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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
5/13

5羽目

翌朝。

外に荷馬車があると話すと。

「遊びに行っていい?」

と娘に聞かれた。

「大工として雇われているから、相手をできる暇はないかもしれない」

と答えると、それでもいいよと手を振って見送ってくれた。

老婆は、部屋からは出てこない。

外に出ると、約束通り馬車と桃色鳥の様子も見てくれていた礼として、森の木を切り倒し、小屋を建て、夕刻には、城の外の風呂屋で風呂を借り。

夜は荷台で眠った。

そして、絶えず考えた。

動きながらも、絶えず迷い。

「……」

こんなにも「考える」「迷う」という作業自体が初めてで、危うく熱まで出しかけた。


「ピチチッ?」

それはなんだと桃鳥に小首を傾げて聞かれる。

荷馬車の荷台の小さな箱の中身。

あの小さな娘が、紙で折った細長い袋。

1本、自らの髪を引き抜いた娘は、根元から毛先まで唇で食み、唾液をすべらせると、それを紙の袋に忍ばせ。

「お守りの」

「おまもり?」

「身に付ければ、多少の厄災からは、お主を守るであろうの」

と自分に託してくれた。

その黒髪を眺め、ただ自分に問う。

自分は、どうしたいかを。


「あれっ?なんだ、今日遊びに行こうと思ってたのに」

「陽があるうちは、ほどんど森で木こりになり、相手に出来ないと伝えたはずだ」

とにかく城の外で家を待っている者も少なくない。

それでも城の街から出たせいか、皆誰もが明るく、積極的に動き、働いてはいるし、行商人なども多く訪れ、昼間でもしんとした暗い塀の内側より、外の方が、夜もだいぶ賑わって来ている。

あれからまだ数日。

城壁の中へ向かい、宿へ向かうと。

「もしかして心配して来てくれたとか?」

と、嬉しそうな娘に。

「……いや、城に、入ろうと思って」

伝えるべきか迷ったけれど。

万が一、自分が城から戻ってこなかった時に、それを、花の国の姫と、あの娘たちにもそれが伝わるように、伝言役が欲しかった。

「はっ?はぁ!?」

当たり前に驚かれる。

「お城に!?なんで!?」

「……」

なぜと言われても。

「それは……」

自分でも、

「このおかしな事になっている元凶を確かめに行く」

とあまりにも無謀な事をするつもりなため、

「う……」

何も言えずにいると、

「……え?え、本当に、火事場泥棒でもするの……?」

怯えるような眼差しを向けられた。

今では城に入るだけで、体調を崩すとまで言われていると聞く。

「いや、……その、好奇心だ」

目を逸らせば。

「嘘でしょ!?」

酷く眉を寄せて、詰め寄られても。

「……では、何と言えば、君は納得してくれる?」

我ながら。

こんな時に、殆んど他人とコミュニケーションを取ってこなかったツケが来ていると思う。

言葉を選べないし、相手を説得できる言葉も何も、持ち合わせていない。

「……」

娘は、俯いて唇を噛んだ後。

「私は、ただ意味が解らないの。……どうして?」

顔を上げて、今は縋る様な瞳を向けて来た。

どうして?

どうして。

どうして。

それは。

ポケットに忍ばせた髪の入った紙の袋。

「ただ俺は」

この先の、この城の行く末を。

「……変えたいだけだ」


「おやの?」


と目をキョトンとさせる、あの娘を見たい。

無人の城が取り残され、城の外が賑わう街ではなく。

城下町として変わらずに賑わう街を見て、

「ふぬ、案外しぶとい城であったの」

「フーン?」

狸と顔を見合わせる、あの娘の顔が見たい。

それだけだ。

「変えたい?」

「あぁ……」

娘は瞳をパチリパチリと瞬きすると、

「ここを?」

「そうだ」

「……」

土台無理な自分の言葉に、それでも、冗談を言っているわけではないと、目の前の娘は解ってくれたのか。

「……その、表からもだけど、裏からなら、尚更簡単に入れると思うよ。人なんか殆んどいないから」

そんな事を教えてくれる。

「感謝する」

目の前に立ち、変わらず竦む娘に、自分に、万が一何か会った時。

荷馬車の場所、荷馬車にある、書き残した2枚の手紙のこと、小鳥のこと、それらの謝礼の先払いとして、先々で売れそうな石を少し渡すと。

「私もいた方が、まだ歩いてても不自然さが紛れるから」

人気のない街の建物の裏を周り、城の裏門の通路まで案内してくれた。

「城から戻る気ではいるし、戻ったら、君と、君の祖母を、家族のいる村まで送ることを約束しよう」

自分が何もできずに退散する可能性も低くない。

娘は、その言葉に大きく目を見開き。

「……うんっ」

泣き笑いの顔で、

「じゃあ、荷物纏めておくね」

と頷きながら手を振ってくれた。

しかし、本当に人がいない。

目の前も裏門とはいえ、そもそも木の簡単なドアだけ。

内側に人の気配もなく、宿に戻る娘を見送ると、その場で背負っていた鞄を下ろし、ポケットから紙の袋を取り出すと。

「……」

娘の長い髪を取り出し、

「ふー……」

迷った末に、首に巻き、喉仏で結んだ。

そして、目を開けば。

(あぁ……)

「何が、多少、だ……」

苦笑いが漏れる。

髪を首に結んだ途端、黒い靄が、目が霞む程にそこいら中を覆い、それは城の中から滲み出ているのが視えた。


「おお……」

(城と言うものは、中にも、とても金がかかっているんだな……)

姫の屋敷も贅沢な作りだったけれど、こちらは大きさも桁違いだ。

自分がふらふらとしていても咎める者はいない。

本当に人がいない。

この広い城の中にも、建具や細かな造形にも、興味がないわけではないけれど、

「……」

呑気に見学とも行かず。

そもそもの視界が悪い。

探して探してやっと見つけた地下への階段は、城の中でも奥の、街から外れた厨房のある山側にあった。

さぞや厳重にと思っていたけれど、普通に地下へ続く階段があるだけで、拍子抜けする。

地下はまだ石に火が灯っており、大きな貯蔵庫などが並び、それでも薄暗い上に更に黒い靄のため、とにかく視界が悪い。

鞄から小さなランタンを取り出し、石を嵌めて火を点ける。

「……どこだ」

先に進むも、満遍なく闇が濃く、元凶が解らない。

首に巻いた髪に意識を向けると、更に黒い靄が噴き出すのは、

(あぁ……)

最奥の貯蔵庫と思われる扉。

薬の印があり、さすがに鍵が掛かっている。

自分の力なら鍵などないに等しく、長いドアノブを回すと、バキッと音がしてドアノブと鍵が壊れた。

棚に薬の瓶が並び、奥の床から靄どころか、四角い線と、その隙間からどす黒い液体までが滲み出ているのが見える。

「更に地下か……」

この城を、地下までも作れる人間というのは、やはり凄いものだなと、あの姫の屋敷を見た時にも思ったけれど、しみじみと感じる。

口許に布を巻き、首の髪に触れてから、両膝を付き、

「ぬ……ぐ……ぐぅ……っ」

微かな窪みからナイフを挿し込み、床板を持ち上げようとしたけれど、

「……?」

力だけは自信がある自分でも、開かないしそもそも床板が木の癖に硬すぎる。

「……?」

アプローチの仕方が違うのかと気付く。

ならば。

「……」

片膝を付き、胸に手を当て、すでに人ではなくなった、自分の父親と同じ所へ行った、いや、まだ行き損ねている者達への敬意を払うと。

「お……」

ガコッと音がし、よく見れば腐り始めていた板が不思議と弛んだ。

それまでは。

(腐った気配など少しも見えなかったのに)

自分の身長ではだいぶ身を屈めて下に降りなければならない天井の低さで、階段を降りた先。

雑に壁を固めただけの空間をひたすら身を屈めて進み、やがて見えた格子の向こうには。

小さな部屋ではなくただの空間。

「……うっ」

予想外に早い遭遇で、ランタンが映すそれは。

(あぁ……)

2体は、きつく抱き合ったまま、骨すら朽ちても尚、こちらへ向かって片手を伸ばしている痕が僅かに残っていた。

「……」

錆びた格子の鍵はすでに鍵ですらなく、外に出す気はない、金属が接合された囲いのみ。

両手で力を込めても、さすがに自分の力でも無理だ。

ただ、格子の向こう、でこぼこの石畳の床に放られた、元は姫のネックレスと思われる緑色の石から、元凶の黒い黒い靄が滲み出ていた。

宝石の周りはヘドロにまみれ、一体、そのヘドロはどこから湧いている?と頭に浮かんだ純粋な疑問は。

「う……」

ここの空気に当てられたせいか、もしくは首に巻いた髪のせいか。

「ぐぅ……」

嫌でも、感覚として伝わり、解ってしまった。

(この宝石の向こう側は……)

また、

「別の世界に繋がっている」

のだ。

けれど、そこは決して行っては行けない場所。

暗く、山の夜などとは比べ物にならない程暗く恐ろしい世界。

父親が向かった先などではなく、遥かに禍々しい地獄。

降れるな、と本能が告げてくるけれど。

「……」

それでも。

手を伸ばして拾えるものは、その宝石しかなく。

(何か……)

何か方法はないかと鞄を探り服を探ると、がさりと紙の音がし。

紙ほどでなくても、娘の折った袋。

魔除け、ではなく魔を封じる、ことくらいなら出来そうだ。

首の髪に長めに指先で触れてから、

「どうか私に、あなたたちを解放させて欲しい」

2人の深い呪詛は、やがて姫のこの宝石が触媒となり、別の真っ暗な世界に繋がり、黒い何かをこちらの世界に連れて来るようになったのだ。

手を伸ばし、ヘドロに沈み掛けているその石に触れると、確かに一瞬、真っ黒な死の気配にくらりと来たけれど、反射で掴んだ紙袋が、くしゃりと鋭く鳴った音に、

「……ふーっ……ふーっ……!」

意識が戻り、目眩にふらつきながらその緑の石を、紙の袋に落とした。

そして膝を付いたまま、長い時間、目を閉じて胸に手を当て、父親が、山の神に祈りを捧げていたように、見様見真似で、祈る。

「……」

城を。

この街を捨てないでいるものも、あの娘や祖母の様に僅かにまだ残っている。

街から出ても、街の外で城を見守ろうとしている者も多い。

だから。

(あなたたちは、どこへ行きたい)

自分は、まだまだこれから先へ行く。

一緒に行こうと伝える。

(そうだ……)

いずれ、あの者たちを追ってもいい。

遠くへ遠くへ。

きっとそこは、あなたたちも行ったことのない場所だ。

あぁ、そうだ。

また手紙も書こう。

全く進んでいない道程が恥ずかしく、あれから、もう少し、もう少し進んでからと、2人と1匹には、なかなか次の手紙を書けなかった。

2枚目の手紙が訃報など、全く笑えない。

(俺は……)

あの男が、あの娘が出来ないことを、していけばいい。

全く人と触れ合うことなく過ごして来たのだから、これくらいのペースでいい。

力だけはある。

出来ることをすればいい。

なんなら、あの娘が、驚くことをしていけばいい。

そうしようか。

そうしよう。

「……」

目を開けると、ランタンの石に灯る火が、少し不自然に揺れ、それが、目の前の2人からの返事な気がした。

「そろそろ、行きましょうか」

何もない伽藍どうの部屋から、身を屈めて上がる。

靄はまだまだ漂い続け、しばらくは消えないだろうけれど。

ヘドロの元は、今、ここにある。

たった1枚の頼りない紙の袋が、どこかの地獄との繋がりを遮断している。

「……」

階段を上がると、

「ひゃっ!?」

未だに残っていた顔色の悪いメイドと鉢合わせし、悲鳴を上げられたけれど、不法侵入の弁解は何一つ出来ず。

どうするかと思ってると、この体躯と見た目で、到底敵わないと思われたのか、メイドはそのまま逃げて行ってしまった。

(悪いな……)

しかし、逃げてくれて正直助かった。

広い城で少し迷いつつ、何とか裏門から出ると、

「お……?」

パッと、首に巻いた1本の黒髪が見事に散った。

「あぁ……っ」

我ながら情けない声が漏れ、けれど、もう、欠片も残らず、首から消えた。

「あぁ……」

あの娘の、あの娘自身からの、唯一の自分が持ちえた証が。

「……」

何よりも落胆し、酷く力が抜け、その場に座り込み、しばらく壁に寄りかかっていたけれど。

「?」

気付けば、やけに薄暗い。

どうやら、思ったよりも遥かに時間は過ぎていたらしい。

夕焼けの中、娘のいる宿へ向かうと、ちょうど娘が宿の扉から出て来るところだった。

「……お帰りなさい」

力ない笑み。

「……どうした?」

「……お婆ちゃん、死んじゃった」


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