13羽目
「馬と荷台は責任をもって村で預かるよ」
「頼みます」
青のミルラーマは、馬車が通れるような道はなく、1人ならば馬1頭か妥当だと教えられ、馬に荷を乗せ、自分でも背負う。
「こちらに戻った際には、またお話を聞かせください」
「お肉も用意しておくから、気をつけてね」
村の外れ、しばらくは草もない岩が転がる道が続くと言う。
「俺はもう向こうに帰ってるけど、妹に声掛けてくれれば、伝わるからさ」
マスターと女将、自分に手紙を託した彼女の兄も、わざわざ見送りに来てくれた。
頷き、手を振って馬と共に歩き出す。
桃鳥は文句も言わずに、早朝、宿の窓から、手紙を届けるために遠い組合まで飛んで行った。
白い霧の森と言われていた森は、
(静かだな……)
獣の気配は多いけれど、静謐。
山神が存在した山の入り口に相応しい。
すでに、山の方から大型の獣の気配を無数に感じ、弓銃を構えたくはあるけれど。
(我慢だ……)
大きな森。
この森を、白い靄が覆っていた。
それを、彼女が取り払った。
「……」
立ち止まり、何か視えるかと思ったけれど、何も視えないし何も浮かばない。
手綱を牽く馬は、怯えるどころか荷も軽くないにも関わらず、心なしかウキウキしている様にすら感じた。
深い森の中でも、道標の様に続く木漏れ日に歓迎されていることを悟る。
徐々に、ほんの少しずつ標高が上がって来ていると感じ、
「……」
(そろそろ君の山に入らせてもらう、許可を頂きたい)
遥か遠くにいる彼女に向け、胸に手を当てて目を閉じる。
髪の毛の入った小さな封筒は、ポケットに忍ばせている。
返事は当然ないけれど、拒絶も感じない。
歩き出すと、大小様々な獣たちが、遠目で自分の姿を窺っているのを感じる。
「……」
険しい道を進みながら、あの娘が暮らしていたという谷底へは、単身で行くつもりだったけれど。
馬をどこかに置いても尚、
(……到底無理だな)
谷底に降りるためのそれ相応の装備を纏めてから、数日がかりで大回りして何とか降りられる場所を探す位には難関になる。
そのため早々と諦めた。
それでも。
ここは。
(とてもいい山だ……)
ここで狩りを出来たらさぞや楽しいだろう。
湖畔の宿は、宿に被害を出さない使命もあったけれど、こちらはただ自分のために獲物を狩ればいい。
あの娘ならば、
「お主の好きにするの」
と言ってくれるだろうけれど。
食料に飢えているわけではない中、主不在の山での狩りは気が引ける。
山中で、地図を眺めつつ、ふと一息吐いた時、
「……」
こんな時に、煙草が欲しくなるのかと、普段は吸わない煙草が欲しくなり、無駄に辺りを見回す。
天気はよく、陽は、こちらの気候なのか、まだまだ高く、長い。
少し不思議だったけれど、疲れもなく、馬もまだまだ元気そうで、このままもう少し進んでしまおうかと、馬を促した。
ーーー
山を越えるだけで、
(こんなにも違うんだな……)
こちらの土は柔らかく、踏む葉も顔に擦れる葉も柔らかい。
(ここが、あの狸がいた場所か……)
楽しそうに駆け回る狸を思い浮かべ、僅かな獣の通り道を歩き。
「お……」
徐々に森の終わりが見え、随分と呆気なかったなと、森を抜けた途端。
「おっ……!?」
自分だけでなく、馬もビクリと足を止めている。
「な……?」
(夜……?)
いや、確かに今まで明るかった、午後の陽の柔らかな木漏れ日が、この森でも、先を導くように照らしてくれていたのだ。
なのに。
振り返ると、森は、もう夜を生きる獣たちが蠢き始めている暗闇。
勿論、目の前に広がる草原も、星が瞬いている。
「なんだ……?」
夢でも見ていたのかと思ったけれど。
(いや……)
休みなく馬を進めても、あの山を越えるだけでも、とうに日が暮れておかしくない時間だった。
けれど。
山を越え、森を歩く間、陽は落ちることなく、自分も馬も疲れることすら知らず。
獣たちはまるで主様のお通りだとでも言うように、自分達を避けていた。
それは、自分の持つたった1本の黒髪の力か。
「君は何者なんだ」
思わず言葉が漏れても。
『くふふ』
『フーン』
悪戯っ子のように瞳を半円にする彼女と、胸を張る狸の姿が目に浮かぶだけ。
夜営の支度をしながら、
(再会に向けて、土産をたくさん用意しておかなくてはな)
自分でも気付かぬ間に、鼻歌が漏れていた。
先に先に陽炎のように見える、高い山を目指し。
やがて、橋が掛かっている川を見掛け、道が間違っていないことに安堵する。
馬に水を飲ませ、曇り空の下を進み。
木の下で眠る。
2日程で到着した村は、
「大きいな」
放牧場だけでなく、遠くには麦畑も広がっている。
先には点々と家が並び始め、
「服屋……?」
農作業用と思われる素朴な服が並び、店の女が気付いて出てきたけれど。
「○○△?」
「お……」
言葉がわからない。
紙とペンを見せたけれど、かぶりを振られる。
旅人だと分かると、とりあえず村は向こうだと指を差され、頭を下げて先に向かう。
多分上から見たら村はぼんやりとした円形に纏められている。
山の向こうから、
「おぉ……」
大爪鳥が飛んでくるのが見えた。
組合的なものはあるのかと、木で出来た建物を見回し、端にある換金屋の看板を見掛けて近付いてみる。
改めて先の広場を見回すと、人の姿は程々、表情は明るく、ちらちらとある視線は好奇心のみ。
行商人の男に貰った小さな石を幾つか取り出し、開きっぱなしの換金屋の戸を叩くと、
「○✕?」
年老いた男がいた。
自分を見てもニコニコと座っていた椅子から立ち上がり、右手を差し出してきた。
握手をし、紙とペンを見せると、老人は少し考える顔をし。
「この言葉は解りますか?」
と山向こうの石の街の訛りの入った言葉で話し掛けてきた。
頷くと、老人もうんうんと頷き、
「遠いところから来られた様ですな」
換金屋とはほぼ対角線上にある大きめな店は食事処へ案内された。
(そう田舎でもないんだな……)
越えて来た村程ではないけれど、素朴な村と言った印象。
清潔感はあるし、聞こえてくる声も穏やか。
食事処の、多分自分と同い年程度と思われる女が、少し驚いた顔で話しかけて来たけれど、言葉は通じないと老人が代わりに答えてくれている。
それでも女は、珍しくもないのか、絵の描かれたメニューを見せてくれる。
「おぉ」
羊の絵と、煮込んだ肉の絵、牛の顔とステーキ肉など。
(そうだ)
支払いのために使えるコインを先に見て貰わなくては。
山の向こうの村で少し換金したコインと、小さな石を見せると、老人と女が覗き込み、
「石を、預からせてもらいたい、これは村の貯金に回したい」
と書かれ、そこら辺は任せると頷くと、
「有難い、どちらからいらした?」
続けて聞かれ、花の国と答えたけれど、向こうの村の女将同様、やはり分からないと。
「花の国の使者として、色々な国や街を回っている」
と書けば、老人はほうほうと頷き、
「この先へも?」
と聞かれ、
「ここが最後の目的地です」
と答えると、驚かれた。
老人が言うには、向こうは青のミルラーマの手前の村が終点、こちらもこの村が終点となり、終点と言えどあまりに田舎過ぎて山向こうの街が一般的な終点と周知されているとも。
「向こうも、石の街が端と言われているでしょう」
「あぁ」
行商人の男も、石の街までしか行かないと言っていた。
運ばれて来たステーキは、
「おぉ」
なかなかに大きく食べ応えがありそうだ。
老人は、鶏肉のソテーを食べている。
店の女が、ワインをグラスで運んできた。
サービス、らしい。
いいのだろうか。
ニコッと笑われ、ありがたく頂く。
パンはほんのり噛みごたえがあり、
「ピーチーッ」
開いた扉から桃色鳥が飛んで来た。
「おっ?」
「ビチーッ!」
なぜ自分を待たずに移動した、と不満そうに片足をタシタシテーブルに叩きつける。
「いや、君はいつ帰るか分からなかっただろう」
「……ビチィ」
ムスゥッとした桃色鳥は、
「ビチチ」
自分にも何か寄越せと訴えてくる。
追加で肉を頼み、ソースの掛かっていない部分を少し分けてやる。
桃色鳥を驚いた顔で見ていた老人は、
「疑うわけではなかったけれど、本当に遠いお国からの使者の方か」
と、改めたようにテーブル越しに凝視された。
(まぁ確かに、何の証拠も出してない)
その証拠すらも、本物かは分からない。
そうか、困ったなと手を止めると、
「あぁいやいや失礼。疑っているわけではなく、そちらの国の大きさに純粋に驚いたのですよ」
「……?」
「使者の方1人に、桃色鳥を1匹付けられるとは」
確かに、貴重ゆえにかなり金額も張るとは聞いている。
「そうですね、この辺りでは、大きな方かもしれません」
老人はうんうんと頷き、
「地図などを作りに来たのですか?もしくは交易が目的ですかな?」
と聞かれるも、店の女が、
「どこから?よく食べるね」
老人を通して質問責めで、
「ビチチ」
もっと寄越せと桃鳥が騒ぎ、話どころではなくなった。
自分は、正しくは国ではなく、一国の王女の個人的な依頼で旅に来ている。
広い世界を知りたいと姫からの命が下ったこと。
とはいえ自分も、旅をするのは始めてで、思いの外時間を食っていることなどを話したのは、換金屋の小さな建物の中。
話を聞くこの老人は、若い頃は旅をしており、石の街に辿り着いた。
そこで文字を覚え、山を越えてこの村を見付け、その時に村にいた、今は亡き妻と恋に落ち、ここに骨を埋めることにしたと。
組合的なものは、向こうの街にはあるけれど、この小さな村にはないこと。
こちらにある山向こうから見ると、ここの村は、山向こうの大きな街とほぼ一緒くたか、おまけに思われているけれど、特に問題もないこと。
この村は土地が広く気候にも恵まれているため、農作物を卸していることなど。
色々と教えてくれる。
「……」
楽しく話を聞かせてもらいながらも、どこから切り出そうかと迷っていると。
老人が、ちょっと待っててくれと立ち上がり、奥に消える。
少しして、いい香りと共に、
「……あぁ、これは嬉しい」
珈琲を運んできてくれた。
(そうだ)
組合がないならば、村に寄付すべきかと、ポケットの中の小袋を取り出し、中身の石を手の平に取り出すと、赤い小さな石も混じっていた。
あの娘の瞳の色と、同じ。
「……実は、俺の旅には、もう一つの目的がありまして」
「……」
老人は黙って頷いてくれる。
「この石の様な赤い瞳を持つ、小さな女の子の旅路を、巡る旅をしていました」
「……っ」
老人の眉がピクリと上がる。
それは、緊張でも、強張りでもない、純粋な驚き。
じっと見つめていると、
「青の山神様は元気にしているかね?」
と書いたものを見せられた。
青の山神様。
(あぁ……)
ここでも。
「神様、なんですか?」
「神様以外はあり得ないだろう」
老人はカラカラと笑う。
何もない、先にあるのは狂暴な青熊が跋扈する山の方から、幼子が1人、ポテポテと歩いてきたのだ。
平然と、澄ました顔をして。
見知らぬ箱のような物を片手に。
まっすぐな黒髪、血のような赤い瞳。
絹と思われる滑らかな白い羽織りに、色鮮やかな赤色の纏い物。
どうやら、変わった木の履き物の紐が寿命らしく、それを目当てにこちらの村まで降りてきた様子。
ここのところ、遠くの山、青のミルラーマには異変が起きていることは聞いていた。
だからこそ。
「あぁ、とうとう山神様が人の肉体を持たれ、用事ついでに遊びに来られたのだろうと」
そう思ったと。
「しかし山神様は、あくまでも『人の子』としての対応を求められていたから、私達も派手な歓迎は控え、普通に村に来たお客様としてお迎えしたんだ」
どこかに泊まったのだろうか。
「いや、夕刻から帰ろうとしていて、村の者が慌てて引き留めて家に招いたのたけれど、頑なに入らず仕舞いでな。納屋で一晩過ごし、陽の上がり切る前には、もう山へ帰ってしまっていたと」
あぁ。
きっと、自分が暮らしていたあの山でも、あの娘は数日は山の中で夜を明かしていたのだろう。
村人の家に入らなかった理由は、何かあるのだろうか。
「山神様は、今は花の国におられるのですか?」
「いえ、更に遠くへ、旅を続けています」
老人は、それはいいことだ、とニコニコ笑う。
「この村の先にある街の方へは、その、山神様の話は、伝わっているのですか?」
「いやいや、この村だけの秘密だよ」
と人差し指を唇に当て。
「山神様も、それは望んでいないだろうからとね」
その通りだ。
「あの日、山神様も、小さな手で石を見せて来て、コインと交換して欲しいと伝えてきたんだ」
それは、村の宝として、大事に大事に取ってあると言う。
「こちらの街との境となる山には、山の主とやらはいないのですか?」
彼女からも何も聞いていないけれど。
「向こうに比べると、小高い丘の様なものだからな」
なるほど。
無意識に息を吐いてしまうと、
「街の人間向けの小さな宿があるから案内しましょう」
と老人が立ち上がる。
「長旅でお疲れでしょうに、ずいぶんと引き留めてしまった」
馬はこちらで放牧させておきましょうと、老人の言葉に甘え。
村を歩きながらも。
(……ここで、終わりか)
着いてしまえば、あっという間だ。
宿は古く狭くも清潔。
(着いたぞ)
と頭の中で伝える。
「……」
(やはり、君は、山の神様だったんだな)
花の国の、山の中。
滝の近くで岩に腰を降ろしていた、あの凛とした姿。
自分が追っていた若鹿が助けを求めるように向かったのは、小さな彼女の許だった。
彼女があそこへ、滝まで来たのは。
『狸擬きがの、あっちに滝があるから見せたいと言ってきたのの。散々歩かされて連れて来られたのの』
あの狸は、小屋の存在も屋敷の存在も知って、主を連れてきたのだろう。
大事な主様を、自分達に保護させるために。
「……」
少なくとも、主を預けることが出来る、おかしな人間ではないと判断されたのだ。
光栄に思おう。
そのお陰で、彼女に出会えたのだ。
『フーン♪』
狸のしたり顔が、容易に想像できる。
日記を付け、後で最後の物をこの村に卸そうと思っていたのに。
(……)
疲れか、達成感か、安堵か。
宿の人間に、死んだかと思われる程に眠っていたらしい。
日中夜、丸1日眠っていたと聞かされ、起きたのは翌日の午後だった。
桃色鳥は、村の人間にねだり食事を貰っていたらしい。
これは村の皆で分けて欲しいと、花の国の主に女性に向けた花のアクセサリーや小物を出し。
岩の街で仕入れたナイフや金物は卸した。
村に引き留められ、数日滞在し、村で力仕事を手伝い、向こうの街、とやらからやってきた若い女の旅人と、老人を通して話し。
山向こうは大きな街があり、更に先は大小の湖がいくつも広がり、その先には、とても大きな国があると。
あなたも一緒に来ないかと誘われたけれど、また次にと、またいつかと握手をして別れた。
長い旅路が、終わった。
帰路はある。
けれど、自分の中では、あの娘の辿った道程を最後まで辿れたことが、とてつもない達成感とかり。
「楽しかったな」
独り言が漏れれば。
「ピチッ♪」
桃色鳥が返事をくれる。
帰り道はまず、青のミルラーマから。
今度は、どんな奇跡を自分に見せてくれるのか。
今から、楽しみで仕方がない。
猟師さんのお話はここまでになります
最後まで読んでくれてありがとうございました♪




