
こういう時は沈黙に限る。
出された木の実を口に放り込んでいたけれど、ふと気になったことを女に訊ねてみる。
「あなたは、馬車の運転手を雇うのですか?」
「えぇ、そうね。荷物、帰りに女の子たちを連れて帰ってくるから2台は必要になるの」
「多いな?」
身体が軽く跳ねるほど驚いた。
「女ですもの」
なるほど、人を雇うと言うのは、金も時間も掛けるのだなと感心と想像以上の苦労がありそうだと息を吐けば。
「城に立ち寄った時の様子はどうでしたか?」
白髪の男に問われた。
「んん。……自分が行った時が一番酷い時だったと思いますが、少し荷運びを手伝っている途中に。街に出入りしている者たちが、不思議と違和感を覚えないと言っているのを聞きました」
「ほぅほぅ」
老人は真剣に聞いてくれる。
元凶は今は自分が手にしているし、嘘は言っていないはずだ。
しかし。
「……あの城には、城の中には、また人が戻るのでしょうか」
城の中の人間たち、特に子供は、いち早く城を出たと聞いている。
「どうかしら?でも、さすがに街の人たちも、あまり歓迎はしないと思うわ」
と悩ましげにゆっくりとかぶりを振る。
「しかし誰かしらが、城の、街の管理もしないと」
白髪の男と女が熱心に話し始め、
(そうか、纏めるものがいないと、人が戻っても、街が立ち行かなくなるのか……)
問題は多い。
中途半端に手を出して、逃げてきてしまった様な罪悪感。
「なんだか、大したおもてなしできなくてごめんなさいね」
店の外で女に謝られたが。
「いや、とても勉強になった」
本音だ。
「あら」
女はちらと笑うと、
「ね、午後にはお店に来てるから、出発前にもう少し話を聞かせて」
と、狭い道でじっと顔を見上げられる。
「城の話はもうそんなには知らない」
「もっと先の街の話よ」
そうか、城の街でスカウトがしにくくなるからか。
その責任の一端は自分にある気がして、
「あぁ」
また明日顔を出すと、歩き出すも。
ここは、
(夜でも明るいな……)
ランタンを片手に歩いても、一寸先は闇だった山の中が懐かしい。
夜の女たちからだけでなく、夜の男たちの誘いもある。
飲み屋や、そうでないものも。
(ううん……)
宿に小鳥を残しているし、真っ直ぐに帰るけれど。
「ふー……」
夜の人の多さ、賑やかさには、なかなか慣れない。
深夜、山から聞こえた狼の遠吠えに、妙な懐かしさを感じた。