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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
11/13

11羽

曇り空の下、宿を出て組合へ向かってみるも、小さな組合の中では、旅を始めたばかりりらしい、何か困った様子の数人とかち合い。

「急ぎではないからまた後で来る」

組合から出ると、そのまま石の街を歩いてみる。

今まで、個人的なトラブルと言うトラブルはなく、案外、恵まれた旅なのかもしれないと、遅蒔きながら気づかされる。

小鳥たちが甘いものを寄越せと両肩から主張が激しいけれど、

「さっき食わせただろう」

食事処が並ぶ通りに出たため、飾り気のない旅人や行商人御用達的な店に入ると、カウンターを勧められた。

肉がジワジワ焼ける匂いと音。

「兄さんも、あっちの村に呼ばれた口かい?」

カウンターの内側にいる男に肉を頼むと、愛想良く話しかけられた。

あっちとは。

無言で問えば、

「あっちの山の近くの村だよ」

自分の見た目で依頼されそうな案件は。

「……獣関係の話か?」

「そうそ、馬鹿みたいに繁殖力の高い熊が現れて、ここんとこ、ずーっと冒険者や狩人たちが村に向かってるよ」

山の裏手に当たる村にも、離れた国から人が派遣されて、長いこと討伐に当たっていると。

(大変そうだな……)

「はいよ、熊肉おまたせ」

分厚いステーキが皿に乗せられ。

(うん、美味いな)

肉もいいけれど、どうやら熊肉用に作られたソースがまたいい。

鳥たちにも、肉ならいいだろうとソースのかかっていない部分を分けてやる。

主人の言う山は、青のミルラーマのことなのだろうか。

山の近くの村。

気になるけれど、話を聞くよりも行ってみた方が早そうだ。

そう大きくない組合へ再び向かうと、人は捌けていた。

受付の若い女に、行商人の男から託されたコインを見せると、

「えーと、あら、ら?」

こちらとコインを見比べ。

あの行商人の代わりに挨拶に来たと答えると、

「そうですかぁ……」

ため息を吐き。

どうやら、あの行商人を悪く思っていない様子で、

「あのぉ、お元気でした?」

と聞かれ、頷くだけに留める。

(そうだ)

ここでも「寄付」と言う名のコインを多めに渡すと、

「ありがとうございます、確かに」

立ち上がり、奥にいる、ここのボスと思われる、そして自分よりもだいぶ年上と思われる男の元へ向かう。

眼鏡を外し、書類を眺めていた組合の長は、こちらを見て、

「あぁ、新顔さんだな」

ニコニコやって来た。

「はじめまして」

柔和な笑みに対して、とても硬い手に驚きつつ握手すると、

「旅人も行商人も、一期一会とは言え、やはり顔を見れなくなるのは寂しいもんだな」

小鳥たちは、カウンターの奥の止まり木、鳥たちの待機場へ向かうと、ピチピチ他の鳥たちに挨拶をしている。

「何か困ったことはないかい?」

新人だと分かると、親身に訊ねてくれる。

「今の所は。……青のミルラーマへ行きたいのですが」

「青の?またなんで?」

驚かれた。

「今は青熊もほとんどいないと聞くけれど。……あれは(めす)どころか、子熊でも狂暴だぞ」

「ほとんどいないんですか?」

「あぁ。少なくとも、更に山の奥へ行ったんだろうな。もうどれくらいだ、季節はふた回りはしてないくらいか、一見、穏やかな山になってるけれど、そもそも山事態が荒くてな、山を抜ける人間が滅法少ない」

「山を抜けた、先の村へ行きたいんです」

そりゃまたけったいなと驚かれる。

「仕事か何かか?村までは、なーんにもないから、とにかく食料を積んでけ」

小鳥を連れているせいか、やはり何か依頼だと思われている。

「はい」

「小鳥が付いているから大丈夫だとは思うけれど、気を付けるに越したことはない」

「はい」

組合を出ると、淡桃色鳥は、

「ピチピチ」

とその場でホバリングをして、そろそろ自分の所属する組合へ帰ると伝えて来た。

「あぁお疲れ、また頼む」

「ピチチッ」

一瞬で空へ消える小鳥を見送ると、

「少し早いけど休むか」

人疲れしているのは確かで。

旅を続けるならば、人の多さにも、慣れなければならないのだけれど。

「ふー……」

元々の性格もあるのだろう。

桃鳥用の寝床のクッションを机に置くと、

「……」

逃げるように眠りに就いた。


翌朝。

街の入り口に当たる荷台置き場へ戻り、岩の街の老人から引き受けた荷物を取り出し、

「よっと」

箱を積み上げて運ぶ。

街の入り口に近い店は、旅人用の雑貨屋だった。

「あぁ、代理の人?」

比較的若い男が、

「おわ、力あるなぁ!」

人懐っこく笑いながら、迎えてくれた。

「確認するから少し待ってて」

「あぁ」

その間、店を眺めさせてもらう。

小さな店内は天井近くまで道具が掛けられ、壁にもみっちりと鞄や丈夫そうな上着、石の束が袋に入り引っ掛けられている。

背中にしっかり密着しそうな四角い鞄を見掛け、

(狩りの時に良さそうだな)

ただサイズが小さくて背負えそうにない。

「でっかいのはこっちだよ」

じっと眺めていたせいか、若い男はわざわざ手を止めて革の鞄を見せてくれる。

せっかくだしと背負わせてもらうと、

「……いいな」

しっくりきて、

(あぁ……)

なぜ目に留まったか、思い出した。

先に眺めていた小さいサイズの鞄を、あの狸が背負っていたのだ。

少し笑ってしまうと、

「?」

若い男は首を傾げながら、

「中に仕切りもあるから、便利だよ」

「このサイズは、獣用か?」

小さい方を指差すと。

「獣?いや、小柄な、俺くらいの背中用だよ」

と、片手を振った若い男は、

「……あぁ、でも、一度獣用に売れたな」

思い出した様な顔。

「……そうなのか?」

「そうそ、狸、初めて見た。思ったよりでっかくて、でも可愛いかったなぁ」

なぜかおかしそうに笑う。

「狸?」

「いるんだよ、狸」

びっくりだよな、と笑う。

「狸は、その狸が、1匹で買いに来たのか?」

こちらの問いに、

「ん?……あぁ、その、いや。ええと、おっさんと一緒、だったかな」

僅かな動揺を見せて、肩を竦める。

多分でなく、あの狸だろう。

背負っていた鞄も同じだ。

若い男は、

「このシリーズさ、俺の手作りなんだぜ」

とニッと笑い、奥の作業場を指差す。

「……それは凄いな」

素直に驚くと、

「少し割高だけど、質は保証する」

金物屋から預かった商品は確かに受け取ったよと、その若い男の作ったと言う背負い鞄を受け取り、店を出たけれど。

「……」

なぜ。

なぜあの若い男は「あの()」の存在を、口にしなかった。

組合の方は分からないけれど、街を周りながらも。

「ピチチ?」

どうした、と桃鳥。

上の空を指摘される。

「あぁ、いや……」

雨が降り出してきた。

走って宿に戻ると、宿に来た時は気づかなかった受付の棚に、

(お、絵本か……)

古く、こちらでは貴重なものだろう。

一度、直した跡がある。

それに、

「あれ、おかえり、早いね」

若い娘が食堂から出てきた。

「これは、子供向けのものか?」

受付の絵本と、多分子供用の玩具を指差すと、

「ううん。うちに来る子は、字は読めない子が多いから」

確かに。

どんなものにも、文字と一緒に絵が描いてある。

「これはお祖父ちゃんの持ち物、だいぶ昔にまだ宿の数も少なかった頃に来たお客さんが、置いていってくれたんだって」

「へぇ」

「少し前に、お祖父ちゃんが生きてる時に、ここに置くようになって、そのまま」

少し前。

「誰かに貸したのか?」

「どうだろ、出してきたからそうなのかも」

「……」

『ありがとうの』

と言いながら受け取るあの(むすめ)の姿が想像出来る。

ぺたり座り込み、狸と並んで、絵本を捲る姿も。

「借りてもいいか?」

「字、読めるんだ?」

私は数字と少しだけだから、凄いと褒められた。

「いや、こちらは字が違うから、勉強したい」

「ならこれもだね、こっちが字で、こっちが、ほら、絵になってる」

木に彫られた絵と文字の玩具(がんぐ)

「これはありがたい」

識字率が低くても、読めるに越したことはない。

部屋で、クッションでうとうとする鳥を横目に、

「木は……き」

書いて文字を覚える。

覚えるまで、出発が少しばかり延びそうだ。


「ピチーチ♪」

「……ここか?」

自分としては、こんな瀟洒で洒落た店ではなく、もっと朴訥とした、昼から酒を出すような、男臭い店がいいのだけれど。

宿で文字を覚えていたけれど。

昼寝から起きた鳥が窓の枠に留まると、

「雨は止んだ、外へ行きたい」

と言わんばかりに鳴き、男の肩に留まってきた。

雨もやんだ昼過ぎには街には更に人が増え、

「……?」

何やら荷を運ぶ人間も多い。

うろうろしていると桃鳥がピチピチと鳴き、

「ここに入りたい」

と、主張してきたのは。

岩の街の無骨な男が店主の、あのハイカラな喫茶店に負けじ劣らずな店だった。

こちらは更に、店員も若い女たちがお揃いの服を着ている店で、

(メイドといい「揃いの服」というのは、珍しくないのだな)

制服と言うものかと、日々、新しい発見はある。

外から眺めていると、店員の1人に愛想よく招かれ、窓際の案内された。

テーブルに着地した桃鳥を見て、若い店員は更に微笑ましそうに目を細めメニューを置いてくれる。

「ピチ♪」

外面、見た目はその可憐な桃色といい、小柄で庇護欲をそそるのだろう。

中身は、獣の中でも1、2位を争う気の強さと主張の激しさ。

その桃鳥は、今は開いたメニューの中の、焼き菓子セットを(くちばし)でつついている。

「珈琲と、焼き菓子セットと。ええと、ここのおすすめは?」

「んー、そうですね、季節のタルトがイチオシです」

ニコニコして指を差す若い女。

「じゃあそれを」

「畏まりました」

店内は、街の人間だけではなく、自分のような旅人らしい人間も多い。

そう待つ間もなく運ばれてきたのは、

「珈琲とブルーベリーのタルト、焼き菓子セットです」

持ち帰り用の袋も置かれる。

「悪いが、少し聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょう?」

盆を胸に抱え、こくりと生真面目に頷いてくれる。

「街に、荷物を抱えた人間が多い気がするんだか?」

若い娘は、

「ええっと、あぁ、そうですね。もう少しで、この街でお祭りがあるんですよ」

とすぐにこちらの問いの意味を理解して教えてくれる。

「あぁ……」

なるほど。

「お客様は、お祭り目当てではなさそうですもんね」

ふふっと笑われる。

その通りだけれど。

「向こうの、お山への方へ向かわれるのでは?」

「あぁ。……最近は、山や森の方はどうとかの話は聞いているか?」

若い娘であるし、駄目元で聞いて見れば。

「離れた国からの支援もあり、だいぶ落ち着いたと聞いています。でも、お客様の様な方がいらしたので、また、増えたのかなと……」

懸念するように、形のいい眉が寄る。

「いや、俺は別件だ」

「そうなんですか?」

目をぱちくりされた。

「村の方に、宿はあるのだろうか?」

「ありますあります。狩人さんたちが泊まる簡易の宿も作られたみたいで」

随分と詳しい。

「兄が向かっているんです、狩人として」

それは、詳しくもなるはずだ。

「はい。そろそろ帰って来ないかなって……」

不安そうな顔をしたけれど、仕事中だと思い出したのか、無理に笑みを浮かべる。

ならば。

「……言伝(ことづて)があれば請け負おう」

引き留めて悪かったと伝えると、

「とんでもない。言伝は、少し考えますね」

と、自然な笑顔になり、戻っていく。

「ピーチーィ」

小鳥が、トットッとテーブルを歩き、こちらのブルーベリーのタルトを凝視している。

「これを食べるなら、残りの焼き菓子は持ち帰りだ」

「ピチ♪」

承知したと、ブルーベリーに嘴どころか顔ごと突っ込んでいる。

「……」

この小鳥を、色だけでなく、見た目からして桃のように真ん丸に太らせて帰ったら、さぞや怒られるだろう。

そう。

帰路はまだまだ長い。

甘やかしすぎはよくないのだけれど。

(難しいものだな……)

そうだ。

「ここを出る前に、手紙を出すから、お前も仕事だ」

「ピチ」

承知したと小鳥。

仕事熱心ではある。

求める報酬も相応にそれなりのものだけれど。

存在を思い出した湯気の立つ珈琲はとても香り高く、なるほど見掛け倒しの店ではない。

繁盛しているわけだ。

(……いいな)

珈琲を淹れる道具と豆を買っていこうか。

しばしゆったりと茶の時間を堪能し、会計を頼むと、先刻の店の娘に、

「すみません。お言葉に甘えて、これをお願いできますか?」

急いで書いたであろう手紙を渡された。

「必ず届けよう」

この村からの人間は少ないから、すぐに分かると。

(少し、急がないとな)

宿に戻り、文字を頭に叩き込み、夜は、

「あたしも一緒していい?」

「勿論」

宿で、宿の娘と共に、大皿で済ませる。

「花の国?名前からして素敵」

「でもここも、街の造りが凄い」

「でも花の国は国でしょ?ここより、全然大きいんでしょ?」

「そうだな、城がある」

「わはぁ、見てみたい!」

はしゃぐ宿の娘に。

「そんなに遠くないから、季節を選べば案外楽に行けるんじゃないか?」

提案してみるも。

「もー、旅人さんたちは気楽に言うよ」

宿の娘は、無理無理と大きく手を振る。

「そうか?」

体力的な問題だろうか。

「女の子はね、お風呂の優先事項がすごーく高いの」

「……」

あまりに予想外の返事に絶句すると。

「ね?」

ニッと笑われ。

「とても勉強になる」

心から頷くと、大笑いされた。

そして、

「え?もう明日出るの!?」

「仕事を頼まれたんだ、向こうの村まで急ぎたい」

ほんのたまたま客で来た見ず知らずの男に、手紙を託すくらい、兄からは連絡が途絶えているのだろう。

場合に寄っては、あの娘への何かしらの知らせのために、ここに戻ってくる可能性もある。

「え?何?やっぱりまた獣が増えたの?」

「いや、別件だ」

「なんだ、そっかぁ」

娘の、大きな安堵の溜め息。

けれど、安堵だけではないものも含まれ。

「なんだ」

何か用があったのか。

「んー……」

頬杖を付いた娘は、

「お祖父ちゃんはね、宿屋は色んな人と会えるって言ってたの。でも私には、この仕事はさ、お別れが沢山だなって思っちゃって」

と唇を尖らせる。

「そうだな……」

自分の、一番大きな別れは、父親だった。

ただ父親は、自分が先に逝くことは当然解っていたから、息子が1人になってからの事を、それからが本番だからと、色々と教え込んでくれた。

だからこそ、あの屋敷の存在は全く予想外で、父親が懸念していた1人の寂しさも、あってないようなもので済んだ。

そして今は、あの姫たちの後ろ楯で、こんな風に、旅を出来ている。

「あ、でもさ」

娘の声に、無意識に下がっていた視線を上げると、

「また来てくれたりもするでしょ?」

不意に押し黙った自分を気遣ったのか、目の前の娘が、

「ね?」

と笑い掛けてくる。

「あぁ、そうだな」

今回は、大回りしたり、別の道は通らず、来た道をそのまま戻るつもりだ。

「再会は早いと思う」

「だよね」

早朝に出るため、夜のうちに、先に宿代を精算させてもらい。

「ちょっと外に出てくる」

「ふーん?」

またニヤニヤする娘に、

「いや、すぐに戻る」

どうにも女好きと思われている節がある。

後で知ったけれど、冒険者たちはそのバイタリティー故、そっちの方も、大層精力的だと、専らの噂でなく、事実らしい。

どうにも、

(困った噂だ)

荷台の置かれた街の入り口へ向かうと、陽が暮れ掛けていたけれど、また新しい馬車が入ってきている。

「……」

宿に、宿代はきっちり支払っている。

それで十分に公平な対価なのも分かっている。

なんなら自分がしようとしている追加の礼は、またここに戻った時に、帰り道で渡せばいい。

けれど。

自分もいつ、何が理由で命を落とすか、戻れなくなるか分からない。

だから、出来る時に、しておくのがいい。

荷台に詰めた箱の中にある、鮮やかな色のメモ帳か、花の形の髪飾りか、小さな兎を(かたど)った小さな置物か。

どれを宿の娘宛てするか迷っていると、

「ピチチ」

小鳥が嘴を近付けるのは、兎。

「そうだな」

宿に戻り、最後の勉強をして、ベッドに横たわる。

自分のいた山は絶えず穏やかだったけれど、山に森に、熊が増えたり、逆に突如として熊が消えたり、色々と違うらしい。

(世界は、とても広いな……)

自分は、この大きな世界を、どこまで回り続けることができるのだろうか。


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