7-4.「穴があったら入りたい」
なんでゼノンさんがここにーっ!?
しかも逃げちゃったよー!
そんなことしたら余計、怪しまれるに決まってるのにー!
ああもう私のバカーっ!
バタバタバタと不格好な逃走中、私はそんな感じに目まぐるしくてんやわんやとなっていた。だけどもう走り出してしまったものは仕方ない。このまま逃げ切るしかないと逃走を決め込む。
たちまち「待てこらー!」と後ろから声がして、ウヒィィとなったけれど。
たぶんあの感じだと、まだ完全には私だと気付かれていないと思うのだ。
現行犯さえ免れられれば、あるいは……。
そんな僅かな望みにかけ、私が飛び込んだのは近くにあった路地裏だ。
街なかを走り回ったのでは危ないし、何より今の私は恰好からして目立ってしまう。
いったん入り組んだ道でフレームアウトしてから、再び人混みに紛れて振り切ろうとしたのだけれど。
「おおっと、ここから先は通行止めだー!」
その先でなんと通路いっぱいに両手を広げながら、ニッコリと待ち構えていたのはリクニさんだ。ひゃわわと急ブレーキ、慌てて引き返そうとしたら追いついてきたゼノンさんに退路まで塞がれてしまう。
そのままジリジリ、ここまでだと追い詰められてしまって。
袋のネズミ。
はぅうとなってへたり込み、天を仰ぐしかない私だった。
◇
「取り調べは任意でしょうか?」
「強制に決まってんだろうが、アホ」
ムダな抵抗を試みたところ、ポコリと頭を小突かれる。
現場はそのまま、薄暗い路地裏だったのだけれど。
「ゼノン、とりあえず場所を変えよう」
「あ、なんでだよ。ここでいいだろうが」
「だってこれじゃあ、僕らの方がガラの悪いゴロツキみたいだ」
「……それもそうか」
そういうことで場所移動することになった。
「いやー、誰か助けてー」
せっかくなのでイヤイヤしてみせ、またポコリと制裁は受けつつ。
◇
取り調べの続きは、私の部屋に戻って行われた。
ちなみに私の見てくれはまだ、赤毛ロングの何となくお茶目っぽい見た目の女の子、『テリア』のままなのだけれど。
「それにしても驚いたなぁ」
シュンとしている私をシゲシゲと見つめながら、言ったのはリクニさんだ。
「これが本当にアリシアちゃんなのかい、ゼノン。言われるまま、とりあえず通せんぼしちゃったけど……。正直、僕はまだ確信持ててないよ? もし人違いだったら、これただの誘拐になっちゃうわけだけど。それもメイド服着た女の子のさ」
リクニさんがおずおずとそんなことを。
すると「いやまず間違いねぇ」とゼノンさん。
その根拠はいかにと思いきや。
「いまお前が不安そうにしてる間、こいつの口元が分かりやすく緩んでやがった。遠回しに褒められて嬉しかったんだろ」
「ゆ、緩んでませんっ!」
「ほらな」
「おお、今のは確かにアリシアちゃんっぽかったね」
「~~ッ!!!」
墓穴を掘らされ、言葉にならない赤裸々のこみ上げるまま、私は腕をブンブンするばかりだった。それで確信を得てしまったか、リクニさんはこっそり裏返していた私の名札に手を伸ばして。
「はてさて、アリシアちゃん疑惑のこの子はどんなお名前なのかなと。――テリアちゃんだって! アハハ、これは確定だね!」
これ見よがしに噴き出し、膝をパンパンと笑われる。
返してくださいと顔を真っ赤にしながら取り戻したけど、もはや立て直しなんて効かないまでに崩壊していて。
ここまで来たらもう仕方ないので、白状することにする。
そうです、私はアリシアですとちょっとふて腐れ気味になりながら。
それでひとまず追及も止むかと、そう思ったのだけれど。
「ええ~、ホントかなぁ~?」
そこでとんでもない意地の悪さを見せたのがリクニさんだった。
ニヤニヤしながらリクニさんは言うのだ。
それならそうと証拠を見せてもらわないと困るみたいな、さっきまでの口ぶりと真逆のことを。
つまりここで元の姿に戻りなさいと、そう言っているらしい。
その意図はすぐに分かって、冗談じゃないと私はすぐさま立ち上がる。
だってこのまま変幻術を解いたら。解いたら……!
考えるだに恥ずかしくなって、私は部屋を出ようとした。
着替えてきますと肩ひじを張って。
なのにリクニさんときたら、またも通せんぼをしてきて。
「なぁ、おまえら何やってんだ。さっきから」
「ゼノン、この家にカメラはあるか!? あるなら早く持ってくるんだ!」
「だ、だめー! 絶対だめですよ、ゼノンさん!?」
ぎゃいぎゃいやっている間に、無慈悲な選択を迫られる。
今ここで素直に戻るならヨシ。
そうじゃないなら、その瞬間を本当にカメラに納めちゃうとのこと。
何をそんなに慌てているのかと、ゼノンさんは最後まで事の重大さをよく分かってなさそうだったけれど。そんなの選択の余地はない。
観念するんだと言い渡され、私はまたもその場にへたり込むしかなかった。
顔を真っ赤にしながら沈黙、何もかもを諦めて魔法を解く。
――ポンッ。
いつものことだが、それと同時に響いたのはコルクを弾いたような景気の良い音。そしてモクモクと白煙。それが晴れれば、言わずもがな。
そこにあったのはメイド服を着た、本当の私の姿で。
おお……。
実にイマイチな反応を送ってくるゼノンさんの傍ら、いたく満足げにウンウンとリクニさんが頷いている。
ああ、なんでこんなことに……。
何か大切なものを失くしてしまったみたいに萎れながら、とにかく穴があったら今すぐにも入りたい。そして消えたいと。
「あうぅ……」
そんな気持ちでいっぱいになる私だった。