表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猟師の旅立ち  作者: 塩狸
3/13

3羽目

足りなくなった狩りの道具は、宿の方で仕入れてくれ、森の奥に籠り、そのまま一晩明かして、狩りをすることもあった。

「とても助かります、報酬は弾ませて貰いますので」

「いや、趣味に近いものだし、毛皮などの剥ぎ取りも手伝ってもらっている」

肉も、ここに泊まりに来る宿泊客には、食べ慣れない肉に敬遠されるどころか、

「目新しいです」

「初めて食べたわ」

と好奇心いっぱいの客の評判は案外いいらしい。

それらを含め、何といったか、そう、持ちつ持たれつ、だ。

それでも、主人は上品に微笑むと、

「その貴重かつ勇敢なご趣味のお陰で、私達の宿を回せることが出来ているのですよ」

「……」

森には、熊に鹿、たまに数匹で、群れで行動する小柄な狼もいた。

自分はとくに大型だけを狙い仕留めていたけれど。

群れの狼たちをどうやって仕留めるかなどは、考えるだけでも楽しいものだった。

宿にいる間に、字の上手なメイドに代筆を頼み、あの娘たちに手紙を書いた。

ここならば、手紙を預けられる伝もあるし、自分が、あの山小屋から旅に出たことも伝えたかった。

どれくらいかかるのだろう。

「最近は、猟師様のその勇姿を眺めるために、宿に泊まられるマダムもいらっしゃいます」

主人の言葉にハッとし、

「おい、面白くない冗談はやめてくれ」

止まっていた手を動かすと。

主人は、冗談ではないんですが、と今度はおかしそうに身体を揺らして笑うと、こちらの聞きたかった、街へ仕入れに行った話を、食事がてら聞かせてくれる。

「ご依頼の通り軽く様子を伺って来ましたが、大道芸は初日から連日大盛況の模様です」

宿の主人になら話してもいいだろうと、むしろ、

「なぜあなたが大道芸の事を気にする?」

と訝しがられないためにも。

行商人が、大道芸を意識して避けていたと話した。

宿の主人の整った眉が、ちらと上がる。

「自分は、とくに俗世には疎いのだけれど、あの集団は、確か、身寄りのない子供たちも預かっているのだろう?」

行商人や、屋敷の執事からも聞いた。

「えぇ、そうですね。ごく稀に親がいても、自ら志願する子もいるそうですが……」

それは。

言葉が止まると、メイドがおかわりの肉を運んできてくれた。

自分にだけ特注サイズにしてもらっている。

わりとどんな肉も使ってもらえるけれど、狼の肉だけは、どうにも処理しきれずと、家畜の豚に与えてると聞いた。

こちらは有り難く、丁寧な味付けをされた鹿の肉を噛みつつ。

色々な世界があるのだなと、解っていても不思議に思う。

そして大道芸にも、それに志願する子供にも。

(……色々な、事情があるのだろう)

「……」

自分の父親は、最期まで、息子がこんなにでかくなっても尚、息子の心配をしてくれていた。

目の前の細身の身体に似合わず、わりと肉を食べる主人も、

「うぅん、そうですね」

運ばれてきたワインを礼を言って受け取ってから。

「推測でしかありませんが、その大道芸の方は、本当に善意なのでしょうね。行商人か旅人にくっついてる、異国の小さなお嬢様。大道芸は大きな国へ向かいますし、客も多い。手がかりも桁違いに掴みやすい」

確かに。

問題は、娘がそのお節介を心から望んでいないこと。

本人曰く、親は勿論おらず、家すらもない山の中の出身だと話していた。

それを信じるかはともかく、自由奔放な娘が、勘違いの善意で追い回されるのは、たまったものではないだろう。

自分を腹一杯にさせてくれる貴重な宿の食事を終えると、暖炉が暖かく開放的なロビーの一席に誘われた。

少し離れた席で貴婦人たちが、一足先に食後の茶を優雅に嗜んでいる。

目が合えば微笑まれ、おっとりとした立ち振舞いは、姫を思い出す。

「あぁ、そうだ」

そう、獣は減り、宿も安定して客をもてなせる程にはなってきている。

「そろそろ、特にこちらに害をなす熊、狼、好戦的な鹿に限っては、出てこないと思う」

ここ数日はもう、自分の肉のためと宿に卸すための兎などの狩りになってきた。

「それはそれは」

本当に感謝します、と頭を下げられた。

珈琲を運んできたメイドにも、深く頭を下げられ。

そして、主人には察し良く悟られる、出発の時。

「帰りも是非お立ち寄りを、そして長き旅のお話を是非聞かせてください」

「あぁ」

目的地となる青のミルラーマまで、どれくらいかかるのだろう。

娘は、石の街、という場所までは徒歩で向かったと聞いた。

ひたすら、川沿いに進めばいいとも。

まぁ、そこに辿り着くまでも、まだまだ先なのだけれど。


数日後。

主人とメイドに見送られ、宿の敷地を抜ける。

悪阻で調子が良くないと奥で休んでいる、初日に案内してくれたあのメイドまで出てきて挨拶をしてくれた。

辛そうなのは気の毒だけれど、無事に生まれることを祈るばかり。

「実はあちらに見える山は、大きな落石があって、どうにもならず、雪が溶けたら、何とかしようと思っていたんですが」

が?

「その岩が雪か何かの切っ掛けで落ちたらしく、通り抜けられたと言って、あの行商人のご一行様が、雪山からやってきたんですよ」

「……」

どんなに鈍い自分でも、さすがに察した。

あの2人と1匹が、何かしらをしたのだろう。

言わないだけで、恩にも着せようとせず。

またいつかと手を振り、大きく迂回しつつ山を上がって行くと。

「ピチッ」

「なんだ」

「ピチチッ」

「?」

肩に留まった桃色鳥に何か主張されるも、何を言われているかは全く分からない。

ただ、森の奥の低い山にある、熊の寝床の場所を教えてくれたり、客の貴婦人たちに声を掛けられた時に、ピチチッと無駄に愛想を振り撒いてくれ、非常に助かったりはしていた。

「……?」

何か訴えていた桃色鳥は、いつもは肩にいるのに、意図が通じないと解るなり、胸元に無理やり潜り込んできた。

(あぁ……)

これ、か。

この山の、空の不穏さ。

何かあるのだろうけれど、何も分からない。

「なるべく早く抜けるから、我慢してくれ」

雪がなければ、そうそう難しい山ではないと聞いた。

馬車で道は限られるけれど、詳細な地図も男に借りている。

その大きな山を抜ける途中、旅人にすれ違った。

「先の道が通れるようになったと聞いてね、あっちの道から?おぉ、噂は本当みたいだ、助かるよ」

中年ぐらいの夫婦らしい。

甘味を渡すと、とても喜ばれた。

桃色鳥からは不穏な空気を出されるけれど。

「こちらは大したものがないから、情報を渡すわね。先のお城のこと、知ってる?」

「……黒い城、の話ですか?」

「まぁ、黒い城なんて呼ばれているのね、そう、多分そこ」

と鞄から紙を取り出す。

「これね、少し森を迂回するけれど、馬車が通れる道があるから、用があるんじゃなければ、避けた方がいいかもしれない」

私たちはもう必要ないからと、地図を貰えた。

「城に、何があるんですか?」

「いや、人がどんどん出ていっているんだよ、馬もなんか萎縮しちゃって入りたがらないと聞いた」

この夫婦も、行きは少しの違和感を覚え、帰りは、別の旅人に聞いて道を迂回したと。

「手前には小さいけれど村があるから、城の街で買えないものを買い足してね。大丈夫よ、最近、大爪鳥が城からそっちの村に来てるから」

おぉ。

「情報、助かります」

「お互い様よ」

「気をつけてな」

手をあげてすれ違う。

行商人と娘に城の話を聞いたのは、わりかし最近の話なのに、もうそんなになっているらしい。

「……」

迂回。

そうだ。

迂回するのが正解なのだろう。

「逃げるが勝ちの」

あの娘のにんまりとした笑みが容易に浮かぶ。

けれど。

「……」

地図に目を通し。

いや。

城までは。

「まだまだ、先だ」

まず無事にこの大きな山を超えて、村へ辿り着かないと。


「もうね、宿がパンクしそうだよ」

「おぉ……」

「城に来ていた大爪鳥便がこちらに来てくれることになってさ、助かるけどね」

小さな村が並び、鍛冶屋の村へ辿り着くと、村には簡易な小屋が作られている途中で、

「口伝てで来てくれた建具屋さんかね」

村沿いの道で他の人間たちと話していた、全体が四角いフォルムの口髭が立派な老人が、その身体のわりには身軽に駆けてきた。

ただの旅人だと答え、それでも話を聞かせてもらうと、

「いやぁ、離れた場所にある城のある街から、どんどん人が出て、どうやら逃げて来ているんだよ」

「……」

「理由はなんとなく、気分が重いとか、体調が優れないとかで、試しに城門の外へ休暇がてら出てみたら、気分がすっかりよくなり、徐々に、城に何かあるんじゃないかと言われるようになったらしい」

「……あぁ」

『黒き城』

娘の書いた言葉を思い出す。

楽しそうに目を三日月型にし、教えてくれた。

『お主はとかく無垢で善人だからの、あそこに立ち寄るなら「あてられないように」気をつけるの』

「……黒い城、のことですか?」

「黒い?いやいや、真っ白な城だ、でも、はは、そんな風に言われているのか……」

老人が溜め息がてらに笑う。

「しかし旅人さんか、急ぎでなければ、その恵まれた体躯を見込んで、少しばかり手を貸してくれぬかの」

仰ぐように見上げられ。

「俺で良ければ」

力だけはあるつもりだ。

村の住人や、こちらにやってきた城下町に住んでいた街の人間等と、木を切り重ね小屋を建て、たまには狩りに出て肉となる獣を狩り、何を考える間も無く日々が過ぎていく。

夜は、老人の家で寝泊まりさせてもらった。

老人の部屋の、元は亡き妻が眠っていたというベッドは、案外寝心地が良く。

向かいのベッドに寝る老人の気配に、少し父親を思い出したりした。


自分がこの村に辿り着いてから、たった数日で懐いてくれた老人の孫娘が、

「宝物」

と見せてくれたそれは、小さな愛らしい手帳で、

「とても可愛いな」

「でしょ」

花の国で、あの娘も色々と小物を、店先で選んでいたなと思い出す。

「それは、先の城の土産か?」

「ううん、お爺ちゃんが、旅の人にね、交換して貰ったんだって」

「ほぉ」

雨の日は老人の鍛冶屋の仕事を手伝い、晴れた日はまた小屋を建て。

「度々申し訳ない、隣の、布の村でも少し手を貸してもらえぬかの」

こちらはもう大丈夫だ、世話になったと、頭を下げられたのは、村に着いてから、どれくらい経ってからだろう。

布の村だと言うけれど、仕事柄やはり女性が多く、力仕事をする人間が足りなくなっていると言う。

「では、明日には向かいます」

「……あぁ、寂しくなるな」

老人の部屋で、孫の手帳の話を聞いた。

花の国の華やかなものともまた違う、慎ましやかな愛らしい柄の手帳だった。

「品物を卸すための仕事からの帰り道に、城に寄ろうとしたら馬が嫌がってしまってな、馬を置いていけばよかったんだけど、わし自身も、城にどうしても入れなくて困っていたんだよ。

そしたらば、まぁ遠くから旅をしている様な、若い男と、風変わりな小さな娘と、あれだ、またなんとも珍しい狸も連れててな」

「……、えぇ」

感情を出さないようにするのに、少し息を吐き出す。

「孫と似た年頃だし、もしかしたら何かと思って駄目元で声を掛けたら、その小さな娘が、黙ってあの手帳を出してくれたんだよ」

と小さく笑う。

「それは、良かったですね」

あの、しんとした無表情で、差し出す姿が容易に想像できる。

「あぁ。……でも今思うと」

打って変わって老人の大きな溜め息。

「……?」

「あの手帳は、あの子にとっても、大事なもの、大事にしていたものだったんじゃないかなと思っての……」

孫に土産を、と必死になるあまり、あの子の気持ちまで考えが至らなかった、と短く太い指を合わせる。

重い、後悔の空気が部屋を覆う。

(……)

実際、どうだったのだろう。

それは、その時の娘にしか分からないことで。

けれど。

そこに、若干の迷いもあったけれど。

「……その」

「?」

「これから俺が話す事は、あなた心だけに、留めて置いて欲しい」

と強く念押しした上で。

同じものではないけれど、その彼女と思われる小さな娘は、花の国の店先で、あれに似た華やかな手帳や、髪留めを目移りしながら、とても楽しそうに選んでいた姿を見掛けた、と話すと。

「なんと?」

老人は身体を揺らして驚き、言葉を止めたあと。

こちらの頷きに、

「……あぁ。そうか、そうか……」

良かった、良かったと老人は、大きく大きく息を吐き出した。

口許だけでなく、顔一杯に大きな笑みを浮かべて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ