7-8.「ウフフと笑いかけた」
そこからは粛々と自供タイム。
ひとまずは真っ先に「はいそうです、私がアリスです」と言質をきっちり取らされてから。
ところで1つ確認させろ、とは唐突に。
いいか正直に答えろよとも念押しされ、険呑な雰囲気でズイと迫られたので何かと思ったら。
「おまえ、あのときのことは本当に何も覚えてねぇんだよな?」
「えっ? はい、そうですけど……」
「そこがよぉ、地味に疑わしいんだよなぁ。さっきから話してると、ふつーに会話成立してるしよ。まさかとは思うが、本当は全部覚えててあのときもワザとやってたなんてこたぁ」
「ち、違いますっ!」
あらぬ方向に誤解されかかって、慌てて申し開く私だった。
あたふたなりながら、当時のアレコレの補足にかかる。
私が覚えてるのはここまでで、次に気付いたらベッドの上で、何があったかも友だちとか見ていた人から教えてもらったことなんですよと。そのうえで。
「目を覚まして、私がリオナさんにその、不意打ちみたいなことをしたって聞いたときは……正直、すごく驚きました。謝りにいかなくちゃとは、すぐに思ったんですけど」
「できねぇだろうな。今の今まで散々、しらばっくれてやがったんだからよぉ」
「はい……。あと病院からも出られなくて」
「…………」
ご機嫌を伺いつつ上目遣いでチラチラすると、たちまち気まずそうになったリオナさんからプイと顔を背けられる。そんなつもりはまったくなかったのだけれど、どうやらカウンターになってしまったらしい。
その居心地の悪さをもみ消すためか、すかさず「だとしてもよ」とビシッと指さしながら追撃に乗り出してくる。
「ついさっきだって逃げようとしてたじゃねぇか!? オレと目があった途端にクルってよ」
「あ、あれはその、反射と言いますか……! 体が勝手に……」
「おまえ、そう言えば何でも許されると思ってんじゃねぇだろうな!?」
「違うんですーっ!」
そこはもう何卒と、ヒィコラなりながらひたすら理解を求めるしかなかった。
ともあれ互いに証拠がないなら、これ以上言い合っても栓がない。
「まぁいい……。とにかく、これで互いに手打ちにしようぜ。後腐れはなしだからな」
最後にグーをゴツンと付き合わせて落着した。
(リオナさん流、和解の握手的なやつなのだろうか?)
その言葉通り、リオナさんがその話題を持ち出すことは以降なくて。
「で、なんで魔女狩り試験なんかに出たんだよ?」
「あー、それはですね。話すと長いというか、ややこしいというか」
「短く話せ。分かりやすくな」
「ええ……」
そんな切り出しから、またアレコレと説明に入る。
予想はしていたけれど、やっぱり。
「なんだ、そんな理由かよ……」
聞いて損したぜとも言いたげに、リオナさんからは呆れられてしまう顛末だった。
◇
というわけでこれが再入院中に、実はリオナさんと再会してましたと裏話的なエピソードになる。
そうは問屋が卸さねぇとばかりにきっちり詰め寄られ、私が『アリス』というところまで突き止められてしまったわけだけれど。幸い、リオナさんは約束してくれた。
このことを無闇やたら、誰かに言いふらすようなことはしないから安心しろと。
ありがたや~となりながら深々(ふかぶか)、何卒と私は手をすり合わせていたわけだけれど。
ただな、と。
そこで言葉を切り、ちょっと神妙な面持ちとなってリオナさん。
いったい何かと思ったら。
「確かにあのとき、ドッカーはうまいことやってた。あれならアリスの正体が別にあるなんて気づいた奴もそうはいねぇだろうが」
「…………」
「それでもあの場にいた全員の目を盗めたかつったら、オレはそうは思わねぇ。何より気がかりなのは、あのとき――」
「あのとき、なんですか?」
「……いや、いい。何でもねぇ」
そのときリオナさんが何を言いかけたのかは、結局分からずじまいだ。
とにかく気を付けろと、リオナさんは締めくくる。
「遅かれ早かれ、いつまでもこのままってわけにはいかねぇんだ。いつかおまえが『アリス』のままでいられなくなったとき、どこの誰として生きていくのか。その答えだけは、今の内からきっちり用意しとけよ」
その言葉は、とても――。
とても深く考えさせられるもので。
「……はい。ありがとうございます」
決して軽くはない何かを、私のなかに残していった。
ちょっと切なさみたいなものを感じて、しんみりしていたところ。
ところでよ、となる。
今さら聞かれたのは私の本当の名前だ。
そういえば教えてなくて、アリシアですと答えたら。
「アリシアか。おし、おまえ元気になったらこっち遊びに来いよ」
思ってもなく、そんなお誘いがかかる。
ちなみにリオナさんの言う「こっち」とは【グランソニア城】というセレスディアでもかなり有名なシンボル的城塞だ。テグシーさんの幼馴染みかつ、世界で一番体の大きな魔女狩りとしても名高い、リリーラ・グランソニアさんの住まいでもあるのだけれど。
「え、いいんですか!?」
一度行ってみたかったもので、私はすかさずは首を縦振りし、イクイクした。
そこには子どもから大人までたくさんの魔女さんたちが一緒に生活しているというから、どんなところかと前から気になっていたもので。
「あっでも……。大丈夫でしょうか? 私たぶん、リリーラさんからあまり良く思われてないんですけど……。魔女狩り試験に出たのもあって」
「あ? そりゃアリスの話だろ? 普通にそのまま行けばいいじゃねぇか」
「あ、そっか! そうでした!」
唯一の懸念点もこれでクリア。
ポンと手打ちし、そういう運びとなる。
社交辞令とかじゃなくて、近い内にとちゃんと約束した。
初対面のときこそ怖かったし、やっぱりちょっとガサツで漢気勝りでところはあるけれど。こうしてちゃんと話してみたら、決して悪い人ではなかったリオナさんだ。
さらには「オレおまえのことケッコー気に入ってんだ」とか言われて、「本当ですか!?」と嬉しくなっていたところ。
「だから、なっ? またやろうぜ!」
とは唐突に。
「え、やるって。何をですか?」
「なにって、決まってんだろ。あんときの続きだよ」
「……うん?」
「心配すんなって。今度はちゃんと加減してやっから、なっ?」
さぁーと、たちまち血の気が引いた。
ウフフと返事もなく、ただ笑いかける。
「なっ!?」
「…………」
「よぉ、返事はどうしたよ。おい」
ほっぺをグリグリされても、ただ笑いかけるしかなかった。