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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
7/13

7羽目

曇り空の翌朝。

美味しいのは目の前のパン屋だけど、量が欲しいなら、1つ先の通りの朝からやってる食堂がお勧めだよと宿の人間に教えて貰い、向かってみると、小さな食堂に、見た目からして旅人や行商人が、パンとスープを静かに啜っている。

食べている食事は特に量は多く見えず、首を傾げていると、店主に、

「メニューは一種類、うちは、大きさを選べるんだよ」

と教えてもらい、一番大きなサイズを選ぶと、

どんとでかいパンが5つと、小さな寸胴に入った野菜と骨からこそげた肉の入ったスープを出された。

出汁が効いており案外味もいい。

有り難く頂き、ほどなくして食べ切ると、なぜか店主に笑われた。

「?」

「いや、その体格で旅人だと、食べるものに困るだろう」

と。

狩りをしていると答えると、納得される。

荷台を預かって貰っている馬舎の受付に向かい、荷台から荷物を取りたいと告げ、荷台置き場へ向かうと、鳥が馬たちに挨拶に行く。

今日向かう店は、行商人の男のメモだと、

(……「加工された石、だけでなく、毛皮の扱いもあり」)

狩った獣たちは、皆毛皮は川で洗い、櫛で梳かしているから、そこまで酷い状態ではないはず。

布に包み、箱に詰めて、淡々とひたすら歩いて西の方に向かう。

西側は、どの店も歩く人間も多少洗練されており、自分の姿が、相応しくなく感じ、落ち着かない。

メモを見て向かったその店は細長く広くはないものの、扉からして色の付いた硝子が嵌められ、洒落ている。

数段の低い階段を上がり、ドアをノックすると、ドアはすぐに開き。

品のあるマダムと言った婦人が顔を覗かせ、自分のような見た目の人間に対しても、あらと微笑み、中へどうぞと招いてくれた。

薄暗い部屋は、まだ店を開いていないのではなく、わざと灯りを落としているらしい。

猫足の屋敷で見掛けた瀟洒なソファにテーブル。

壁に並べられた、棚に乗せられた宝石たちが、薄暗い照明の中でキラキラとそれぞれが主張している。

「おぉ……」

ソファを勧められ、まずは男に持たせられた手紙と、コインを見せると、婦人は、お預かりしますとねと手紙を開き。

「……あら、あら」

そう言えば久しいわね、と、ふっと素の笑みを浮かべ、

「確かに預かりました。……遠い国の行商人さんのお知り合いの方なのね」

あの男の行商人のコインも、じっと眺めてから丁寧に返された。

「はい。あの人から、毛皮も取り扱ってくれると聞きまして」

「えぇ。拝見します」

床に置いた箱の中の布の包みから毛皮を取り出したマダムは、

「……お元気かしら?あの、可愛い娘さんも」

「元気そうです。花の国から更に先へ向かったそうで」

「えっ?……あら。そう……」

聞いていなかったのか、ふっと息を吐いてから、じっと兎の毛皮を眺め、指先でなぞる。

「まぁ、みんな子兎ね、親兎と大きさが変わらないから、見分けるのは大変だったでしょう?」

「動きと、肉で判別しました」

「あら、逞しいわ」

マダムはじっと1つ1つ眺め、裏返し、数を確認してから、満足そうに頷くと、

「あらごめんなさい、飲み物も出してないわ」

ハッとして口許に手を当てる。

「あぁ、いや」

「みんな頭を撃ち抜いているから大きな穴もないし傷もなくて綺麗で、つい夢中になって眺めてしまっていたの」

優秀な狩人さんなのね、とふふふと上品に微笑むと、

「少し待っていて下さい」

と、扉代わりの分厚いビロードの布がかかる奥の部屋に消える。

その間に、そっと部屋を眺めさせてもらえば。

「……」

薄暗い部屋の中で宝石は相変わらずキラキラと反射し、どうしてか、石たちが語り掛けてくる様に感じるのは、自分がこの薄暗い空間に呑まれているからだろうか。

特に、赤い宝石に、目に留まる。

そう主張はしてこないのに、なぜだろう。

「夫もご挨拶出来ればよかったのだけれど、石の街へ行ってて」

山の屋敷で出された、薄く柄の入ったカップと似た、値の張りそうなカップを盆に乗せたマダムが奥から出てきた。

石の街。

「そう、これから行かれるのかしら?」

「えぇ」

「あら、夫とすれ違うかもしれないわね」

カップに注がれたそれは、香り高い珈琲。

(おぉ、美味い……)

手間になるだろうからと、旅のためには買わなかったけれど、移動ができない夜は長いし、良いものがあれば買っていってもいいかもしれない。

珈琲に口を付けつつ、それぞれ物思いに更けていたけれど。

「あなたは、あの()とは、当分会うことはないのかしら?」

とマダムに問われた。

あの()

あの(むすめ)のことだろう。

「いずれ、会うつもりではいますが」

マダムは、頬に手を当て、

「ううん……そうね、そうよね」

じっと目を足許に落として何か考えている。

「何か……?」

「あぁ、度々ごめんなさいね。……私、あの娘にね、絵本をプレゼントしたかったの」

絵本を。

「上手く言えないのだけれど」

とマダムは指先と指先を合わせ、

「うちにあった絵本をね、どうぞって渡した時に、あの娘は、とても楽しそうに、何度も読んでいたのよ」

「えぇ」

容易に想像が付く。

「でもね」

でも。

「当たり前のように、返してきてくれたの」

「……?」

「こう、これっぽっちも、

『これが欲しい、また読みたい』

って欲が見えなくて」

「……えぇ」

「私たちは、こういう、衣食住には直接は関わらない、本当に嗜好品の商売をしているから、特にお客様の『欲しい』って気持ちには敏感になるのよ」

「……解ります」

「それがあの()には全くなかったから、返された時にそのまま受け取っちゃったんだけど、本当は、もう少し読みたかったんじゃないかなって思ったの」

マダムの深い溜め息。

その気持ちは、少し、自分でも心当たりはあった。

あの小さな娘が、山小屋にいた時。

彼女がごねたり、我が儘を言い出すことは、ただの一度でもあっただろうか。

たまのお転婆で、姫に淑女の心得を訥々と唱えられていたものの、

「あれが欲しい、これがしたい」

の駄々は、少なくとも、猟師の自分に対しては、ただの一度もなかった。

「……」

「少しして、やっぱり気になってね、絵本を持って泊まってる宿に行ってみたら、もう出発した後だったのよ」

(あぁ……)

「あの娘ね、飛び出す絵本を知らなくて、驚いてソファでひっくり返っていたのよ」

マダムがクスクスと上品に笑い、想像すると、こちらも堪えきれずに笑ってしまう。

「でも。……次に会えた時は、もう絵本なんて必要ない年になっているわね」

そんな言葉に、

「……っ」

無意識に、身体が強張る。

「……」

自分の推測が正しければ。

あの娘は、ずっと。

「あの」

「?」

「絵本を、俺に預からせて貰えませんか?」

「あら?」

首を傾げられる。

「そのうちに会う約束もしていますし、きっといつでも、彼女は、喜ぶと思うので」

絵本を見た娘は、きっと、

「のの?」

と目を輝かせ、

「ありがとうの」

と絵本を胸に抱き、

「ぬふー♪」

と喜ぶ顔が、目に浮かぶ。

「そうね。……待っているよりも、お願いしようかしら」

マダムが奥へ消えていく。

すぐに、分厚い装丁の本を片手に戻って来たけれど、そう古くも感じず、むしろとても新しい。

純粋に、誰のものか気になった。

それでも余計な詮索をしないのが旅人の掟、マダムが布に包むのを眺めていると、

「……養子をね、迷っていた時のものなの」

心を読まれたのか、マダムがそっと口を開いた。

養子。

「うちは子供がいなくて。仕入れも兼ねて旅行へ行った時に、色んな事情で、国で引き取られている子供たちの施設を見掛けたの」

そんな施設があるのか。

興味深く頷いてしまうと、

「その時は5人いたの。すでに子供が2人いる親よりは、1人だけ、もしくは1人もいない夫婦が優先されるの」

「えぇ……」

「金銭的なことや、家もね、私たちは岩の街で商売をしているから、岩の街そのものが信用となって、子供を受け入れる許可はおりたの」

「それで、本当はその予定はなかったのに、3日3晩、その国に留まって考えて、途中で、こんな絵本なんかも買ってみたりして」

「……」

「でも、散々話し合って、私たちに子供ができなかったのは、できなかったなりの、何らしらの理由があるんじゃないかなって」

理由。

「夫も同じ考えで、更に夫の方は、全員と対話しちゃったからこそ、5人の中から選べないって気持ちが大きかったみたいで」

それは少し解る。

「自己満足、エゴでしかないんだけど、あの5人が、それぞれ両親が決まるまで、たまに鳥を飛ばして施設とやりとりをしたいたの。お菓子や少しの寄付なんかもしたりね」

黙って先を促すと、

「そうしたら、もう、すぐにね、新しいご両親が決まって、みんな笑顔で新しいお家に帰って行ったって」

「あぁ……」

それは、良かった。

「そう、5人もなんて、本当に珍しいことなんですよって後で聞いたの」

それで残されたのは、この本だけ、と、布越しに本を撫でる。

「……でもね、まだどこかに、未練があったのかも」

あぁ。

そう簡単に割りきれるものではない。

「でもね、あの娘に本を開いてもらって、何度も何度も捲る姿を見たら」

プレゼントして上げたかったなって、思ったのよと小さな微笑み。

「必ず、届けます」

「お願いします」

両手を膝に重ね、頭を下げてくれるマダムに。

とても、迷ったけれど。

「……こちらからもお願いが」

「あら、なんでしょう」

「……いつか、いつか彼女がここにまた来た時に」

「えぇ」

「どんな姿でも、それが当たり前のように接して欲しいのです」

肉と毛皮のために狩った小さな兎の様に、彼女は、きっと、年を重ねても、姿はあのまま変わらない。

「我は獣の」

ゆっくりとした瞬きをして、彼女は言った。

そういう意味も、含まれていたのだろう。

子兎と親兎の大きさがほとんど変わらないように。

マダムは小首を傾げるも、

「えぇ、いつか会いに来てくれたら必ず」

と約束してくれた。

そのマダムに見送られ店を出ると、

「う……」

陽射しに、目が眩んだ。

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