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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
2/13

2羽目

若い女は、狼を連れていた。

「こんにちはっ」

と明るく声を掛けてきたその若い女は、

(おぉ……)

あの行商人の男と同じ国の出身と思われる髪の色、ほんのりと色づいた肌の色。

「あぁ」

だいぶ愛想のない返事をしてしまったが、若い女は気にした様子もなく、隣を借りたいと告げてきた。

「もちろん」

ここは誰のものでもない。

強いて言えば小麦の国のものか。

若い女は慣れた様子で天幕を張り、その手早さに感心していると。

『……』

「おっ?」

狼が目の前に立ち、しかし、じーっと見ているのは、得体の知れない自分を怪しんでではなく、こちらの焼き始める前の肉だった。

「こーら!」

そして、もう涎も滴しかねん勢いの狼を、若い娘が嗜め、

「明日には家に戻れるでしょ!」

背後からの娘の剣幕に、狼は下げた尻尾を緩く振り、未練がましくこちらを振り返りながらも、トボトボと天幕へ向かい。

その頭まで落とした姿は。

あの小さな娘に、酷く冷めた眼差しで見つめられ、泥で汚れた身体を縮こませていた狸の姿を思い出し。

「良かったら一緒に。……君は生肉のままがいいのか?」

と声を掛けると、狼がぐるんっと振り返り、尻尾を振りつつやってくる。

「あーもうっ!うちの子がごめんなさいっ!」

生肉を少しだけいい?と拝まれ、

「あぁ、小麦の国でまた買い足すから大丈夫だ」

塊をそのまま置き、荷台から新しく出すと、

「わっ、こんなにいいの?ありがとう!……変わりにもならないけど、私が知ってることは何でも教えるよ」

尻尾を振りながら、早速生肉にかぶり付く狼を苦笑いで見つめながら、若い娘が目の前に、地べたにあぐらをかいた。

そんな若い娘から見ても、自分が駆け出しの旅人なのは分かるらしい。

「幌も馬車もピカピカだもん、肉を置いてるお皿もね」

そうか。

我ながら解りやすい。

そして、

「国までは本当にもう少しだから、慣れた旅人なら夕暮れでも、このまま国まで突っ切っちゃうの、でも知らない人はここで泊まるから」

と。

若い女は、

「粉を卸した向こうの村で貰ってきたの」

と芋をゴロゴロ出してくれ、湯を沸かし始める。

知りたいこと聞きたいことは色々あるけれど。

(そうだな)

「……最近、楽しかったことは何かあるか?」

と、訊ねてみる。

若い女は、面食らうかと思ったけれど、

「そうだなぁ。最近、一番の友達が結婚したの、小さなパーティーがあってね。

この子が頼まれて、お祝いの花を咥えて友達と旦那さんの元へ歩いていったのが、誇らしくて嬉しかったな」

あっさり答えてくれる。

「それは、とても素敵だ」

「そうなの」

肉を半分ほど食べた狼は、得意気に胸を張り、また生肉にかじりつく。

肉を切って焼き、皿に移したものを娘に出すと、

「えっ?私までいいの?」

と嬉しそうに手を伸ばし、

「そうだ、嬉しいと言うか、ヒーローみたいな人たちに会えた」

「ヒーロー?」

王子、ではなく、英雄、だったか。

「最近でもないけどね。

この子のために、悪路を選んでいたら車輪が見事に壊れちゃって。

その時は一人前の試験も兼ねていたから。どうしよって思ってた時に、巡回してる鳥がいてね、迷ったけどさ、たまたま会ってご飯食べて、それで別れたばかりのその人たちに助けを求めたの」

「……おぉ」

娘の人選に驚く。

「あはは、確かに私も少し冷静じゃなかったかも。でもその時はね、なんのしがらみもなくて、ただたまたま一緒にご飯食べただけの人たちが、どうしてか分からないけど、凄く助けてくれそうな気がしたの」

勘だろうか。

「そしたら、やっぱりすぐに来てくれてね」

それは頼もしい。

「その人は、自分が散々失敗した話とかもしてくれて、慰めるよりもたくさん笑わせてくれたの」

あぁ、それはいい人だ。

「うん。それで、車輪を直したら、自分達も先を急ぐからって、それっきりになっちゃった」

随分とあっさりだ。

「そう。旅をしている人はね、旅人ならまた会えるからって、みんなあっさりなんだって」


「またの」


またしても思い出すのは、あの小さな娘の挨拶。

そうだ、あの娘も旅人。

軽い挨拶にも、やっと合点が行く。

「それでね、一からやり直しになっちゃうけど、結局、正直にパパに話したの。人に助けを求めたって」

「あぁ」

素直な子だ。

「でもね。人に助けを求められた、お前を助けてくれる人間がいたことも、運であり実力だって、一人前と認めてくれたの」

「いい父親だな」

「そう。優しくて甘い父なの」

屈託なく笑う娘と裏腹に、隣の狼はなぜか尻尾を落とし、肉を止める口を止めている。

「……?」

「あらら」

娘は小さく肩を竦めると、

「この子、ちょっとプライド高くて。最後まであの人たちにお礼を言えずに別れたことを、未だに後悔してるのよ」

「そうなのか。……」

けれど、きっとまたいつか、と慰めかけ。

礼。

礼を、伝える。

狼が。

確かに、言葉が通じなくとも、伝えることくらいは出来るけれど。

娘のそのニュアンスは、この狼が、

「伝えられたのに、伝えなかった」

そう聞こえる。

「……この狼が、言葉を伝えられる相手だったのか?」

狼の背中を撫でる娘を見ると。

「そう、そうなのっ。可愛い狸、私、初めて見たっ。もう毛がふわっふわで、ちっちゃい目はクリンクリンで、この子より毛が何倍もすごいの!

でもね!一番はなんと、ちゃんとお座りして前足でご飯を食べるのっ!」

信じられる!?

と。

そうか。

(やはり、そうか)

「……小さな娘もいただろう」

「いたいた!びっくりした!あんな真っ直ぐな黒い髪も、ママが一番大事にしている宝石の色みたいな目の色でさ、着てるドレスも、あんなの見たことないっ」

若い娘が前のめりで捲し立て、

(お、おぉ……)

こんなかしましい娘もいるのだなと、また1つ世界を知る。

姫も、メイドは勿論、確かにあの娘も、山の中では獣を追って走ったり、階段から飛ぶような賑やかさあったけれど、普段は、通じない言葉も動作も、嵐の来る前の山のように、絶えず静かだった。

「あなたもあの人たちを知ってるのっ?」

「……花の国で、少し話をした」

嘘は言っていない。

「えっ!?そうなんだ!まだいるのかな?」

頬が僅かに赤い。

「いや、別の国へ旅立つと、出て行ったばかりだ」

娘の勢いにたじろぐと。

「そっかぁー……あーあ……」

空を仰ぐ娘。

リアクション1つ1つが大きい。

姫とはまた違った解りやすさがある。

「またいつか会えるかなぁ……」

狼が小さく小さくバゥ、と鳴く。

「……そうだね」

旅を続けてれば、会えるよねと、娘が狼にしがみつく。

(あぁ……)

その、しかし切実ささえ感じる言葉は。

そう。

そうだ。

(いつか、会える)

自分の腹の底にまで、心強く響く。


荷台で一晩明かし、娘の案内で小麦の国へ向かう翌朝。

どこかしらから、焼けたパンのいい香りが漂ってくる。

娘にうちの店に寄ってよと誘われるも、丁寧に辞退させてもらい別れた。

馬車で街中を進み、花の国と比べると、こちらも賑やかさなどは段違いで落ち着いているけれど。

(自分には、これくらいがちょうどいいな……)

まずは組合に顔を出し、行商人の男に言われている通り、少額だけれど寄付をする。

次はどちらへと聞かれ、隣の村へ、それから山にある湖畔の宿へ向かうと答えると、

「ならば隣の村まで、手紙を運んで貰えないか」

と頼まれた。

簡単な仕事のため、引き受ける。

組合の隣の馬車の修理屋で見て貰うけれど、まだ大丈夫だと。

山道を越えるなら、荷物になれども余分に車輪を持てとも教えられる。

そして荷台はまだまだ大丈夫だけれど、馬の蹄鉄がしばらく代えられていないと教えて貰い、出発前がいいだろうと、明日、寄らせて貰うことにした。


曇り空の翌日。

蹄鉄を替えてもらい、小麦の国の端の小さな村へ向かうと。

雑貨屋を見掛け、花の国で買っていた、小さく色が鮮やかな装飾品を、少しばかり、

「卸す」

と、とても感謝された。

しっかり包装を頼んでいた皿なども、すぐ隣の店で何とか割らずに卸すことが出来て安堵する。

小さな村は、国に貢献しているわりに、娯楽に関してはどうしても割りを食っていると、行商人から聞いていた。

宿は一軒。

馬ごと荷馬車と預け、手紙も宿の人間に渡してくれればいいと言われていたため預け、肩に小鳥を乗せたまま小さな村を少し歩く。

小麦の国をそのまま小さくした感じだ。

そう言えば、小麦の国の城を見忘れたけれど、そもそも、あまり城には興味がない。

(色々見た方がいいんだろうけどな……)

夕食時に宿に戻ると、

「おぉ……」

大きな皿に、これでもかと盛られたパン。

こちらも深く大きな皿に並々注がれたとろみのついたスープ。

「村に色々卸してくれたと聞いて。私たちにはこれくらいしかできないけれど」

「いや、とても有り難い」

桃鳥も勝手にパンをつついている。

宿の近くの風呂場を借りた。

個室の浴室まで付いてくる桃鳥。

桶に湯を張ると、

「ピピッ」

ご機嫌で湯浴びを始め、自分も頭から湯を掛け、身体を洗う。

狭い脱衣所の棚に留まり、

「ピッ」

乾かせと告げてくる桃鳥に手の平を向けて風を出すと、

「ピィッ!?」

勢いがありすぎたようで、そのままひっくり返った。

「おっと、悪い……」

「ピッ!ピィッ!」

起き上がり、片足をトントンと突いて、どうやら文句を言っているらしい。

たまにあの短い4つ足で地団駄を踏んでいた狸を思い出し、つい笑ってしまうと、

「ピーッ!」

尚更怒らせてしまった。


小さな村から出発し、小麦畑にいた人も徐々に減り、川が見えてきた。

今日も曇り空。

馬たちは蹄鉄を替えたせいか、どことなく張り切って歩く空気が伝わってくる。

「ええと、こっちか……」

簡易な地図を眺めつつ、ひたすら山へ向かう。

小麦畑の中に立つ高い木の下で1泊。

翌日、また橋を越えて、山の中へ向かうと、やはりホッとする。

こちらからはわりかし近いとは聞いていたけれど、旅慣れぬ自分には十分な距離となり。

「あぁ……」

山の中に建物が見えた時は、肩で大きく息を吐いていた。

メイドと、一度見たら後々まで印象に残る、細身の洒落た三つ揃いを身に付けた宿の主人が出迎えてくれ。

2棟ある建物のうち、グレードの低い方をと頼んだけれど。

今は客が少ないし、宿泊費はグレードの低い方で精算しますから、メイン棟に是非と進めてくる宿の主人の言葉に。

「……俺は、何か仕事を頼まれるのか?」

訊ねると、これは話が早いと言わんばかりに目を細め、

「この宿は、どなたからお聞きに?」

とロビーのソファに案内され、すぐに珈琲が運ばれてきた。

「……とある、行商人に」

と答え。

少し、木の実の匂いのする珈琲は、

(これは、美味いな……)

「行商人様、ですか」

「少し、遠くから来たと話していた」

襟にも凝った刺繍のされた上着に、緑の絹のハンカチを胸ポケットから覗かせている宿の主人は。

しばらく目を宙に泳がせ。

「……直近でいらしたのは、遠い遠い異国からのお客様でしたね」

あぁ。

「そうだ。いい宿だったと聞いて」

「それは有難いお言葉を」

丸眼鏡越しに目を細める。

「……たまにこき使われることもあると」

続けた言葉に、

「……ははっ!」

主人は声を立てて笑い、

「失礼。いや、敵いませんね」

と、その敵いません、は、あの男に向けてのものだろう。

主人は、息を吐いてから、

「……冬眠明けの獣が、今年はやたらと多くて」

困った様に眉を寄せる。

「あぁ」

常連様を危険に晒すわけにも行かず、まだ宿泊のご案内も出来ず仕舞い。

すでに2人程、ハンターを雇っていたけれど、向こうも毎年の別の場所での仕事があり、契約が終わってしまい、次のハンターが来るまで、少し困っていたと。

「どうしてか、今年はだいぶ遠い山からも、なぜかこちらに向かってきている様で」

なぜだろうか。

しかし、事情だけはわかった。

困っていることも。

仕事の了解はしたけれど。

「自分は、宿の食事程度では足りない。狩った獣も出来れば解体も調理したいし、やはり調理台のある部屋をお願いしたい」

の言葉に。

「それは勿論。では、お茶くらいは、こちらで是非」

「あぁ」

メイドに案内され別棟へ向かうと、

「お2人方と、お狸様はお元気でしたか?」

静かな声で聞かれた。

「とても。また遠くに旅をするらしい」

「まぁ。私たちも、また来てくださる日を楽しみにしているんです」

別棟とは言え、1人なら十分な大きさで、自分の身体でも、ベッドも寝返りが打てる幅がある。

一室に調理台とベッドが纏められてはいるが、

「おぉ……」

湖畔が一望できるし、1階なため窓からも出入り出来る。

解体は、森に近い裏側に井戸や大きな桶なども揃えていると。

メイドが一礼して出て行くと、

(弓銃か、弓か……)

迷い、弓銃を片手に、窓から外に出る。

泥濘に、まだハンターのものらしき足跡が残っている。

ほんの数日まではいたらしい。

そしてこんな、一見敬遠、警戒されるであろう見た目の自分でも。

あの行商人、娘、狸のお陰で、自分には、だいぶ分不相応なこの宿ですらも、宿の主、メイドからといい、当たりが、信頼が、全く違う。

姿はなくとも、おんぶに抱っこだ。

湖畔の奥へ奥へ向かうと。

「……」

獣の。

しかも、大物の気配。

(あぁ……)

彼等には、感謝しかない。

自分の、

「大きな獣と対峙したみたい」

その願いすらも、いともたやすく、叶えてくれるのだから。

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