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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
6/13

6羽目

「ありがとう、来てくれて助かったよ」

「隣の村でも、えらい活躍したと聞いたよ」

「また助けに行くんだな」

大した働きはしていないつもりだったけれど、とても感謝された。

隣には娘が乗っている。

「家族を『迎えに行くから』乗せていって」

と。

男が話していた大木も見え、その奥にある湖には帰りに寄ることにして、まずは娘を家族の元へ送り届けなければならない。

「目立ちたくないの?」

「あぁ、苦手だ」

隣に座る娘にだけは、城での一部始終を話し、しかし、誰にも言わないで欲しいとも頼んだ。

「あなたの言う通りなら、あなたは私たちの恩人だから、約束はする」

「頼む」

馬車は広い空の下をとつとつと進む。

「ねぇ」

「なんだ」

「あなたがこの先の、遠くの目的地に辿り着いて、またここに戻ってくる頃には、私もまた門番してるから」

声は明るい。

「祖母はちょうど寿命だったの」

と隣の娘の立ち直りは早かった。

最近は外に出ることもなかったから、最後に孫とお茶をできたことをとても喜んでいたと。

外にいる人間も、さすがに人の死には顔を背けることはなく、娘が祖母の死を伝えると、皆、城壁の中に入り、色々と最後の世話をしてくれた。


「あなたが戻って来る時には、あの組合のコインの恩恵は、もうなくなってるかもしれないけど、私たちは歓迎するから、絶対来てね」

と隣で笑顔を見せてくれたのは、娘の家族のいると思われる村が見えた頃。

川沿いの橋の向こうから、村人らしい人間が手を振っている。

橋を通らずに馬車を止めると、

「避難してきた人かい?」

と、ここの村人と思われる男に聞かれた。

「いや、この子だけだ」

と答え、

「でも、どうやら騒ぎは落ち着いてきているらしい」

と続けると、村人の驚いた顔。

こちらは場所が近くの村より離れているせいか、避難してきた人間も少なく、人手や働き手も、そうは必要ないらしい。

人手がいらないなら、自分は先に進みたいと、娘の小さな荷物を下ろすために馬車から降りると、村人は君の家族に知らせてくるよと村へ走っていく。

「え?休んですらいかないの?」

挨拶とお礼くらいはさせて欲しいのにと不満そうな顔をされても。

「まだ昼過ぎだから、少しでも先に進みたい」

「せっかちだねぇ」

と諦めたように肩を竦めた娘は、

「ねぇ」

「なんだ」

「……、ううん」

と、荷台で荷物を受け取りながらも。

「あ」

何か思い出したように、手をこいこいと振って耳を貸せと手を口許に当てている。

「なんだ?」

耳を寄せると、

「……」

頬に唇を当てられた。

「……っ!?」

「うふふ、ありがとう」

「な、何を……」

「あなたモテるから、これくらい挨拶にもならないでしょ」

おかしそうに目を細めて、荷物を背負う娘。

「何を言ってる」

「全然気付かないんだから、びっくりしちゃう」

鈍感さん、と娘は笑うと、

「ねぇ、街のみんなの代表として、お礼を言わせて」

胸の前で、指を絡めて組んだ娘に、見上げられた。

「あなたのお陰で、あの街は死なずに済んだの」

「……」

「ありがとう。……私たちの、勇敢な騎士様」

「……いや」

「今度は、少しは賑やかになってるお城の街に、また寄り道してね」

「あぁ」

そうしよう。

「必ず」

大きく手を振る娘に手を振り返し、馬車を出すと、

「ピチチッ」

桃色の小鳥が戻ってきた。

「お、早いな」

「ピチッ」

組合に手紙は預けられたと言う証明書が入っている。

急いで鳥を向かわせるとの一言も添えられている。

(あぁ……)

今から、返事が、待ち遠しい。


背の高い柔らかな、小麦のような名の知らぬ草が一面に広がる道をひたすら進み抜け、進み。

森で兎を狩り、食事をし、また先へ先へ。


「お、おおお……っ」

馬車1台分の幅しかない崖の道は、山に居た猟師には、恐怖でしかない。

しかし、あの行商人男も娘も、何も言っていなかったことからして、ここは別に気を付けるポイントですらないと言うことだ。

下り坂になり、盆地の街が見えてくると、

「ふー……」

これ以上ない溜め息が漏れた。

そう広くない岩に囲まれた街。

岩の街。

限られた土地の中、道もそう広くなく、慣れずにもたもた馬車を進めていると、

「案内しようか?」

と多分街の人間に声を掛けてもらえ、頷くと隣に飛び乗り、メモを見せると。

「あぁ、金物屋さんか」

ちょうどいいと、青年が指を差す。

「歩くのにはちょっと遠いんだよね」

自分を運ぶ乗り物が欲しかったらしい。

それでも。

「助かった」

店は所狭しと並び、大通り以外は馬車も入れない。

言われるまま道を進むと、向かいから来る馬車は慣れたように端に寄って待ってくれる。

すまないと頭を下げると、にかりと手を振って通り過ぎて行く。

「ここは常連ばっかだからさ、狭くてもみんな慣れてるんだよ」

確かに、街も無骨なのに、こなれた雰囲気、みたいなものを感じる。

「だから、新人さんにも優しいよ、はいそこ曲がって」

「あぁ」

盆地はまだ暑いかと思ったけれど、むしろ涼しい。

「あそこだよ、でかいから分かりやすい」

「おぉ」

他の店より3倍くらい大きい。

「助かった、ありがとう」

「こちらこそ、狭い街だから、また会うかもな」

とひらりと馬車から降りて駆けて行く。

馬車を停めると、たまたま店から出てきた、とにかく小さな老人が、自分の店の前に停まった馬車と猟師に気付き。

「……?」

しかし知らぬ顔だなと言いたそうに、思い出すように眉を寄せる。

「はじめまして」

馬車から降りて、あの灰色の瞳の行商人の男のコインを見せると、

「おぉ、あの若造のお知り合いさんか。……これは」

と猟師が行商人のコインを持っていることに、ギクリと身体を強張らせたけれど、行商人の男の厚意で、預からせて貰っていると話せば。

「なんだと?……人に貸す。はぁぁ全く、あのお人好しは。天井知らずだな」

と天を仰ぐ。

このコインは、行商人の命の次に大事なものなのだと、大きな溜め息混じりに中に招かれた。

「あいつは元気だったか?」

「えぇ、これが通じない場所へ行くからと、預けてもらいまして」

「ほぉ、そんなに遠くまで」

狭い通路を通り、奥の部屋へ通されると、背の低いテーブルに直接床に座る少し変わった作り。

珈琲を出され、有り難く頂くと、やっと人心地がついた。

「しばらく顔を出せないと思う、とは聞いてはいたけれどな」

そんなに遠くに行ったか……と、煙草を吹かす。

勧められ、1本だけと受け取り、自分は花の国から来たと伝え、

「あの黒髪の少女のいた山まで、向かう途中です」

行商人の男がここに寄れとメモを渡してきたくらいだから、問題はないだろうと伝えると、

「あぁ、あのちっちゃな嬢ちゃんか」

老人はくくっと笑い、

「あれだ、あの狸も元気だったか?」

「えぇ、とても」

しかし、なんでまた?と不思議そうに訊ねられ、

「旅をしたかったけれど目的地がなかったから」

と答えると、

「若いな」

と、またおかしそうに笑う。

老人は少し考える顔をした後、

「その若さと自由ついでに仕事を頼まれてくれんか」

石の街に商品を降ろして貰いたいんだがと。

快諾し、とりあえず今日は休めと宿を教えて貰い、また岩の街を移動する。

馬を預かる馬舎と宿を兼ねたその受付で、

「お一人様ですと、うちは割高ですから、良ければ馬と荷台だけ預かりますよ」

1人用の宿を紹介され、私も買い物がありますからと、ついでに宿まで案内してくれると言う。

誰も彼も、

(皆、親切だな……)

東と西で売るものも客層も違うけれど、どちらも楽しいので、見て回るものいいと思うと街を歩きながら案内される。

自分はそんなに慣れてないように見えるかと訊ねると、

「ここへは馬車で来る客が殆どなため、当然、馬も預けに来ます。でもあなたは初めて見る顔だし、何よりその大きく逞しい身体ならば、尚更忘れることはない」

と。

「馬の轍を替えていいか」

とも問われ頼むと、四角い石の建物の前で、

「宿はここです」

と女は立ち止まり、何かあったらうちへもどうぞ、と向かいのパン屋へ入って行く女を見送り、新しい土地に慣れないためか、とんと静かになった桃鳥を肩に乗せて、宿の扉を開いた。


「あいつは、いきなり小さな子を連れて現れたと思ったら、狸まで連れて来た。まぁ狸はその子の連れと言うしな」

老人は、飲み屋の端の席で、麦酒を煽る。

「付き合いはそんなには長くないけれど、勝手に息子みたいに思ってたから、初めは娘かと思ってびっくりした」

娘。

なるほど。

「大人しい子だったな。じっとして、でも甘いものに目がないようで、その時だけは目をキラキラさせていた」

容易に想像が出来る。

「あぁ、あの目の色も、あれには驚いたな」

「……こちらでも、珍しいのですか?」

「見たことがないよ、あの黒髪も、ちっちゃな身体に身に付けていた、どこかの遠い国の服も」

青のミルラーマにいたけれど、そこで生まれ育ったわけではないらしい。

青の、が熊のことを指していることからしても、人の住めるところではない。

「……」

お前さんは、どんな道程でと聞かれ、寄り道ばかりしながら辿ってきた街や村を答えると、

「あぁ、そうだそうだ。なんか、またあの城?が変わってきてるとか何とか聞いてるな」

ぐいっと詰め寄られ、

(さすがに耳が早い)

そして、街の人間がそう思える程には、すでに「ましには」なってきているのだ。

「あぁ、城に人が戻り始めたそうです」

と答えると、

「ほぉ。……死ぬ前に一度行ってみるか」

鼻息荒く酒を煽る。

酒に強いのかと思ったらそうでもない、千鳥足の老人を店の前まで送り、夜の街を歩いていると、

「……」

目に止まるのは、華やかで煌びやかな夜の女たち。

山の屋敷の、清楚純潔と言った姫とは真逆の、色香と艶かしさを振り撒いた女たちが、足を止めては声を掛けてくる。

明らかな一見なため、引っ掻けやすいと思われているのだろう。

「お酒だけでも、いかがかしら?」

「酒は飲めない」

「うふふ、嘘ばっかり」

しかし女は、気を悪くした様でもなく、皆さらりと引いていく。

自分に固執しなくても、客は多いからだろう。

「……」

宿へ戻るのに、1本曲がる道を間違えたらしく、馬車も入れない狭い道に入った時。

道の先に、真ん中に、小さな幼女(おさなご)がいた。

1人、ポツンと。

じっと、こちらを見ている。

あの山で、じっと自分を見ていた様に。

「な……」

ギクリと足を止め、ごくりと喉を鳴らして目を凝らすと。

曖昧なシルエットでそう見えただけで、長い髪はカールした亜麻色で、街灯で照らされる瞳も黄緑色。

「……はぁ」

しかし、なぜこんな所にと思っていると、

「こら、お兄ちゃんが帰るのは明日でしょ」

建物の中から声がして、幼子がこちらを振り返りつつ家の中に駆け込んでいく。

「ふー……」

少し酔ったのかもしれない。

結局、道に迷い続け、大通りに出直すと、ふとすれ違った女に、宿の名前を出して場所を聞けば、宿の前まで送られた代わりに、

「お礼は明日、お店に飲みに来てチャラね」

と、誘われてしまった。


ーーー


疲れて身体は眠りたいはずなのに、妙にピリピリと頭が張り詰めて眠れない。

ぼんやりと、今までのことを淡々と思い出す。

山のこと、父親のこと、狩りのこと。

薪を割り、獣を解体し、肉を焼き、噛み付く。

1人になってすぐ、山の屋敷に姫が住むようになり。

そして。

記憶は、ふっと、飛び。

「我は、獣の」

それは、娘と最後に交わした際の言葉。

「青のミルラーマは、村ではないの、人が稀に通り過ぎるだけの山の」

山。

「あの山にいる若鹿は、いずれ山の主になる、あれの殺生は避けて貰いたいの」

山の主。

『山の主は、数百年は軽く生きるんだ、山の神様だな』

いつか聞いたその言葉は、生前の父親の言葉。

「フーン?」

人の様に振る舞い、人の言葉を理解し、人の食事を好み、娘の従者として付き従う、自分が過ごした山ですら見たことがない、存在すら稀有な獣。

あの娘が、行商人の男と別れたあと。

あの娘は、ただ街で行商人の帰りを待てば良かったはず。

それなのに、わざわざ、人気のない、安易に街には戻れない山の中に来たのは。


あの娘は。

あの生き物は。



意識が反転する。


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