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猟師の旅立ち  作者: 塩狸
1/13

1羽目

旅立ちに向けて。

行商人の男に、花の国のあの宿で、ほんの短期間で詰め込んでもらったのは、青のミルラーマ、ではなく石の街までの道程。

組合の場所。

立ち寄れる店の名前。

行商人の男が品物を卸してきた店の名前は全て地図に書き込まれ、

「何かあった時に、名前を出せば必ず助けてくれる人と店です」

と。

言い切れるくらいには、男は貢献してきたのだろう。

石の街までは、近付くにつれ、1つの街から村へ、組合へも距離が出来る。

すれ違う旅人や行商人、大抵の人間は助けてくれるから、何かあったら迷わずに声を掛ければいいと。

ただ若い旅人だけは、助ける側になるかもしれないけれど、そういう場合は、余裕があったら助ければいい。

あの小さな娘が宿の一室で眠っていた時、組合から認められた行商人だけの持てる男の所有するコインを渡された。

「あなたが使えるわけではありませんが、何かあった時に、いえ、何もなくても、組合での信用が得られます」

行商人を行商人と知らしめる価値のあるそれを。

「これから自分達は、このコインが通用しないであろう、遠い街へ国へ向かうので」

と男は笑わずにこちらを見てくる。

自分はまだ一度も見たことがない、海と呼ばれるものの向こう側へ行く聞いたけれど。

「しばらく隣国などの大きな国は、避けようかと」

視線が向かうのは、壁に留められた大道芸の知らせ。

「……」

男は、大きな大きな草原を抜けて、存在すると思われる村へ、その先の地図も描きたいと、地図の先をテーブルを指差す。

なにもない、何日かかるか、何があるか、何も分からない道を選ぶ、無謀な旅。

けれど。

そう。

そうだ。

あの小さな娘がいるならば、

「……楽しそうだな」

「えぇ」

とても、と男は煙草に火を吐ける。

小さな娘のことは、男も、話したこと以外は何も知らないと。

その言葉に嘘はなさそうで、天井に向けて細く長く煙を吐き出す。

あの娘の食事時の整った所作や礼儀は、以前たまたまた宿で会った、小さな国の王子から学んだらしいとも聞く。

そう言えば、屋敷での食事は、ひたすら黙って食べていたけれど、じっと姫の動きを、仕草を観察していた。

隣の席の狸も、それを習って姫を見ては、グラスの持ち方、口許の拭い方を真似し。

たまにメイドからの視線にブルルッと震えていたのを思い出し、笑ってしまう。


あの小さな黒髪娘は、姫を利用しろと言った。

そうだ。

1人になってからが、まず1つ目の正念場となる。

例え「それ」が実現しなくとも、旅はする。

早朝に2人と1匹を見送り、また組合で話を聞き、馬車に慣れるためにも、山の麓まで馬車で走った。

まだほぼ空の荷台だけを麓に置いて、馬を牽いて山小屋まで向かい、山の中を2匹の馬を携えて戻ったのは、陽の暮れかけた夕刻だった。

山小屋には馬舎もなく、そのまま屋敷へ向かうと片手に持っていたランタンの灯りでメイドが気付き、姫が外に出てきた。

馬をメイドに預け、さすがに屋敷での堅苦しさも慣れて来て、ありがたく食事を共にさせてもらうと、聞かれるままに街の様子を教える。

華やかで勢いもある、いい国だと思う。

食後に少し話をしたいことがあると伝え、メイドに促され先に客間へ移動すると。

「……」

大きなソファにちょこんと座り、こちらを無表情に、無感情に見上げてくる娘を思い出す。

髪の色、瞳の色、身に纏うドレス。

諸外国の勉強はそれなりにしていると言う姫でも、全く解らないと言う。

真っ直ぐな黒髪、赤い瞳、飾り気のない、ただ質だけは滅法いいドレス。

変わった木の履き物は、留め具が指先だけという頼りない造り。

なにかを卓越したような眼差しとは裏腹に、抱っこ抱っこと両手を伸ばして踵を上げてくる仕草は、とても可愛かった。

今は、目の前に姫が現れ、向かいに腰掛けて、静かに佇んでいる。

「……」

一息吸い込み、

「花の国の王女、あなたの使者として、この広い世界を旅する許可を、貰うことはできないだろうか」

テーブル越しに姫にそう願えば。

「……っ」

絶えず穏やかに微笑んでいた顔は、

「……ふ」

ふ?

しかしみるみる崩れ、言葉をかける間も無く、

「……ふ、ふぅ……ふくっ……ふぅぅ……!」

口許を両手で押さえて、泣き出されてしまった。

慌てて駆け寄るメイドたち。

微動だにせず、背後に立つ執事。

「……」

メイドたちに涙を拭かれ、しばらくの間、俯いて肩を揺らしていた姫は、顔を上げると、メイドに髪を直され、再び涙を拭かれる。

その間は、ただじっと黙って待っていると、やがて姫も大きく息を吐き出し。

「はい。……私の忠実な、大事な大事な使者として、大きな世界を、見てきて下さい。楽しい旅の報告も待っていますからね」

震える声で、そんな言葉を貰えた。

また新たに溢れる涙は、素直に美しいと思う。

それに。

(そうか……)

はやり微動だにしない執事を見ても思う。

とうに、気付かれていたのだ。

自分の気持ちにも、決意にも。

メイドに、濡れたドレスを着替えましょうと促され、姫が部屋を出て行き、残ったのは、執事とメイド1人。

あの狸にご執心だったメイドだ。

組合へはすでに行ったこと話すと、執事は。

組合は我等国とは関わりを避けていること、けれど、国もあなたの立場を利用させてもらい、少し踏み込むことをさせてもらう。

そして組合とは関係なく、自分たちも、あなたにできる限りの支援はする。

まず一番の支援として、小鳥を付ける。

この小さな小さな花の国の名が、どこまで通じるかは分からない。

けれど、名を出せば、必ず少しの助けにはなるはずだと。

とても有難い話だ。

あの2人と1匹は、だいぶ遠回りをして、のんびりしてきたと聞いたけれど、自分も、その道を辿らせてもらうことにした。

「んん、そうの。危険なのは……。雪山に、でっかいアホ熊がいたけれど、あれはもう殆どが我等の腹の中の。あとは気配だけだけれども、賢そうな山の主が、とっくに冬眠から目覚めているだろうの。……まぁ通り過ぎるだけなら、そう簡単には手出しはされぬから平気の」

と男伝に聞いた。

でっかい熊。

「フーン」

狸擬きが、前足で大きさを表してくれる。

とても大きいらしい。


数日は荷造りに終われ、やってきた執事とも、色々と話し、色々と教わった。

雨続きだったけれど、出発の日は朝から陽射しが眩しく。

「……」

まさか自分が、この山小屋から出ていく日が来るとは思わなかった。

「また戻る」

物心付いた時から最期まで絶えず穏やかだった父親の影に手を振り、馬を促し歩き出す。

荷台が鎮座している麓まで降りると、

ピチチッ

と小さな小さな桃色の小鳥が飛んできた。

足首に金具。

「……」

肩に留まると、呑気に毛繕いを始める。

国の方から手配してくれた小鳥。

執事に持たされたものの1つに、繊細な細工の入った金属の筒がある。

筒は小さく、鳥に運ばせる時に鳥の足首に嵌めればいいと教えられた。

「あやつら等は我と同じく甘党の。ご褒美くらいでしか甘味は与えられぬらしいがの」

普段は運動量からして肉食らしい。

馬を繋ぎ馬車を進めながら、屋敷の前で、子供の様に声を上げて泣きながら見送ってくれた姫を思い出す。

一方、

「またの」

と次の日にでも会うような、なんの気負いもない挨拶をしてきた娘。

あの娘は、自分の事を、

「獣」

と称していた。

もし、本当に獣だとしても、やはり奇跡のような存在であることは変わらない。


父親が山に帰ってからは、あの屋敷が建つまでは1人だったせいもあり。

1人で進む道は不安よりも、慣れない景色、街に入れば建物に人、とにかく慣れず、目まぐるしく、とても忙しい。

そして1人だとは言え、

「ピチチッ」

絶えず肩に桃鳥が留まっているため、あまり1人とも感じない。

行商人や他の旅人に比べたら遥かに歩みは遅いのだろうけれど、急な用がある旅でもない。

それに自分よりも馬たちの方が移動やこの街にも慣れており、途中でチラチラ振り返られては、

「……?」

ここで休憩、ここが水場だ、と停まるように教えてくれる。

「助かる」

花の国で諸々を買い込み、花の国から小麦と布の国に抜ける山までは、馬車ならばあっという間だ。

小さな娘の言っていた山の主、桃色の兎は姿は見当たらなかったけれど、自分のいた山とは違い、山道に人の匂いと気配が濃く残る。

とにかく慎重に、無理はしない。

ひたすらそれを意識しながら、国と国を仕切る低い山を越えられたのは、やはりここを抜ける人々のお陰で、道が滅法通りやすくなっていたから。

それでも、ほんのすぐ隣の、低い山を越えた先の布の国に着けたその日は、それだけでやりきった、達成出来たような充実感で、街の入り口の小さな宿に早々と腰を落ち着けると。

「……」

空が暗くなると同時に、気絶する勢いで眠っていた。


翌日は城の前。

自分には絵心はあまりなく、それでも自分で解ればいいかと、ペンを取る。

花の国の自らを主張する城に比べ、特徴のない、わざと地味にしているのかと思うような布の国の城を何とか絵にし、文字を忘れないためにも、その場で日記を書く。

肩に留まっていた桃鳥は、この国の鳥がピチッと鳴きながら桃鳥の留まる肩に飛んできて、楽しげに話をしている。

あの娘になら、鳥の声も聞き取れるのだろうか。

「稀にの」

と目を細めていた。

いつか、屋敷のメイドが首を傾げていた。

掃除をしていても、娘だけでなく、狸の毛も1本も全く見当たらないと。

(幻……?)

しかし抱き上げた時の、温もり、程度な重さも香りも、絶えず感じていた。


その日はひたすら徒歩で1日布の国を歩き回り、買い物をし、たまに頭に布が擦れながら、街を観察した。

更に翌日。

ひたすら穏やかな、そして若干の閉鎖的な空気と、色味が地味な国を抜けると。

(おぉ、広いな……)

見上げる空はしかし雲が厚く。

(雨か……)

水の匂いを感じる。

道を外れ、広く葉の繁る木の下へ向かい、雨宿りをする。

小麦の国は、街は小さく殆どが小麦畑だと聞いた。

(小さな村にも寄ってくれと頼まれたな……)

花の国の組合では、事細かに、熱心に、丸1日掛けて「旅」について教わった。

旅人、狩人の事も。

路銀のことも聞かれた。

若者によっては、組合から借りる場合もあるのだと言う。

路銀は、貯めていた分もあるし、執事からも多分多少過剰に持たされた。

行商人の男からは、確実にその国の街の紙幣やコインだけでなく、物々交換でも使えるからと、キラキラとした石も幾つか持たされた。

誰に彼にと世話になりっぱなしだ。

物思いに更けていたせいか、雨雲は案外進むのが早く、再び馬を促し進むと。

「……おぉ」

気付けば不安になる程、途方もなく大きな畑の真ん中を走っていた。

山の中にいた自分には、どこにも身を潜められる場所もなく、ひたすら空に晒されることに、意味もなく不安になる。

たまに、目印にもなっているのであろう背の高い木々を見つけ、ホッとする。

あの娘たちは、しかしこの壮大な小麦畑ですら比ではない草原へ向かった。

今日中に小麦の国に辿り着ければと思ったけれど、先に見掛けた川で止まり馬を休ませ、自分の身体も休ませることにする。

「今日はここまでにしよう」

「ピチッ?」

馬と小鳥にだけでなく、自分にも言い聞かせ、水を汲むと、3本並ぶ木の下まで道を外れ、荷台の外で敷物を広げて肉を焼く準備をしていると、遠くから馬車が向かってくるのが見えた。

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