17 ゴブリンとの対決
「少し慌ててますね」
サイトがゴブリンの集団を眺めながら感想を口にしていく。
「まだ騒ぎにはなってないみたいだけど。
でも、おかしいとは思ってるみたいですね」
「暢気なもんだ」
グロスデンが呆れる。
村の監視と、見回りに出ている者達。
これらが帰ってこない。
それが昨日の事だ。
異常事態が起こってると判断するべきだ。
なのに、ろくに警戒もしない、対応らしき事もしていない。
暢気というしかない。
「見張りはたってるし、指揮官やマジナイ師は何か話し合ってるみたいですけど」
さすがに率いる立場の者は、少しは考えてるのだろう。
だが、対応が遅い。
考えてるだけなら誰でも出来る。
考えた上で、現状維持してるならともかく。
「どうも迷ってるみたいですね」
サイトの見立てでは、判断すら下してないようだった。
だが、それならそれでありがたい。
思考能力がその程度なのだ。
やりやすいのは確かである。
「やるぞ」
ゲールは決断を下した。
監視や見回りのゴブリンを倒した翌日。
朝、明るくなってきた頃にゲール達は攻撃を開始した。
最初の一撃は弓矢によるもの。
ゲールとグロスデン達従士達。
そして狩人達による射撃がゴブリン達を襲う。
最初に狙われたのは、木に登って見張りをしていた者。
それらが射貫かれて落下した。
それから地上の目に付く所にいる者達。
それらに矢が飛んでいく。
これで何匹かが倒れた。
そのままゲール達は弓での攻撃を続けていき、
他の従士達は左右に展開するように前進していく。
手に石や投石器を持って。
彼等は射程圏内まで進むと、そこから石を投げ始めた。
飛んでいく石がゴブリンを叩く。
当たり所が悪ければ一撃で死に。
絶命を避けても体の一部は損壊する。
その分だけ戦闘力を失い、戦力は減っていく。
この最初の射撃によって、残ってるゴブリンの半数が脱落する。
死んでなくても体の損壊で動けなくなってる者がこれだけいる。
戦力だけで見るなら、この時点でゲール達とほぼ同数となっていた。
最初の段階でゲール達は数の不利を覆した。
さすがにゴブリン達も無抵抗というわけではない。
どうにかやり返そうとする者もいる。
指揮官のゴブリンも大声で周りのゴブリンに怒鳴りつける。
人間とは別の言葉で。
その怒鳴り声にゴブリン達は従い、手近にあった石を投げていく。
粗末な弓を持つ者も矢をつがえていく。
だが、慌てながら石を投げても、矢を放っても当たるものではない。
それどころか、射撃をしていった者達は優先的に狙われていく。
現在の所、一番の脅威だ。
真っ先に狙われるのは当然。
ゴブリンの遠距離攻撃隊は真っ先に潰滅していった。
この間、ゴブリンのマジナイ師は状況を有利にする呪いをかけようとしていた。
まずは相手の攻撃を防ぐ。
その為に闇の帳をおろそうとした。
これは一定の地点に暗闇を発生させるものだ。
相手に傷を負わせるわけでも、動きを阻むものでもない。
だが、視界を塞ぐ事が出来る。
遠距離攻撃の狙いをつけさせない事は出来る。
その暗闇をマジナイ師は作り出そうとした。
だが、突如響きだした騒音がそれを阻む。
「騒音の魔術、かけました」
従士の魔術師の声。
それを聞いてゲールは、
「よし、今だ!」
突撃を命令する。
敵のマジナイ師、つまりは魔術師。
これが厄介であった。
超常の力を操るこういった者達は、戦場の流れを一気にかえる。
こういった者達がいるだけで、損害を抑えつつ敵に大打撃を与えることが出来る。
なので、真っ先に潰しておきたい存在である。
とはいえ、魔術師にしろマジナイ師にしろ、前に出て来る事はほとんどない。
後方から様々な超常現象を起こすのが仕事だからだ。
なので、倒すのは最後の最後になる事が多い。
しかし、手が無いわけでもない。
魔術や呪い。
これらを発動させるには、大きな集中力が必要になる。
少しでも気が散ると、超常現象は発生しない。
たとえ頂上現象を発生させても、効果は大きく落ちる。
その為、様々な妨害手段が用いられる事になる。
今回使ってるのは『騒音』
様々な雑音を発生させる魔術だ。
ただ耳障りな音を発生させるだけで、殺傷能力などはない。
だが、意識を乱すには十分だ。
これをマジナイ師のいるあたりにかけていく。
この魔術、効果は小さいが、その分だけ消費も少ない。
なので、広範囲に長時間にわたってかける事が出来る。
なので、ゴブリンのマジナイ師の周辺全体が効果範囲になる。
マジナイ師は移動をしても暫くは騒音を聞くはめになる。
その間、呪いはまともに使えない。
更にだ。
騒音によって声も阻害される。
ゴブリン指揮官が指示を出しても、それが伝わらなくなる。
相手の統率を乱す事が出来る。
加えて、騒音の影響をゴブリン達は受け続ける事になる。
全員集中が出来なくなる。
攻撃や防御もその分疎かになる。
思考や判断も鈍る。
単なる騒音と甘くみるなかれ。
騒音によって勉強や仕事が手に付かない。
ゆっくりしてられない。
寝ようにも寝られない。
こんな事はいくらでもおこる。
何かしら集中が必要な時、人は無音を求めるものだ。
それが出来ない時、人は苛立ち、思考も出来ず、行動が雑になる。
ゴブリン達はそんな状態に陥っていた。
絶えず聞こえてくる騒音で思考が邪魔をされる。
何をすべきか考える事が難しくなる。
もとより考えて行動してるゴブリンではないが。
それでもなけなしの理性が消えて、行動は更に粗雑になっていく。
ゲール達からすればこれほど与しやすいものはない。
そんなゴブリンにゲールは矢を射かけ続け。
石を投げ尽くした民兵達が手に槍を取って突撃をしていく。
素運に悩まされるゴブリン達はろくに抵抗も出来ずに刺し貫かれていく。
もちろん民兵も騒音を聞く事になるのだが。
出だしの一撃は民兵達に軍配が上がった。
その後、民兵達も騒音を耳にする事になるが。
気にせず手近にいるゴブリンを倒していく。
それを見て魔術師が騒音を解除する。
民兵がそれぞれゴブリンを二匹ほど刺し貫いたあたりだ。
このあたりが騒音を無視して行動できる限界だ。
そこを見極めて、魔術師も使って魔術を解除していく。
騒音から解放されたゴブリン達。
早速気を取り直して反撃…………になるはずもなく。
さっさとこの場から逃げ出そうとする。
気合いも根性もないゴブリンだから当然だ。
ただし、間違ってはいない。
今のこの状況なら、逃げた方が無難である。
しかし、それをゴブリンの指揮官が止める。
怒鳴り声で周りのゴブリンを威嚇し、戦えと命令する。
それでゴブリン達も足を止める。
敵は怖いが、ゴブリンにとって指揮官の方が怖い。
恐怖でゴブリン達は動きだす。
そんなゴブリン達の目の前に火花が散る。
熱くは無いので火傷はしないが。
ただ、小さな瞬きが幾つもまぶされる。
目潰しほどではない。
だが、視界をふさがれる事になる。
魔術師による攻撃だ。
今回はゴブリン達だけを覆うように数多の閃光をまぶしていった。
さほど眩しいというわけでもない。
ただ、一瞬だけの光りが幾つも何度も光る。
この瞬きによって視界が一瞬奪われる。
効果は瞬間的なものだ。
だが、目がもとに戻るまで視界が奪われる。
日光を直接見てしまった時のような状態になる。
効果時間は短い。
10秒もすればゴブリンは元の調子に戻るだろう。
だが、民兵が突撃した直後だ。
間髪いれず、槍が突き出される。
残ったゴブリン達は即座に殺されていった。
一方的な展開だった。
魔術による援護もあるとはいえ、ゴブリンは次々と倒れていってる。
特に村で採用した者の動きが際立っている。
武器の扱いが上手く、使えるかもと思われていた者だ。
実際にやらせてみたら、思った以上によく動いてくれた。
投石ではそれほど他との差は無かったが。
槍を手にしたからは次々とゴブリンを貫いていった。
残ったゴブリンのうち、5匹は倒している。
騒音と火花でまともに動けないとはいえ、これだけの数を即座に葬ってるのは大したものだった。
狩人の子も良い働きをしている。
今は逃げ出すゴブリンを遠距離で仕留めている。
ここで倒しておかないと、他の所で悪さをする。
だから逃亡を許すわけにはいかなかった。
可能な限りここで全滅させる。
狩人の子の弓は、そんなゴブリンを確実に仕留めていっている。
そんな二人はゴブリンのマジナイ師を合わせ技で倒す活躍も見せた。
狩人の子が矢で射貫き。
怯んだ所で、村の民兵が槍で突き刺す
偶然ではあるが連携のような形で、主要幹部級の敵を倒した。
お手柄である。
ここまで来ると、さすがにゴブリンの指揮官も逃げ出す事を考えたようだ。
率いるゴブリンの大半が死滅してるのだから当然だ。
むしろ、ここまで踏みと止まっていたのを褒めるべきなのかもしれない。
残ったゴブリンに声をかけ、自分の近くまで近付かせる。
それから、一丸となって突破を図る。
残ったゴブリンは、指揮官も含めて3匹。
それがかすかな可能性にかけて駆け出す。
そんなゴブリン達を民平達が取り囲むように動いていく。
槍を突きつけながら牽制し、丸く囲もうとする。
それを無視してゴブリン達はただひたすらに東に向けて走っていく。
そんなゴブリン達の前にグロスデンが立ちはだかる。
少しでも足を止めようと、ここで残りを仕留めようと。
ゴブリンの指揮官はそれでも走るのをやめない。
止まればそれで終わりと察してるのだろう。
手にした剣を振り回してグロスデンに向かっていく。
槍を構えるグロスデンは、そんなゴブリン指揮官に向かって叩きつける。
振りかぶった槍は、ゴブリンの指揮官をとらえようとした。
だが、ゴブリンの指揮官は剣でそれを打ち払った。
「ほう」
少しばかりグロスデンは驚いた。
向かってくる攻撃を正確に打ち払うだけの技術。
それをゴブリンが持ってる事にだ。
普通のゴブリンは力任せに振るだけなのだが。
相手の攻撃にあわせた行動が出来るというだけでも、この指揮官ゴブリンはただものではなかった。
更にその後ろについてくる2匹のゴブリン。
これが石斧でグロスデンに襲いかかる。
避けるわけにもいかず相手をする。
とはいえ、叩きつけてくるのを避けて槍で突き刺すだけ。
手間がかかるわけではない。
ただ、ゴブリンの指揮官はその間に走り去っていく。
仕方ないので、これは譲るしかない。
「頼んます、大将!」
ゲールはゴブリン指揮官の前に立つ形になった。
逃げるゴブリンを遮るのだから、自然とこうなってしまう。
逃がすつもりもないからかまわないが。
盾を構えて待ち構える。
ゴブリン指揮官は剣を両手で握り、振りかざして思い切り盾に叩きつける。
切る事を目的としたものではない。
衝撃で相手を崩すのが目的だ。
倒せなくても良い、隙を作って逃げるためだ。
重さと勢いののった一撃は、小柄なゴブリンにしてはかなりの威力となった。
だが、ゲールは崩れない。
確かにきつい一撃だが、訓練でのグロスデンの攻撃ほどではない。
攻撃をしのがれたゴブリン。
それがゲールには無防備な状態に見えた。
さらされる頭。
そこに振り上げた剣を叩き込んでいく。
厚みのある長剣は、ゴブリンの頭にぶつかり、頭蓋骨ごとかち割っていった。
ゴブリンの指揮官の体が崩れ落ちる。
断末魔の痙攣を見下ろしながら、ゲールは周りを見渡す。
「残ってる敵を残さず倒せ!」
残敵掃討。
ここにいたゴブリンを確実に仕留めよという命令。
それを聞いた従士や民平達は、まだ生き残ってるゴブリンの捜索を開始した。
確実に仕留めるために。
残っていれば他で悪さをする。
それに、情報が漏れるかもしれない。
敵にこちらの事を伝えるわけにはいかない。
その為にも、確実にゴブリン達をここで仕留めねばならなかった。
「最低でも二人一組になれ!」
グロスデンが具体的な指示を出しながら掃討作業を開始していく。
まだ気は抜けない。
ゴブリンが生きてる可能性があるうちは。
それでも戦闘そのものは終わった。
脅威となるほどのゴブリンは消えた。
村の平穏を守る事が出来た。
問題の多くは解決している。
その事にゲールは胸をなで下ろす事にした。
不穏な点はまだ残っているけども。
それは今後どうにかするとして。
今は手にした勝利を喜ぶ事にしていく。
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